マリリン・クエール

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マリリン・クエール
Marilyn Quayle
Marilyn Quayle.jpg
マリリン・クエール(1998年撮影)
アメリカ合衆国のセカンドレディ
任期
1989年1月20日 – 1993年1月20日
前任者 バーバラ・ブッシュ
後任者 ティッパー・ゴア
個人情報
生誕 (1949-07-29) 1949年7月29日
インディアナ州インディアナポリス
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
配偶者 ダン・クエール(1972 - )
子供 タッカー・クエール
ベン・クエール
コリーヌ・クエール
出身校 パデュー大学
インディアナ大学
職業 弁護士小説家
宗教 福音派

マリリン・タッカー・クエール英語: Marilyn Tucker Quayle , 1949年7月29日 - )は、アメリカ合衆国弁護士小説家。第44代アメリカ合衆国副大統領ダン・クエールの妻でもある。夫がアメリカ合衆国副大統領に就任した1989年1月20日からその任期が終了する1993年1月20日までアメリカ合衆国のセカンドレディの役割を担った。

生い立ちと教育[編集]

マリリン・タッカーは1949年7月29日アメリカ合衆国インディアナ州インディアナポリスにて、ウォーレン・サミュエル・タッカー(1912–2004)とメアリー・アリス・タッカー(1916–1975)の娘として出生した[1]。両親はともに医師であった[2]。タッカー夫妻の6人の子どもの4番目の子であり[3][4]、3人の姉妹(ナンシー、サリー、ジャネット)と2人の兄弟(ジェームズ、ウィリアム)がいた[5]。母方の祖父はスコットランドメイボール英語版出身者である[1]

厳格なクリスチャン家庭で育てられた[6]。両親は非正統的な聖書の解釈やリベラル派、福祉受給者、同性愛者らに対して非難を浴びせるキリスト教原理主義的な説教で知られる牧師ロバート・ティーメ英語版の長年の信奉者であり[7]、マリリンもその影響を受けてティーメの熱心な信奉者となった[6]

ブロードリップル高校英語版に通った後[5]パデュー大学政治学学士(BA)号を取得した[8]。パデュー大学の新入生クラスでは会計係を任された[9]。その後にインディアナ大学ロー・スクール英語版を夜間の授業に出席して修了し[4]法務博士(JD)の学位を取得した[5][10]。このロー・スクールダン・クエールと出会った。ともにインディアナ州司法長官英語版オフィスでインディアナ州の死刑法の改正草案を作成する作業に携わることになり、そのことがきっかけとなってすぐに交際を開始した[9]。二人が結婚式をあげたのは出会ってから10週間後の1972年11月18日のことであった[10]。クエール夫妻は1974年の同じ日にそろってインディアナ州の司法試験に合格したが[11]、マリリンは試験のわずか数日前に第一子のタッカーを出産していた[12]。彼女は確実に試験を受けられるように医師に誘発分娩を依頼した[2][4][13][14]。夫妻は3人の子どもをもうけた[5]

経歴[編集]

1984年4月14日。アメリカ海軍ミサイル巡洋艦ヴィンセンス』の進水式に出席する連邦上院議員ダン・クエールとマリリン夫人

司法試験に合格した後にクエール夫妻はインディアナ州ハンティントン英語版に戻り、共同で弁護士としての活動を開始した[11]。クエールは彼の父親が経営する新聞社の仕事を手伝っていたため、マリリンがほとんどの法律事務を処理した[11]。1976年にクエールが連邦下院議員に当選すると、夫妻は弁護士活動を中断した[11]

1988年アメリカ合衆国大統領選挙に勝利したジョージ・H・W・ブッシュのランニングメートとして、ダン・クエールはアメリカ合衆国副大統領に就任することになった[11]。マスメディアは1988年の選挙キャンペーン期間中にマリリンの印象を「冷静で、素っ気なくて、才気のある[17]」「夫を操る実力者[14]」という風に伝えた。マリリンはクエールの政治キャリアを通じて「常に夫に最も近く、最も率直な顧問」であった[11]

選挙キャンペーン中のイメージに反し、アメリカ合衆国のセカンドレディとなってからのマリリンは3人の子どもと一緒に過ごす時間を大切にしながら、副大統領公邸英語版ホステスとして従来どおり控えめに役割を果たした[18]。公的活動の多くが災害の救援活動に占められた[18]。また、母親を乳がんで亡くしたこともあり、乳がんの早期発見と治療を促進するための活動も行った[17][19]。1992年3月に姉のナンシー・タッカー・ノースコットとの共著でキューバ独裁者フィデル・カストロの破滅を描いたスリラーEmbrace the Serpent』を出版して小説家デビューを飾った[20]

マリリンは1992年アメリカ合衆国大統領選挙のキャンペーン中に活発な運動家となった。共和党全国大会英語版でスピーチを行い、選挙遊説に40日費やした[21]。強い「家族の価値英語版」をテーマにスピーチを行う彼女は保守派から大変な人気を博した[21]。読者投票によって選ばれる『グッド・ハウスキーピング英語版』1994年版の年次リスト「最も賞賛される女性」にも上位10人のうちの1人として名を連ねていた[22]

