ヘンリク・メルツェル=シュチャヴィニスキ

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ヘンリク・メルツェル=シュチャヴィニスキ
Henryk Melcer-Szczawiński
Henryk melcer.jpg
基本情報
出生 1869年9月21日
死没 1928年4月18日(満58歳没)
ジャンル クラシック
職業 ピアニスト作曲家指揮者

ヘンリク・メルツェル=シュチャヴィニスキHenryk Melcer-Szczawiński 1869年9月21日 - 1928年4月18日)は、ポーランド作曲家ピアニスト指揮者教師

生涯[編集]

メルツェルは幼少期には祖母やヴァイオリニストであった父より音楽教育を受け、父の出身地であったカリシュ男子校に進学、1887年にゴールドメダルを受けて卒業した[1]。彼はワルシャワ大学数学を専攻する傍ら、ワルシャワ高等音楽院ピアノ作曲を学んだ[1]。作曲の指導に当たったのはジグムント・ノスコフスキである[1]。その後ウィーンに赴き、テオドール・レシェティツキに師事した[1]

作品[編集]

メルツェルの作品には2つのピアノ協奏曲(第1番ホ短調 1892年-1894年、第2番ハ短調 1898年)、ヴァイオリンソナタ(1898年[2]とピアノ三重奏曲ト短調(1892年-1894年と思われる)、悲劇「Protesilas i Laodamia」(1902年 脚本S. Wyspiański)、そして交響曲ハ短調がある。

脚注[編集]

出典

参考文献[編集]

外部リンク[編集]

先代:
ジグムント・ノスコフスキ
ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
音楽監督

1908年1909年
次代:
グジェゴシュ・フィテルベルク