フランチェスコ3世・ゴンザーガ

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フランチェスコ3世・ゴンザーガ
Francesco III Gonzaga
マントヴァ公
モンフェッラート侯
在位 1540年7月5日 - 1550年2月21日
別号 モンフェッラート侯

出生 (1533-03-10) 1533年3月10日
死去 (1550-02-21) 1550年2月21日(16歳没)
配偶者 カタリーナ・フォン・エスターライヒ
家名 ゴンザーガ家
父親 フェデリーコ2世
母親 マルゲリータ・パレオロギ
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フランチェスコ3世・ゴンザーガ(Francesco III Gonzaga, 1533年3月10日 - 1550年2月21日) は、フェデリーコ2世マルゲリータ・パレオロギ(東ローマ帝国最後の王朝であるパレオロゴス家末裔)との息子で、1540年から亡くなるまでイタリア屈指の名門ゴンザーガ家の当主としてマントヴァ公モンフェッラート侯であった。

生涯[編集]

フランチェスコ3世は、父が死んだ時はわずか7歳にもかかわらず、1540年7月5日マントヴァ公となった。成人するまでは母親のマルゲリータと後見人の叔父エルコレとフェッランテが国を治めた。皇帝カール5世は1543年6月28日に、叙任を許可した。この機会に皇帝の従兄弟で、フェルディナントの娘カテリーナと婚約した。結婚式は1549年10月22日フランチェスコが16歳になった後に行われた。しかし若い二人の結婚生活は短期間となった。配偶者がマントヴァに到着した数ヶ月後、公は湖の冷たい水に落ち肺炎をわずらった。療養中若い公は再発に耐えた(おそらく謝肉祭の準備があったため)が亡くなった。カテリーナはオーストリアに戻り、公国は弟のグリエルモが継ぐこととなった。

関連項目[編集]

先代
フェデリーコ2世
マントヴァ公
1540年1550年
次代
グリエルモ
先代
フェデリーコ
モンフェッラート侯
1540年 – 1550年
次代
グリエルモ10世