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ボリド藻

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ボリド藻綱
1. Triparma laevis(スケールバー = 1 µm
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
階級なし : ディアフォレティケス Diaphoretickes
階級なし : SARスーパーグループ
SAR supergroup
階級なし : ストラメノパイル Stramenopiles
: オクロ植物門 Ochrophyta
階級なし : Diatomista
: ボリド藻綱 Bolidophyceae
: パルマ目 Parmales
学名
Bolidophyceae Guillou & Chrétiennot-Dinet, 1999[1]

Parmales B.C.Booth & H.J.Marchant, 1987[2]

タイプ属
Bolidomonas Guillou & Chrétiennot-Dinet, 1999
= Triparma B.C.Booth & H.J.Marchant, 1987
シノニム
和名
ボリド藻
英名
bolidophyceans[5], bolidophytes[6]
下位分類

ボリド藻(ボリドそう、: bolidophyceans, bolidophytes)とは、不等毛藻(オクロ植物門)の1綱であるボリド藻綱学名: Bolidophyceae)のこと、またはこれに属する生物のことである。極めて微小(直径5マイクロメートル以下)な単細胞性藻類であり、珪酸質のプレートで囲まれた不動性のものと、鞭毛をもつ遊泳性のものがあり、前者はパルマ藻ともよばれる。不動細胞と鞭毛細胞は、生活環における異なる世代を表していると考えられている。フコキサンチンを含む黄褐色の葉緑体を1個もつ。極地から熱帯まで海洋に広く分布しており、特に極地では比較的多いことがある。現生種としては314ほどが知られる。水界の最も重要な生産者の1群である珪藻姉妹群であると考えられており、その起源を考える上で重要な生物群である。

特徴

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ボリド藻は単細胞性であり、珪酸質のプレートで囲まれた不動性のものと、裸で2本鞭毛をもつ鞭毛性のものが知られている[6](下図2)。この2つは、もともとボリド藻の生活環における異なる世代であると考えられている(下記参照)。不動細胞、鞭毛細胞とも小型であり、単核性(は1個)[7][8]葉緑体は黄色、1個、4重膜で囲まれ、核膜と広く融合している[7][8]。ふつうチラコイドが3枚ずつ重なってチラコイドラメラを構成している[7][8]。他のチラコイドラメラを包む周縁ラメラ(ガードルラメラ)をもち、色素体DNAはこの内縁に沿ってリング状に分布する[7][8]。葉緑体にピレノイドはない[7][8]光合成色素として、クロロフィルac1/c2c3フコキサンチンジアジノキサンチン/ジアトキサンチンゼアキサンチン[注 1]β-カロテンを含む[7][8]。管状クリステをもつミトコンドリアが1個存在する[7][8]

不動細胞は球形、直径2–5マイクロメートル (µm) ほどであり、5または8枚の珪酸質のプレートで覆われている[6](図1, 2a, b)。プレートは3–4タイプに分化しており、円形の shield plate や ventral plate、三放射形の dorsal plate や girdle plate がある[6](下図3)。これら珪酸質プレートは、他の珪酸質外被をもつ不等毛藻珪藻黄金色藻など)と同様、細胞質中に形成されたSDV (珪酸沈着小胞 Silica Deposition Vesicle) 内で形成される[6]。ボリド藻では、珪酸質プレートのうち、shield plate と ventral plate を形成するSDVは葉緑体周囲に形成されたのちに細胞膜直下に移動するのに対して、dorsal plate と girdle plate を形成するSDVは、当初から細胞膜直下に形成される[6]

不動細胞中には、短い中心小体が4個以上存在する点で特異である[6][9]核分裂時には、両極に中心小体が位置する核外紡錘体が形成され、これが核膜を維持した核の細胞質トンネル内に移動、やがて染色体動原体に接する核膜の一部が崩壊し、染色体が動原体微小管と結合、染色体が両極に分配される[6][9]

2a. Pentalamina corona の不動細胞(スケールバー = 1 µm)
2b. Tetraparma pelagica の不動細胞(スケールバー = 1 µm)
2c. Triparma eleuthera の鞭毛細胞(スケールバー = 1 µm)

