ボストン (バンド)

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Boston
ボストン
Boston Strong Concert-May 30, 2013.jpg
地元ボストン公演 (2013年5月)
基本情報
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
マサチューセッツ州 ボストン
ジャンル ロック
プログレッシブ・ロック
ハードロック
AOR
活動期間 1976年 - 現在
レーベル エピック・レコード
MCAレコード
Artemis Records
Frontiers Records
共同作業者 オリオン・ザ・ハンター
RTZ
メンバー トム・ショルツ (マルチプレイ)
ギャリー・ピール (G/Key)
トミー・デカーロ (Vo/Key)
トレーシー・フェリー (B)
ジェフ・ニール (Ds)
ベス・コーエン (Key/G)
旧メンバー ブラッド・デルプ (Vo)
ほか 以下を参照

ボストン(Boston)は、アメリカ合衆国出身のロックバンド

ハードロックプログレッシブ・ロックなどのサウンドを、ポップに消化したスタイルで大成功を収めた。1970年代後半から1980年代前半に隆盛した「アメリカン・プログレ・ハード」「産業ロック」の代表的バンドの一つとして知られる。また、創始者トム・ショルツが、ほぼ全般を創作するプロジェクトの一面を持つ。全世界での売り上げ枚数は約7500万枚。アメリカでの売り上げは約3100万枚、うち最初の2枚が約1700万枚を占める。

概要・略歴[編集]

1977年のグループショット

創始者トム・ショルツは、アメリカ合衆国オハイオ州の出身。7歳からピアノを習い、マサチューセッツ工科大学在学中にギターを独学で覚える。大学卒業後はポラロイド社に就職しプロダクト・エンジニアとなった。仕事の傍ら、電気工学の知識を生かして自宅アパートに多重録音可能なスタジオを構築、そこで作り上げたデモ・テープがCBSレコードに認められ契約する。

[1] 1976年、1stアルバム『幻想飛行』をリリース。シングル・カットされた「宇宙の彼方へ(More Than A Feeling)」[2]と共に全米チャートで上昇。アルバムは全米3位を獲得し、同年だけで100万枚を売り上げ、アメリカン・ロックの新しい時代を開く歴史的作品となった。

1978年、ツアーの合間を縫って慌ただしく制作された2ndアルバム『ドント・ルック・バック』も全米1位の大ヒットを記録する。ただ大手のCBSに所属し、ポップなロック・サウンドだったため、ジャーニー、TOTO、スティックスらとともに、産業ロックとの批判を浴びた。

1979年4月、初来日公演「CHERRY BLOSSOM TOUR '79」を開催。

以降次作の発表が待ち望まれたが、完璧主義者のショルツのレコーディング作業はなかなか進まず、ついにはCBSレコードに契約不履行で訴えられ長期間の法廷闘争に突入、ボストンの活動は一時停止する。

1986年、法廷闘争が決着しMCAレコードへ移籍。8年ぶりの3rdアルバム『サード・ステージ』を発表。シングル・カットされた「アマンダ」が全米1位を獲得し、アルバムも2作連続で1位を記録。

その後も悠々自適のペースでアルバムを制作、1994年に4thアルバム『ウォーク・オン』、1997年のベスト盤をはさんで、2002年に5thアルバム『コーポレイト・アメリカ』を発表。

ミネソタ州ヒンクリー公演 (2008年6月)

2007年、リードボーカルを務めるオリジナルメンバー ブラッド・デルプが急死(自殺)。この件によって同年夏のボストン全米ツアーは中止。翌年、HR/HMバンド「ストライパー」のマイケル・スウィートが参加し、ツアーを再開。

2013年、11年ぶりの6thアルバム『ライフ、ラブ&ホープ』を発表[3]

2014年、35年ぶりの来日公演を開催[4]

デビューアルバム制作エピソード[編集]

