バーゼル・フェア

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2005年に開催されたバーゼル・フェアのエントランス。大時計がシンボルとなっている

バーゼル・フェア (BASELWORLD、バーゼルワールド) は、スイスバーゼルにて毎年3月、4月頃に1週間かけて行われる世界最大の宝飾時計見本市。現在のような形式になったのは1972年である。

概要[編集]

商談メインではあるが、一般客も60スイス・フランのパスを購入すれば見学できる。2007年以後は関係者・一般者を合わせて10万人以上が来場している。

会場であるバーゼル・メッセ内部の飲食設備はお世辞にも立派とは言えず、ホットドッグエスカレーター横のベンチで食べる人々の姿が風物詩となっていた(飲食設備は年々改善が図られてはいる)。

会場の1階が高級ブランド、2階は普及ブランドという風に別れてはいるものの、会場中にホットドッグの匂いが充満しているという状況にカルティエを中心とする高級時計メーカーグループ(現在のリシュモングループ)が「ソーセージを食べながら高級品の商談が出来るか」と、1991年にバーゼル・フェアから独立、ジュネーヴで国際高級時計サロン(SIHH、通称ジュネーブ・サロンフランス語版)を開催するという状態に至る[1]

出展参加費用は2階にショーケース2つ設置で100万円程度、1階のメイン会場となれば数億円はかかるとみられる。なお、SIHHでショーケース2つ分ブースを借りると2000万円程度である。

1990年代の時計業界再編の波で、結構な数の有名高級ブランドがジュネーブ・サロンへ移動し苦戦していると当時日本の時計ジャーナリズムでは伝えられたが、入場者数に目立った減少はなく、むしろ2007年に入場者10万人を突破してからは、入場者記録を更新し続けている。

その原因としては、元来バーゼルを重視してこなかったSMH(現スウォッチ)グループがフェアに新製品発表の場所を移したこと[2]、ジュネーブサロンでの非リシュモングループの会社(中小高級時計ブランド)へのお世辞にも良いとはいえなかった待遇[3]、21世紀に入ってからの世界的な機械式時計市場の活況によるお祭りムードの盛り上がりなどが挙げられる(ただし、アラン・シルベスタインのように商業主義化を嫌って離脱したメーカーも一部にはある)。

ただし、時計価格全体の高騰、有力な顧客だった中国マーケットの停滞[4]などの事情からジュネーブ・サロンも近年は態度を軟化させており、ウルベルク英語版リシャール・ミルなどの新規高級時計メーカー・独立時計師の参加を認めたばかりか、2017年には最終日のみながら一般客の有料での入場(70スイス・フラン)を認めるに至った[5]。ソーウィンドグループは2013年度からバーゼルへと発表の場を移したものの、2017年にジラール・ペルゴがジュネーブに復帰している。ケリンググループからもユリス・ナルダンが同年ジュネーブへ復帰した。

2012年から2013年にかけて会場であるバーゼル・メッセの改装が行われ、ブースが拡張された。2013年の入場者は12万2000人に達した[6]

脚注[編集]

  1. ^ ソーセージ云々は比喩としても、巨大イベント化したため、会場全体に高級な雰囲気や落ち着きを欠くという点は確かである。なおSIHHは代理店や顧客、取扱店などプロとメディアのみが入場可となっており、会場内の内装なども高級感を醸し出している。さらに、当初はジュネーブとほぼ同時に開催していたが、現在は1月に開催している
  2. ^ それまでは参加はしていたものの新製品発表は秋に自社のオフィスで行っていた(スウォッチ単独で新作を発表したのは2013年から)。現在でもフェアの前後ないし期間中に別会場で新作発表を行うブランドもある
  3. ^ リシュモングループ以外の参加は、長らくソーウインドグループ(ジラール・ペルゴ、2013年ケリングに買収など)とオーデマ・ピゲパルミジャーニ・フルリエ に留まっており、新規参入は2009年にリシュモンとの合弁で時計事業に乗り出したラルフローレンくらいで、参入障壁は高かった
  4. ^ ジュネーブサロン(SIHH)2017、洗練の伝統美朝日新聞、2017年1月30日、同年3月6日閲覧
  5. ^ SIHH(ジュネーブサロン)がついに一般公開へ踏み切った!
  6. ^ 『BASEL WORLD 2013 最速レポート!』、WATCH NAVI 2013 Summer P.15

関連項目[編集]

外部リンク[編集]