フローニンゲン州
| フローニンゲン州 | |
|---|---|
| Provincie Groningen | |
|
| |
| 国 |
|
| 州都 | フローニンゲン |
| 最大の都市 | フローニンゲン |
| 州知事 | レネ・パース(キリスト教民主アピール) |
| 言語 | オランダ語 |
| 面積 - 総面積 - 水域 |
オランダ12州中 第7位 2,967.90 km² 627.62 km² (21.1%) |
| 人口(2020年) - 総計 - 人口密度 |
オランダ12州中 第9位 586,309人 198人/km² |
| ISO 3166-2:NL | NL-GR |
| 公式サイト | フローニンゲン州政府 |
フローニンゲン州(フローニンゲンしゅう、オランダ語: Groningen [ˈɣroːnɪŋə(n)] (
音声ファイル), フローニン語: Grönnen)は、オランダ北東部の州。州都はフローニンゲン。北は北海に面し、西はフリースラント州、南はドレンテ州。東はドイツのニーダーザクセン州と境界を接する。
州名
[編集]標準的なオランダ語発音をカタカナ表記化すると「フローニンゲン」(実際は"ng"が一つの子音として発音されるため「フローニゲン」と聞こえる)であり、日本語の表記としても「フローニンゲン」が広く定着している。しかし、"g"と"ng"の違いを区別せずに「フローニンヘン」、または、"g"の発音を英語読みにして「グローニンゲン」と表記されることも割と多い。その他に以下のような表記もある。
- フロニンゲン
- フローニゲン
- フロニンヘン
- フローニヘン
- グロニンゲン
- グロニゲン
歴史
[編集]

フローニンゲンはもともとフリースラントの一部であったが、785年頃にフランク王国の一部となった。カール大帝は、この新たに獲得した領土のキリスト教化をルドガーに任せた。
11世紀には、フローニンゲン市はドレンテ州に属する一つの村であり、ユトレヒト司教領に属していた。一方で、現在の州域の大部分はミュンスター侯司教領に属していた。
中世を通じて中央の統治は及びにくく、フローニンゲン市は都市国家のように振る舞い、周辺のオメランデン(Ommelanden、郊外)地域に対して支配的な影響力を行使していた。14世紀には、フローニンゲンはハンザ同盟の都市の一つとなった[1]。その後、フローニンゲン市の影響力は拡大し、最盛期には現在のフリースラント州のほぼ全域がフローニンゲンの影響下、あるいは支配下に置かれることとなった。
1498年直前、神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世は、フローニンゲンとフリースラントをザクセン公アルブレヒト3世に与えたが、彼は恒久的な支配を確立することはできなかった。1514年から1515年まではフローニンゲンはゲルデルン公国の支配下に入り、1536年にはハプスブルク領ネーデルラントの一部として「フローニンゲン領」となった。
1594年、フローニンゲンはスペインからネーデルラント連邦共和国(後のオランダ国の前身)によって奪取され、以後その領土の一部となった。
第二次世界大戦中、オランダはナチス・ドイツに占領された。1945年4月、カナダ第2師団がフローニンゲンの戦いで戦闘を行い、これにより同市は解放された。この戦闘では、ドイツ兵130名が戦死し、5,212名が捕虜となり、約2,000名が撤退した。1945年5月には、カナダ第5師団がデルフゼイルの戦いでさらに3,000名のドイツ兵を捕虜とし、これにより北部州全体が解放された[2]。
フローニンゲン東部は、19世紀から20世紀にかけて特に激しい階級闘争の舞台となった。おそらく偶然ではないが、フローニンゲン州には、オランダ共産党が唯一、市長を輩出した自治体(ベールタ)があり、その市長はハンネケ・ヤーヘルスマであった[3]。
地理
[編集]天然ガスの産地として有名。1964年に生産開始したフローニンゲン・ガス田がある。これも含め、フローニンゲン州のガス田からオランダ国内の天然ガス産出量の3分の2が採取されている[4]。
基礎自治体
[編集]- エームスデルタ (Eemsdelta)
- フローニンゲン (Groningen)
- ヘト・ホーゲラント (Het Hogeland)
- ミッデン=フローニンゲン (Midden-Groningen)
- オルダンボ (Oldambt)
- ペーケラ (Pekela)
- スタッズカナール (Stadskanaal)
- フェーンダム (Veendam)
- ウェステルクワルティール (Westerkwartier)
- ウェスターウォルデ (Westerwolde)
スポーツ
[編集]サッカー
[編集]フローニンゲン州に本拠地を置くプロ・サッカークラブ。1部リーグ(エールディヴィジ)と2部リーグ(エールステ・ディヴィジ)の双方を含む。
その他
[編集]- ピーテルブーレンアザラシセンター - 野生アザラシの保護、治療・リハビリ、研究を目的とした施設。主に負傷したり迷子となっていた個体を対象としている。YouTubeにて24時間ライブ配信を行っており、2024年にX(旧・Twitter)で日本のユーザーが紹介し、アクセスが急増した。アザラシたちの愛くるしい様子が話題になった[5][6]。
脚注
[編集]出典
[編集]- ↑ Hanseatic city Archived 11 August 2014 at the Wayback Machine., Toerisms Groningen. Retrieved on 27 January 2014.
- ↑ Groningen, Canadiansoldiers.com. Retrieved on 8 April 2014.
- ↑ "Hanneke Jagersma burgemeeste Beerta", Nieuwsblad van het Noorden, 1982. Retrieved on 8 April 2014.
- ↑ “オランダ北部のガス採取で地震急増、「経済優先」の政策に怒る住民”. AFPBB News. フランス通信社. 2013年4月3日. 2013年4月4日閲覧.
- ↑ “「アザラシ幼稚園」が大バズり 広がるライブカメラの影響力と可能性”. Real Soundテック. Real Sound (2024年8月17日). 2024年10月11日閲覧。
- ↑ ““アザラシ幼稚園”オランダの保護施設が日本で話題 現地を取材”. 日テレNEWSNNN. 日本テレビ (2024年9月16日). 2024年10月11日閲覧。