マッコイ・タイナー

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マッコイ・タイナー
McCoy Tyner
Mccoy Tyner 1973 gh.jpg
マッコイ・タイナー(1973年)
基本情報
生誕 (1938-12-11) 1938年12月11日(79歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ペンシルベニア州 フィラデルフィア
ジャンル ジャズ
職業 バンドリーダーピアニスト作曲家
担当楽器 ピアノ
活動期間 1960年-
レーベル インパルス!レコード
ブルーノート
マイルストーン・レコード
共同作業者 ジョン・コルトレーン
公式サイト McCoy Tyner Official Web Site

マッコイ・タイナーMcCoy Tyner1938年12月11日-)は、アメリカ合衆国ジャズピアニストジョン・コルトレーンのレギュラー・カルテットでの活動や、バンドリーダーとしての活動で有名。

来歴[編集]

ペンシルベニア州フィラデルフィア生まれ。母の勧めで、13歳の時にピアノを始める。地元ジャズ・クラブのハウス・ピアニストとして演奏し、来訪する多くのアーティストと共演した[1]。その後、近所にバド・パウエルが引っ越してきて、大きな影響を受けた。

1955年ジョン・コルトレーンと出会い、1960年にコルトレーンのバンドに加入した。ジミー・ギャリソンベース)やエルビン・ジョーンズドラム)と共にコルトレーンを支え、『コルトレーン』『バラード』『至上の愛』『アセンション』など多くの作品に参加。また、1962年にはバンド・リーダーとしてインパルス!レコードと契約し、初のリーダー・アルバム『インセプション』発表した。しかし、コルトレーンがフリー・ジャズに傾倒するのを良く思わず、1965年12月に袂を分かつ。

1967年ブルーノートと契約し、『ザ・リアル・マッコイ』などのリーダー・アルバムを発表した。ブルーノートからの2作目『テンダー・モーメンツ』(1967年)は、他界したコルトレーンに捧げた曲「モード・トゥ・ジョン」を収録している。

1971年後半には、ソニー・フォーチュンサックスフルート)、カルヴィン・ヒル(ベース)、アル・ムザーン(ドラム)を従えたレギュラー・カルテットを編成し、同年マイルストーン・レコードに移籍した。1972年10月末には来日公演を行い、この折にソロ・アルバム『エコーズ・オブ・ア・フレンド』を録音した[2]。マッコイがリーダーとして残したライヴ・アルバムの傑作は1970年代に集中しており、『エンライトメント』『アトランティス』『ザ・グリーティングス』『パッション・ダンス』などが挙げられる[3]

その後も、様々なレーベルから作品を発表している。ヴァーヴ・レコードから1993年に発表した『ジャーニー』には、ダイアン・リーヴスが参加した。

ディスコグラフィ[編集]

テレビ出演[編集]

  • 『東京JAZZ 2009』 (NHK BShi)2009年9月30日, 10月1日

脚注[編集]

  1. ^ 小川充 「McCoy Tyner」『スピリチュアル・ジャズ』 小川充、リットーミュージック〈Jazz Next Standard〉、2006年、74頁。ISBN 4845613247
  2. ^ 悠雅彦 (2003年). "解説 マッコイ・タイナー ソロ・アルバムについて", p. 4 [XRCD24]. McCoy Tyner 『Echoes Of A Friend』のアルバム・ノーツ JVC.
  3. ^ 中山康樹 「マッコイ・タイナー/アトランティス」『ジャズ“ライヴ名盤”入門!』 宝島社〈宝島社新書〉、2006年、154頁。ISBN 4796655719

外部リンク[編集]