デビューアルバム『幻想飛行』のほとんどをトム・ショルツ一人で作った事実を、当初CBS側はにわかには信じなかった。デモテープを聞いた担当者は「現存するあらゆる(ロック・ミュージック)作品の中で、最も素晴らしい作品である」と評価したと言われる。

制作
アルバムの制作はショルツの完成度の高いデモ・テープの内容を、プロのスタジオのクオリティで忠実に再現することに費やされた。ブラッド・デルプボーカル以外はほとんどすべての楽器をショルツ自身が演奏しており、バンドのメンバーはデビューにあたってライブ活動を行なうために集められた。当初はライブ活動のことは念頭になかったショルツであるが、アルバムの発売に合わせてツアーを敢行することでプロモートとし、アルバムの売上を確実なものへとするのが当時のセオリーであったので、当然ツアーはするものと考えていたレーベルの強い勧めに従って急遽オーディションを行ったと言われている。
再録音にあたっては、デモ・テープ同様ブラッド・デルプによりボーカルが付けられた(メインボーカルだけにとどまらず、ハーモニーやあらゆるコーラスはデルプによるもの)。またシブ・ハシアンとジム・マスデアによってドラム・パートが録音され、バリー・グドローによる印象的なリードギターも付け加えられた。それらの音源を持って、ショルツは自身のスタジオにこもりミックス作業に没頭する。しかしレーベル側からの「プロのクオリティで」という強い圧力はかかり続けた。Epic Recordsから立てられた音楽プロデューサージョン・ボイランはこの問題を解決するため、集められたバンド・メンバーによるレコーディングを「1曲だけ」プロのスタジオで行い、レーベル側の目くらましに利用したと言われる。
全曲さまざまな音源を何重にも重ね、独特の分厚い重厚感を持たせた楽曲群だが、多重録音に必要とされるリズムボックスを一切使用せず、曲のテンポは全て「手拍子」で測っていた。ただしそのことにより、いわゆる「一発録り」的な迫力が生まれ、ほとんどショルツ一人の演奏であるにもかかわらず、あたかもビッグバンドであるかのような迫力あるサウンドとなっている。しかし、逆にショルツ一人が関わったミックス作業には、大変な労力が必要となった。
リマスター盤
発表から30年後の2006年、デビューアルバム『幻想飛行』発売30周年記念として、『幻想飛行』『ドント・ルック・バック』のショルツ自身によるデジタル・リマスターの再発盤がリリースされ話題となり、今の「CD時代」に合わせ音質は向上したが、そもそもこの「30年前の録音〜ミックスのクオリティの高さ」がかえって浮き彫りとなった。
その他
アルバム・ジャケットに刻印された「No Synthesizers Used(シンセサイザー使用せず)」「No Computers Used(コンピュータ使用せず)」という有名なクレジットは決してハッタリではなく、その綿密に手を加えられた音源と、膨大な時間と労力を費やしたミックス作業を物語るものである。
初期の作品は、各バンドメンバーのクレジットがあり体裁上はバンドの形を取っているが、実際には全てショルツの指示通りプレイされているなど、完全にショルツが演出していた。

ブラッド・デルプの自死[編集]

ブラッド・デルプ(Vo)
ブラッド・デルプ
2007年3月9日、リードボーカルを務めるオリジナルメンバー ブラッド・デルプが急死した。この時間デルプはニューハンプシャー州アトキンスの自宅に一人でおり、争った形跡などはなかったという。地元メディアのウェブサイトなどによると、デルプはボストンの夏のツアー・コンサートと自身の結婚に備えていた時期だったという。死の数時間後にはボストンのウェブサイトに"We've just lost the nicest guy in rock and roll."というシンプルな追悼メッセージが表示された。
14日、ニューハンプシャー州警察の発表およびロイター通信が発表したところによると、遺体が発見された浴室には車の排気筒からホースが引き込まれており、検死の結果、デルプは一酸化炭素中毒による自殺であることが判明した[5]
音楽機器開発
1980年代にショルツは、ロックマン・ブランドのギター・アンプやエフェクターを開発・販売している。「これ一台でボストンと同じ分厚いギターの音が出せる」というのが特徴。中でもヘッドホンアンプはその手軽さからヒット商品となった。これらの商品開発でいくつかの音響工学関連の特許を取っている(現在はロックマンのブランドを他者に売却している)。さらには、「留守中の植物への水やり機」「絶対にチューニングの狂わないギター」など特許は数多くとっているという。

