メサドン

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メサドン (methadone) は、化学合成によって得られた、オピオイド系の鎮痛薬である。片仮名では、表記ゆれでメタドンと書かれる場合もある。

構造・生理作用[編集]

メサドンの構造式。構造から明らかなように、1箇所のキラル中心を有し、1対の鏡像異性体を持つ。これらは光学分割されず、ラセミ体のまま塩酸とのの形などにして用いられている。

オピオイド受容体のアゴニストとして知られるモルヒネヘロインと化学構造は異なるものの、メサドンもオピオイド受容体にアゴニストとして作用する。なお、化学構造で見た際には、メサドンが最も単純な構造のオピオイドである。

メサドンはヒトの体内で代謝されるのが遅く、さらに非常に高い脂溶性を持つため、モルヒネ系の薬剤よりも持続時間が長い。メサドンの典型的な半減期は24-48時間だから、ヘロインの解毒や維持療法の際は1日に1回のみの投与で済む。臨床での最も一般的なメサドンの投与方法は、経口液剤である。メサドンは経口投与しても、静脈注射の場合とほぼ同等の効果が得られる。

ただしメサドンも、ヘロインなどと同様に、耐性依存性がしばしば発生する。最近のこの分野における研究では、メサドンが脳のNMDA受容体に対し独特の親和性を持つことが示されている。NMDAN-methyl-D-aspartic acid, N-メチル-D-アスパラギン酸)が、オピオイド拮抗物質のような活性を示すことによって、精神依存と耐性が制御されている可能性を提示する研究者もいる。これは近年NMDA受容体アンタゴニストであるケタミンに、オピオイドの耐性形成に対する拮抗作用が発見されたことに関連する知見である。

なお、メサドンもオピオイドであり、禁断症状が出現し得る。メサドンの禁断症状は、同量のモルヒネやヘロインに比べ緩慢で軽いものの、著しく長引く。一般的にヘロイン依存症の管理や、薬物乱用の際の注射器の使い回しによるHIV感染などの害を減らすハーム・リダクションの政策には、有効であると考えられている。メサドンの適正な使用量においては、ヘロインへの欲求を減少させる効果がある。しかしながら、ヘロイン依存症者の中には、ヘロインよりもメサドンから抜け出す事の方が難しいと感じる者もいる。メサドン維持療法では投薬によって症状が快方に向かうとは限らないため、投与は定期的に行われないように計画される。

また、内科医の間でガンの疼痛管理薬として使用した症例報告が出ている。モルヒネやヒドロコドンのような短時間作用性のオピオイドよりも、投与頻度を抑えられるオピオイドを探す医師によって、メサドンによるガンの疼痛管理が試みられている。経口での生物学的利用能、長い半減期による効果の持続性などの利点を持つメサドンは、弱いアゴニストでは効果の無い、ガン末期疼痛に対する選択肢の1つだと言う意見も有る。しかし、反対派はヘロインよりもメサドンから抜け出す事の方が難しいと、メサドンのデメリットを挙げている。

乱用[編集]

あまり一般的ではないものの、メサドンは闇市場でも見られ、メサドンの過剰な服用による死亡も見られる。アメリカ合衆国などでは闇市場のメサドンを「Street Meth」などと呼び、その需要は、主として適法なメサドン療法を受けられないオピオイド依存症者による。もっとも、オピオイド依存症者は普通、メサドンよりも効果が強く即効性のオピオイドを好む。

闇市場に横流しされているメサドンは、疼痛管理のため処方された物か、工場や運送業者から盗まれた物であり、管理療法を受けている患者自身が流した物ではないことが、調査によって示されている。

規制[編集]

メサドンは麻薬に関する単一条約で附表IIの薬物に分類されている[1]。また、地域にもよるものの、しばしば何らかの法規制がメサドンにはかけられている。

類縁体[編集]

LAAM[編集]

メサドンに深く関連する合成化合物としてレボアルファアセチルメタドール英語版 (levo-α-acetylmethadol, LAAM; ORLAAM) があり、これはメサドンよりも長い作用持続時間(48-72時間)を持つため、使用頻度を減らせる。LAAMは1994年に麻薬依存症の治療薬として認可された。メサドンと同じく、LAAM はアメリカ規制物質法のスケジュール II に指定されている。ただし、心臓への副作用がまれに見られるため、LAAM はアメリカやヨーロッパの市場からは消え去っている。

