デイヴ・ロンバード

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デイヴ・ロンバード
Dave Lombardo
Dave Lombardo 2009-06-23 8204.jpg
(2009年)
基本情報
出生名 David Lombardo
出生 1965年2月16日(50歳)
キューバの旗 キューバ ハバナ
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州
ジャンル スラッシュメタル
職業 ドラマー
担当楽器 ドラムス
活動期間 1979年 - 現在
共同作業者 スレイヤー, テスタメント, アポカリプティカ, ファントマス, グリップ・ インク

デイヴ・ロンバード(Dave Lombardo 1965年2月16日 - )はキューバアメリカ人ミュージシャンスラッシュメタルバンドスレイヤードラマーとして知られる。

ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のドラマー」において12位。

概要[編集]

生い立ち[編集]

キューバハバナで生まれ、2歳のときにアメリカカリフォルニア州に移住する。8歳のとき、学校の発表会でサンタナのレコードにあわせてボンゴを叩いたことがきっかけとなり、学校のバンドでマーチングドラムを担当する。しかし一年ほどで「自分にあっていない」と思い辞めてしまった。10歳のときには、父に350ドルのパールドラムセットを買ってもらう。同じ頃、キッスの「アライヴ」を入手し、曲にあわせてドラムを練習するようになった[1]

1979年には自分のバンドを結成し地元でプレイするようになった。1981年にはピザの配達業で得た給料と父から借りた金で1100ドルのTAMA製ドラムを購入。そんな中、自宅の5区先にケリー・キングという名のギタリストが住んでいることを知り、彼に会いセッションを頼んだ。ケリーはこれを承諾し、その夜は自身のギターコレクションを見せたという。この出会いがスレイヤー結成のきっかけとなった。

音楽活動[編集]

スレイヤーでは結成時よりドラムスを担当していたが、家庭の優先を理由に1986年に一時脱退する。この時はすぐに復帰したが、1992年の二度目の脱退後はスレイヤーとは完全に袂を分かち、翌年には自らのバンドグリップ・インクを結成した。同バンドでは2004年までに4枚のアルバムを発表している。

また、1998年からは元フェイス・ノー・モアのマイク・パットンやメルヴィンズのバズ・オズボーンらとのプロジェクトのファントマスに参加。2005年までに4枚のスタジオアルバムと1枚のライヴアルバムをリリースし、現在も活動中である。他にテスタメントアポカリプティカにも一時的に参加している。

古巣スレイヤーには2001年には脱退したポール・ボスタフの代役としてツアーに参加した後に、2006年に正式メンバーとして復帰した。

2012年5月、ポスト・ハードコアバンド、PHILMの一員としてデビュー・アルバム『ハーモニック』を発表[2]。同作ではプロデュースも務めた。

2013年2月20日、スレイヤーから3度目の脱退。同年春、グリップ・インクの再始動に向けた準備中であることが発表された[3]

2014年6月、エイメンに加入したことが明らかになった[4]。9月にはフィルムのセカンド・アルバム『Fire From the Evening Sun』がリリース。

使用機材[編集]

長年に渡りTAMAのドラムセットを愛用してきたが、2010年にDdrumに乗り換えた[5]。しかし、翌2011年の夏頃からはラディック社のセットを使用するようになった[6]

シンバルパイステ社、ドラムスティックはプロマークから出ているシグネチャーモデルを使用している。

脚注[編集]