鞭毛細胞は直径 1–1.7 µm、側方(腹側)から前後に伸びる長い不等鞭毛をもつ[7](上図2c)。前鞭毛には管状小毛が生えており、管状小毛先端には3本の頂端毛がある[7]。後鞭毛は前鞭毛より短く、先端は細くなっている(アクロネマ)[7]。遊泳速度は極めて速く、鞭毛細胞に当初つけられた属名(現在は Triparma のシノニムとされる)である BolidomonasBolidは、レーシングカー(フランス語で Bolide)を意味する[7]。微小管性鞭毛根などの鞭毛装置は確認されていない[7]基底小体と鞭毛の移行部には2枚の基底板があり、またらせん構造 (transitional helix) は存在しない[7]ゴルジ体は、鞭毛基部付近に存在する[7]葉緑体は細胞背側に位置し、眼点を欠く[7]。鞭毛細胞は、鞭毛が倍加して二分裂する[7]

不動細胞、鞭毛細胞いずれも二分裂によって無性生殖を行う[7][8][6]。また、不動細胞の培養株が、鞭毛細胞を生じた例が報告されている[10][6]。系統的にも、不動細胞の株と鞭毛細胞の株は混じり合っていることが示されている[10]。これらのことから、不動細胞と鞭毛細胞は同一生物群の生活環における異なる世代に相当すると考えられるようになった[10][6]トランスクリプトーム解析からは鞭毛細胞が単相世代(染色体を1セットのみもつ世代)であることが示唆されており、このことから不動細胞が複相世代(染色体を2セットもつ世代)であると考えられている[10][11]。ただし、有性生殖は直接的には見つかっていない[10]。また鞭毛細胞から不動細胞への転換も見つかっておらず、鞭毛細胞の株においては二次的にプレート形成能を喪失している可能性もある[10]

分布・生態

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世界中の海洋に広く分布しているが、種によって異なる分布パターンを示す。Tetraparma pelagicaTriparma laevisTriparma columnaceaTriparma retinervisTriparma strigata は、極地から亜熱帯域まで広く分布している。一方、Pentalamina corona南極域、Tetraparma catiniferaTriparma verrucosa北極域に限られるが、Tetraparma gracilis は両極地方に分布する。Tetraparma insectaTetraparma silveraeTetraparma trullifera は亜熱帯域に限られており、また Triparma mediterranea はほぼ地中海に限られている[6]。広範囲の環境DNA調査(Tara Oceans)では、ボリド藻はピコプランクトン画分(直径 0.8–5 µm)に存在し、リード数は最大で4%、平均1%ほどであった[6]。一方で北極・南極域では、最大12%に達した例も報告されている[6]。また淡水域からも、ボリド藻に相当する環境DNAが報告されている[10]

ボリド藻の不動細胞は、寒水期には表層から深水層まで分布するが、暖水期には深水層に限られることが報告されている[6]。ただし、鞭毛細胞は暖水期に表層に出現する可能性がある[6]

不動性ボリド藻の外被によく似た構造は、カイアシ類オキアミの糞から報告されており、これら動物プランクトンの餌となっている可能性がある[6]。また、ボリド藻のおもな捕食者は、襟鞭毛虫のような小型原生生物であると考えられているが、直接的な証拠はない[6]

Triparma laevisTriparma strigata の培養株を用いた調査からは、不動細胞の増殖温度は0–10°Cであることが報告されている[6]。一方で鞭毛細胞の増殖温度はそれよりも高く、Triparma eleuthera の鞭毛細胞の増殖温度は16–24°Cであることが報告されている[6]

ボリド藻に近縁な藻類である珪藻珪酸質からなる被殻をもち、珪酸がないと増殖できない[6]。一方でボリド藻は、珪酸質の外被をもっているにもかかわらず、珪酸がなくても増殖できる[6]。高濃度(100 µM)の珪酸存在下では完全な珪酸質プレートを形成するが、低濃度(10 µM)では一部の珪酸質プレートを欠き、珪酸濃度 1 µM 以下になると珪酸質プレートを欠くが、増殖はできる[6]。また、これに珪酸を加えると再び珪酸質プレートを形成する[10]