なお、麻薬依存症の治療にはブプレノルフィン も用いられる。2002年10月、アメリカ食品医薬品局は2種のブプレノルフィン配合剤、サブテック (Subutex) とサボキソン (Suboxone) を麻薬依存症の治療に認可した。興味深いことに、メサドンや LAAM とは異なり、サブテックとサボキソンはアメリカ規制物質法のスケジュール III に指定されており、外来患者に対しても使用が許可されている。一方、イギリスを始めとする多くの国々では、ブプレノルフィンやメサドンのみならずヘロインさえを含むオピオイド類は、オピオイド依存症の外来患者の治療に標準的に用いられており、アメリカのように強く規制された環境で治療が行われることはない。オーストリアでのある研究により、モルヒネの経口投与はメサドンの経口投与よりも良好な結果を与えることが示され、またヘロイン維持療法の研究では、メサドンの背景的少量投与をヘロイン維持療法と組み合わせることにより、応答性の低い患者に対する成果が大きく向上する可能性が有ることが示されている。

デキストロプロポキシフェン[編集]

メサドンの近接類縁体にはデキストロプロポキシフェン英語版も挙げられ、ダルフォン(Darvon、イーライリリー社)の商標名で1957年に販売が開始された。経口鎮痛剤としての効果はコデインの2分の1から3分の1であり、デキストロプロポキシフェン65 mgがアスピリン約600 mgにほぼ相当する。デキストロプロポキシフェンは弱から中程度の痛みの軽減に処方される。バルクのデキストロプロポキシフェンは、アメリカ規制物質法でスケジュール II であり、製剤はスケジュール IV である。アメリカでは年間100トン以上のデキストロプロポキシフェンが生産されており、25,000,000通以上の処方箋が書かれている。この麻薬性の薬剤は致死性の副作用とも関連付けられ、娯楽的な薬物使用による死因の上位10位以内に入ることが検死官によって報告されている。

歴史[編集]

外科手術で簡便に使用でき、かつ嗜癖性の低い鎮痛剤を探索していたドイツのIG・ファルベン社の科学者、マックス・ボックミュール (Max Bockmühl) とグスタフ・エールハルト (Gustav Ehrhart) によって1937年に合成された。1941年9月11日に、ボックミュールとエールハルトは、彼らがヘキスト 10820 あるいはポラミドンと呼ぶ、モルヒネやオピオイド系アルカロイドと構造的に関連しない物質に関する特許を取得した。

メサドンはイーライリリー・アンド・カンパニーによって、鎮痛薬として1947年にアメリカ合衆国で導入された(商品名ドロフィン、現在はロキサン・ラボラトリーが商標を取得)。それ以来、麻薬依存症の治療に使用する事が最も一般的だが、持続時間の長さと非常に低いコストから慢性痛を抑えるためにも用いられている。1か月分の供給にかかるコストは、メサドンが20USドルであるのに対し、ペチジン(商品名デメロール)で鎮痛剤として同等の効果を得るには120ドルかかる(2004年後期の時点)。

メサドンを商品名ドロフィンとして、最初にアメリカで生産し始めたのはセントルイスを本拠とするタイコインターナショナル社の子会社、マリンクロット社 (Mallinckrodt) である。ドロフィンはドイツ語名の Dolphium が元であり、これはラテン語の dolor(痛み)に由来する。マリンクロットは1990年代初頭まで特許を独占し続けた。現在では多くの製薬会社がメサドンを製造・販売しているが、依然としてマリンクロットが主要な生産者である。マリンクロットはメサドンをほとんどの後発医薬品の製造会社にバルク販売し、また自社でもアメリカで商品名メタドースとして錠剤、口腔崩壊錠、経口シロップの形で流通させている。一般にはドロフィンの名は1960年代から1970年代にかけて、薬物依存者が使用していた薬剤名としてしか知られていない。ドロフィンがメサドンの一般名であると(実際は逆なのだが)勘違いしている医療関係者も、この古い商標名を使う場合がある。

出典[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ Yellow List: list of narcotic drugs under international control, International Narcotics Control Board: Vienna, Austria; 46th ed., December 2004.