ホラント級駆逐艦

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ホラント級駆逐艦
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基本情報
種別 駆逐艦
命名基準 オランダの州
前級 チェリク・ヒッデス級駆逐艦
次級 フリースラント級駆逐艦
船体諸元
排水量 基準2,215トン / 満載2,765トン
全長 111.3 メートル (365 ft)
全幅 11.32メートル (37.1 ft)
吃水 3.88メートル (12.7 ft)
動力機関
ボイラー B&W水管ボイラー×4缶
主機関 ヴェルクスプール-パーソンズ
蒸気タービン×2基
推進器 スクリュープロペラ×2軸
出力 45,000 hp (34 MW)
速力 32ノット
航続距離 4,000浬 (18ノット巡航時)
人員・装備
乗組員 247人
火器 ボフォース 120mm連装砲×2基
ボフォース 40mm機関砲×1基
4連装375mm対潜ロケット砲×2基
爆雷投下軌条×2基
レーダー LW-02 長距離対空捜索用
DA-01 対空捜索用
ZW-01 対水上捜索用
M45 射撃指揮用
ソナー ・170B型 捕捉・攻撃用
・162型 海底捜索用
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ホラント級駆逐艦 (オランダ語: Holland klasse Onderzeebootjager) は、オランダ海軍駆逐艦の艦級[1][2]。計画名は47A型[3]

設計[編集]

本級は、オランダ海軍の戦後第1世代の国産戦闘艦として開発された。船型は長船首楼型とされており、船体形状は同世代のイギリス駆逐艦に範をとったものとなった。上甲板および舷側には装甲が施されているが、これはこの大きさの艦としては異例な措置であった。この他にも、水密区画の設計に意が払われているほか、船質にはA52調質高張力鋼が採用されるなど、抗堪性に配慮した設計がなされている。これによる重量増を補い、復原性を改善するため、上部構造物などには可能な限りアルミニウム合金が採用された。また建造にあたっては、全体に電気溶接が導入されている[2]

前檣は4脚のラティスマストであるが、前部煙突との位置関係を含めて風洞実験が繰り返されており、その成果は空母「カレル・ドールマン」やトロンプ級デ・ロイテル級巡洋艦の艤装に反映された。ただし当初はポールマストを設置して竣工し、1955年にラティスマストに改装した[2]

主機関は、元々はチェリク・ヒッデス級用として取得されたものであり、1940年5月に一度はナチス・ドイツに接収されたが、1945年に奪還していた[3]。これらの機関が本来据え付けられるはずだったチェリク・ヒッデス級の船体よりも本級の船体のほうが大きく、主機の出力には余裕が乏しかったが、それでも海上公試では、ほとんどの装備を搭載した状態だったにもかかわらず40.3ノットの速力を記録している[2]

装備[編集]

本級に求められた任務は下記の通りであった[2]

  1. 任務部隊・輸送船団の対潜防護
  2. 対潜掃討群あるいは単艦での攻勢的対潜戦
  3. 任務部隊・輸送船団の防空の補完
  4. 輸送船団での対水上防護

このように、一義的には外洋での対潜艦として要望されたことから、ヨーロッパで初めて、大口径の対水上戦用魚雷をもたない駆逐艦となった。砲熕兵器は、チェリク・ヒッデス級と同様にスウェーデンボフォース社によって供給されており、対空・対水上火力としては、レーダー射撃可能な46口径120mm連装砲を艦首尾に1基ずつ装備した。一方、復原性確保のため対空機銃は削減され、当初は57mm単装砲7門が搭載される予定だったが、結局はボフォース 40mm機銃1門が2番煙突前方に搭載されたのみとなった。なお1950年代後半には、120mm連装砲をミサイル発射機に換装する計画もあったが、これは実現しなかった[2]

レーダーは国産化が図られており、前檣上に目標捕捉用のDA-01、後檣上に早期警戒用のLW-02を搭載した。ただし開発が竣工に間に合わず、1957年から1958年にかけて後日装備された[2]

同型艦一覧[編集]

1948年に対潜駆逐艦として12隻の建造が計画されたが、本級は4隻が起工されたのみにとどまり、残り8隻は改良・発展型のフリースラント級として建造されることとなった。建造された4隻は1951年から1953年にかけて順次に就役した。

これらは戦時急造艦として配備されていたS級駆逐艦及びN級駆逐艦を代替して、フリースラント級とともに、冷戦期初期において艦隊の主力を担った。しかし戦後第1世代の駆逐艦であることから船体の老朽化・装備の陳腐化が進み、1970年代に入って、フリースランド級とともに一括してコルテノール級フリゲートによって更新され、1979年までに順次に退役して運用を終了した。ネームシップである「ホラント」は、退役後の1982年ペルー海軍へ売却され、「ガルシア・イ・ガルシア」(García y García, DD75)として再就役し、1986年まで運用された。「ノールトブラバント」は1974年1月9日の事故で大破(乗員2名が死亡)して退役、「ヘルダーラント」は実習艦に転用するためもっとも早期に退役し、アムステルダムに係留された。

# 艦名 造船所 起工 就役 退役
D808 ホラント
HNLMS Holland
ロッテルダム 1950年4月 1954年12月 1978年
D809 ゼーラント
HNLMS Zeeland
ロイヤル・
スヘルデ
1951年1月 1955年3月 1979年
D810 ノールトブラバント
HNLMS Noord Brabant
1951年3月 1955年6月 1974年
D811 ヘルダーラント
HNLMS Gelderland
ウィルトン・
フェイエノールト
1955年9月 1973年

参考文献[編集]

  1. ^ John E. Moore, ed (1975). Jane's Fighting Ships 1974-1975. Watts. p. 236. ASIN B000NHY68W. 
  2. ^ a b c d e f g Robert Gardiner, ed (1996). Conway's All the World's Fighting Ships 1947-1995. Naval Institute Press. p. 274. ISBN 978-1557501325. 
  3. ^ a b Raymond V. B. Blackman, ed (1954). Jane's Fighting Ships 1953-54. Watts. p. 260. ASIN B000R5B066.