系統・分類

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珪酸質のプレートで覆われたボリド藻の不動細胞は、1970年代に初めて発見され[12]、当初は襟鞭毛虫のシスト(休眠細胞)であると考えられていた[13]。しかしクロロフィル自家蛍光の存在や細胞内の微細構造から葉緑体の存在が示され、珪藻黄金色藻など不等毛藻との類縁性が示唆された[10][6]。Booth & Marchant (1987) は、この藻類群を黄金色藻綱の新目、パルマ目Parmales)に分類した[14]。このため、このような藻類はパルマ藻ともよばれる[10]。パルマ藻の珪酸質プレートは、一部の珪藻の増大胞子(珪藻において有性生殖の結果形成される接合子)を覆う珪酸質鱗片と類似しており、珪藻との類縁性も示唆されていた[15]

Guillou et al. (1999) は太平洋地中海から2本鞭毛性の小さな鞭毛藻を発見し、Bolidomonas を記載するとともに、その微細構造、光合成色素組成、分子系統解析などをもとに、ボリド藻綱Bolidophyceae)を設立した[6][7]。この研究では、ボリド藻が珪藻姉妹群であることが強く示唆された[7][5]

やがて、Ichinomiya et al. (2011) によってパルマ藻(珪酸質プレートで覆われた不動細胞)の培養株が初めて確立された[8]。これを用いた研究により、パルマ藻がボリド藻と同一の系統群に属するものであることが初めて明らかとなり、その後分類学的整理がなされ、パルマ目をボリド藻綱に分類することが提唱された[6][8]。また鞭毛性の Bolidomonas は不動性の Triparma に極めて近縁(系統的には分けられず入れ子状になる)であり、ほぼ同一の生物の生活環における異なる世代であることが示唆され、前属は後属に含められた[6][16]

2023年現在、現生のボリド藻としては、3属14種ほどが知られている[1][6]。主に不動細胞において細胞を覆うプレートの特徴および分子形質に基づいて分類されており、特に科や属の分類は、プレートの配列様式に基づいている[10][6](下図3、下表1)。また環境DNA調査から、実態が不明のいくつかの系統群の存在が示されている[6]。ボリド藻(パルマ藻)の化石記録は、少なくとも後期白亜紀にさかのぼる[17]

3. ボリド藻3属の不動細胞における珪酸質プレートの構成: D - dorsal plate, G - girdle plate, S - shield plate, V - ventral plate
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3. ボリド藻3属の不動細胞における珪酸質プレートの構成: D - dorsal plate, G - girdle plate, S - shield plate, V - ventral plate
表1. ボリド藻の分類体系の一例[1][6](†は化石分類群)
  • ボリド藻綱 Bolidophyceae Guillou & Chrétiennot-Dinet, 1999
    • パルマ目 Parmales B.C.Booth & H.J.Marchant, 1987
      シノニム: ボリドモナス目 Bolidomonadales Guillou & Chrétiennot-Dinet, 1999
      • Parmoligocenaceae Kaczmarska & Ehrman, 2023
      • ペンタラミナ科 Pentalaminaceae H.J.Marchant, 1987
        • Pentalamina H.J.Marchant, 1987
          円形の shield plate が2枚、大きな ventral plate が1枚、三放射形の girdle plate が2枚。
        • Pentalaminamorpha Kaczmarska & Ehrman, 2023
      • トリパルマ科 Triparmaceae B.C.Booth & H.J.Marchant, 1988
        シノニム: ボリドモナス科 Bolidomonadaceae Guillou & Chrétiennot-Dinet, 1999
        • Tetraparma B.C.Booth, 1987
          円形の shield plate が2枚、小型の ventral plate が1枚、三放射形の dorsal plate 1枚と girdle plate 3枚。
        • Triparma B.C.Booth & H.J.Marchant, 1987
          シノニム: Bolidomonas Guillou & Chrétiennot-Dinet, 1999
          円形の shield plate が2枚、大型の ventral plate が1枚、三放射形の dorsal plate 1枚と girdle plate 3枚。ただし、珪酸質プレートをもたない鞭毛細胞のみが知られている種も含まれる。

