上原賢六

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上原賢六(うえはら けんろく、1924年大正13年)6月3日 - 1980年昭和55年)9月14日)は昭和期の作曲家。兄は同じく作曲家の上原げんと

経歴[編集]

青森県つがる市出身。東洋音楽学校卒業。1945年(昭和20年)、召集され満州へ出征。シベリア抑留を経験し、帰国後、兄上原げんとのもとで作曲を学ぶ。後に作曲家になる船村徹と知り合い、共にバンドの仕事をするなどして、1953年(昭和28年)テイチクレコードの専属作曲家になる。主に石原裕次郎とコンビを組み、「俺は待ってるぜ」、「錆びたナイフ」、「赤いハンカチ」などを作曲した。1980年(昭和55年)9月14日心臓疾患にて死去。享年56。東京都(小平霊園)

代表曲[編集]