ブッシュとクエールが再選されなかったため、クエール夫妻はインディアナポリスの法律事務所に戻った[23]。その後にクエール一家はアリゾナ州に移住した[23]

2011年にマリリンが連邦下院議員を務める息子のベン・クエールにとって悪影響をもたらすことになる、選挙区改正案に関する話でアリゾナ州知事ジャン・ブリュワーに電話をかけていたことが報じられた[23]

著書[編集]

  • Embrace The Serpent (1992年) (ISBN 978-0517588222) - 姉のナンシー・タッカー・ノースコットとの共著
  • The Campaign: A Novel (1996年) (ISBN 978-0310202318) - 姉のナンシー・タッカー・ノースコットとの共著
  • Moments that Matter (1999年) (ISBN 978-0849955297) - 夫のダン・クエールとの共著

脚注[編集]

  1. ^ a b Ben Quayle ancestry - Freepages” (英語). Ancestry.com. 2015年6月27日閲覧。
  2. ^ a b Glenn Plaskin (1990年1月10日). “The Second Lady” (英語). ChicagoTribune.com. p. 1. 2015年6月27日閲覧。
  3. ^ Janet Cawley (1990年11月19日). “That Wacky Marilyn Quayle” (英語). ChicagoTribune.com. p. 2. 2015年6月27日閲覧。
  4. ^ a b c Patt Morrison (1988年10月5日). “Marilyn Quayle : Long Before Dan Quayle Joined the Ticket, She Was His Adviser; Some Say She Could Be the Candidate” (英語). LATimes.com. p. 2. 2015年6月27日閲覧。
  5. ^ a b c d Marilyn Quayle” (英語). NNDB.com. 2015年6月27日閲覧。
  6. ^ a b Alessandra Stanley (1989年1月23日). “Marilyn Quayle: A New Second Lady” (英語). TIME.com. 2015年6月27日閲覧。
  7. ^ Associated Press (1988年10月5日). “Mrs. Quayle 'Resents' Father's Religious Beliefs Being an Issue” (英語). LATimes.com. 2015年6月27日閲覧。
  8. ^ Indiana Law Review28(2) (PDF)” (英語). IUPUI.edu. p. 13. 2015年6月22日閲覧。
  9. ^ a b Patt Morrison (1988年10月5日). “Marilyn Quayle : Long Before Dan Quayle Joined the Ticket, She Was His Adviser; Some Say She Could Be the Candidate” (英語). LATimes.com. p. 1. 2015年6月22日閲覧。
  10. ^ a b Quayle, Marilyn Tucker” (英語). OurCampaigns.com. 2015年6月27日閲覧。
  11. ^ a b c d e f J. Danforth Quayle, 44th Vice President (1989-1993)” (英語). Senate.gov. 2015年6月27日閲覧。
  12. ^ David Margolick (1991年8月14日). “Address by Quayle On Justice Proposals Irks Bar Association” (英語). NYTimes.com. 2015年6月27日閲覧。
  13. ^ Lanie Jones,Lynn Smith (1990年1月7日). “Outcry Continues Over First-Baby-Born-in-Decade Derby : Birth: Are deadline deliveries unhealthy? Some experts say that, as a rule, babies should determine arrival time, not doctors or parents.” (英語). LATimes.com. p. 1. 2015年6月27日閲覧。
  14. ^ a b Alan C. Miller (1992年8月19日). “Marilyn Quayle Has Unconventional Style : Politics: Vice president's wife is considered intelligent, demanding and ambitious. Speech to delegates may give her a higher profile.” (英語). LATimes.com. p. 1. 2015年6月27日閲覧。
  15. ^ Bill Bertolino (2010年8月3日). “Quayle mailers not actually what meets the eye” (英語). Leg.State.Mn.us. 2015年6月27日閲覧。
  16. ^ QUAYLE, Ben, (1976 - )” (英語). Congress.gov. 2015年6月27日閲覧。
  17. ^ a b Janet Cawley (1990年11月19日). “That Wacky Marilyn Quayle” (英語). ChicagoTribune.com. p. 1. 2015年6月27日閲覧。
  18. ^ a b Ann L. McDaniel (1990年7月1日). “In Her Own Image: Marilyn Quayle's New Appeal” (英語). Newsweek.com. 2015年6月27日閲覧。
  19. ^ Janet Cawley (1990年11月19日). “That Wacky Marilyn Quayle” (英語). ChicagoTribune.com. p. 3. 2015年6月27日閲覧。
  20. ^ Michael Kilian (1992年1月26日). “A Thriller From Marilyn Quayle” (英語). ChicagoTribune.com. 2015年6月27日閲覧。
  21. ^ a b Larry Rohter (1992年10月28日). “THE 1992 CAMPAIGN: Candidate's Wife; Unrepentant, Marilyn Quayle Fights for Family and Values” (英語). NYTimes.com. 2015年6月27日閲覧。
  22. ^ Barbara Bush Gets Seal Of Approval” (英語). Chicagotribune.com (1993年12月6日). 2015年6月27日閲覧。
  23. ^ a b c John Celock (2011年11月6日). “Marilyn Quayle, Dan Quayle's Wife, Said to Have Called Jan Brewer About Arizona Redistricting” (英語). Huffingtonpost.com. 2015年6月27日閲覧。

外部リンク[編集]