脚注

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注釈

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  1. ^ ゼアキサンチンは、Guillou et al. (1999) では報告されていない[7]

出典

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  1. ^ a b c Class Bolidophyceae”. Algaebase. 2024年5月3日閲覧。
  2. ^ Order Parmales”. Algaebase. 2024年5月11日閲覧。
  3. ^ van den Hoek, C., Mann, D., Jahns, H. M. & Jahns, M. (1995). “The order Parmales”. Algae: An introduction to phycology. Cambridge University Press. pp. 121–122. ISBN 978-0521316873 
  4. ^ Medlin, L. K. (2011). “A review of the evolution of the diatoms from the origin of the lineage to their populations”. In Seckbach, J. & Kociolek, P.. The Diatom World. Springer Dordrecht. pp. 93-118. ISBN 978-94-007-1326-0 
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  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae Kuwata, A., Yamada, K., Ichinomiya, M., Yoshikawa, S., Tragin, M., Vaulot, D., & Lopes dos Santos, A. (2018). “Bolidophyceae, a sister picoplanktonic group of diatoms–a review”. Frontiers in Marine Science 5: 370. doi:10.3389/fmars.2018.00370. 
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t Guillou, L., Chrétiennot‐Dinet, M. J., Medlin, L. K., Claustre, H., Goër, S. L. D., & Vaulot, D. (1999). “Bolidomonas: a new genus with two species belonging to a new algal class, the Bolidophyceae (Heterokonta)”. Journal of Phycology 35 (2): 368-381. doi:10.1046/j.1529-8817.1999.3520368.xCitations: 185. 
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  9. ^ a b Yamada, K., Nagasato, C., Motomura, T., Ichinomiya, M., Kuwata, A., Kamiya, M., ... & Yoshikawa, S. (2017). “Mitotic spindle formation in Triparma laevis NIES-2565 (Parmales, Heterokontophyta)”. Protoplasma 254: 461-471. doi:10.1007/s00709-016-0967-x. 
  10. ^ a b c d e f g h i j k 一宮睦雄 & 桑田晃 (2017). “培養株確立によって明らかとなってきた未知の藻類: パルマ藻”. 藻類: Jpn. J. Phycol. 65: 153-158. CRID 1010282256889885056. 
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  12. ^ 岩井恒夫・西田史朗 (1976). “北太平洋における現生コッコリソフォリーデ の分布”. 大阪微化石研究会誌 5: 1–11. 
  13. ^ Silver, M. W., Mitchell, J. G. & Ringo, D. L. (1980). “Siliceous nanoplankton. II. Newly discovered cysts and abundant choanoflagellates from the Weddell Sea, Antarctica”. Marine Biology 58: 211–217. doi:10.1007/BF00391878. 
  14. ^ Booth, B. C. & Marchant, H. J. (1987). “Parmales, a new order of marine chrysophytes, with descriptions of three new genera and seven new species”. journal Phycology 23: 245–260. doi:10.1111/j.1529-8817.1987.tb04132.x. 
  15. ^ Mann, D. G. & Marchant, H. J. (1989). “The origin the diatom and its life cycle”. In Green, J. C., Leadbeater, B. S. C. & Diver, W. L.. The Chromophyte Algae: Problems and Perspectives. Clarendon Press. pp. 305–321. ISBN 978-0198577133 
  16. ^ Ichinomiya, M., Dos Santos, A. L., Gourvil, P., Yoshikawa, S., Kamiya, M., Ohki, K. (2016). “Diversity and oceanic distribution of the Parmales (Bolidophyceae), a picoplanktonic group closely related to diatoms”. The ISME Journal 10 (10): 2419-2434. doi:10.1038/ismej.2016.38. 
  17. ^ Abe, K. & Jordan, R. W. (2021). “Re-examination of Archaeomonas mirabilis from the Late Cretaceous reveals its true identity as the oldest known fossil Parmales (Bolidophyceae)”. Phycologia 60 (4): 362-367. doi:10.1080/00318884.2021.1938864. 

関連項目

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外部リンク

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