メンバー[編集]

現ラインナップ[編集]

  • トム・ショルツ Tom Scholz - 全楽器、ボーカル (1976- ) ライブでは主にギター/キーボード等を担当
  • ギャリー・ピール Gary Pihl - ギター/キーボード (1985- )
  • トミー・デカーロ Tommy DeCarlo - リードボーカル/キーボード (2008- )
  • トレーシー・フェリー Tracy Ferrie - ベース (2012- )
  • ジェフ・ニール Jeff Neal - ドラムス (2002- )
  • ベス・コーエン Beth Cohen - キーボード/ギター (2002, 2012, 2015- ) 女性ブレイヤー
        
トム・ショルツ 2008年
ギャリー・ピール(G) 2008年
トミー・デカーロ(Vo/Key) 2012年

旧メンバー[編集]

  • ブラッド・デルプ Brad Delp - ボーカル/リズムギター/キーボード (1976-1991, 1994-2007) R.I.P.2007
  • フラン・シーン Fran Sheehan - ベース (1976-1986)
  • ジム・マスデア Jim Masdea - ドラムス (1976, 1987-1994)
  • バリー・グドロー Barry Goudreau - リードギター (1976-1981)
  • シブ・ハシアン Sib Hashian - ドラムス (1976-1982) R.I.P.2017[6]
  • クリス・リヴァス Chris Rivas - ドラムス (1985)
  • デヴィッド・サイクス David Sikes - ベース (1987-1997)
  • ダグ・ハフマン Doug Huffman - ドラムス (1987, 1994)
  • フラン・コスモ Fran Cosmo - ボーカル/ギター (1992-2009)
  • カーリー・スミス Curly Smith - ドラムス (1994-2000, 2012-2014)
  • キンバリー・ダーム Kimberley Dahme - ボーカル/ベース (2001-2014) 女性ブレイヤー
  • アンソニー・コスモ Anthony Cosmo - ギター/キーボード/ベース (2002-2006) フラン・コスモの息子
  • アンソニー・シトリナイト Anthony Citrinite - ドラムス (2001)
  • トム・ハムブリッジ Tom Hambridge - ドラムス (2002)
  • マイケル・スウィート Michael Sweet - ボーカル (2008-2011)
  • デヴィッド・ビクター David Victor - ギター (2012-2014)

ディスコグラフィ[編集]

アルバム[編集]

注:順位はビルボード・アルバムチャートによる。売上枚数はRIAA(全米レコード協会)による認定枚数。

シングル[編集]

  • 1976 More Than A Feeling (全米 #6)
  • 1977 Long Time (全米 #22)
  • 1977 Peace Of Mind (全米 #38)
  • 1978 Don't Look Back (全米 #4)
  • 1978 A Man I'll Never Be (全米 #31)
  • 1979 Feelin' Satisfied (全米 #46)
  • 1986 Amanda (全米 #1)
  • 1986 We're Ready (全米 #9)
  • 1987 Can'tcha Say (You Believe In Me) (全米 #20)
  • 1994 I Need Your Love (全米 #51)
  • 1994 Walk On Medley

来日公演[編集]

  • 1979年 「CHERRY BLOSSOM TOUR '79」 招聘元:バン・プランニング(VAN PLANNING)
    • 4月13・14日 大阪府立体育館
    • 4月16日 福岡・九電記念体育館
    • 4月18日・19日・20日 東京・日本武道館
  • 2014年
    • 10月2・9日 東京・日本武道館
    • 10月4日 愛知県体育館
    • 10月6日 大阪市中央体育館

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]