ジェフ・ハンネマン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
ジェフ・ハンネマン
Jeff Hanneman
Jeff Hanneman Slayer.jpg
イングランド・ネブワース公演(2010年8月)
基本情報
出生名 Jeffrey John Hanneman
生誕 1964年1月31日
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州 オークランド
死没 (2013-05-02) 2013年5月2日(49歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州ロサンゼルス
ジャンル スラッシュメタル
職業 ミュージシャン
ソングライター
担当楽器 ギター
活動期間 1981年 - 2011年
レーベル アメリカン・レコーディングズ
メタル・ブレイド・レコーズ
共同作業者 スレイヤー
著名使用楽器
ESP Signature Models

ジェフ・ハンネマンJeffry John "Jeff" Hanneman1964年1月31日 - 2013年5月2日 )は、アメリカミュージシャンスラッシュメタルバンド・スレイヤーギタリストとして知られる。

来歴[編集]

カリフォルニアオークランド出身。父は第二次大戦中にノルマンディー上陸作戦に参加し、兄はベトナム戦争に従軍。退役軍人の多い家庭であったことから、戦争が家族間の共通の話題であった。ハンネマン自身もテレビで戦争映画を見たり、戦車戦闘機のプラモデルを兄弟と一緒に作ったりして育つ。このことは後の彼の創作活動に影響を及ぼしている。特に象徴的なのが、ナチス医師であるヨーゼフ・メンゲレによって強制収容所で行われた人体実験について書かれたエンジェル・オブ・デスである。この曲はスレイヤーの代表曲となると同時に、その歌詞の過激さが物議を醸した。

1981年ケリー・キングと出会ったことがきっかけとなりスレイヤーを結成。多くの曲で作曲を務め、「エンジェル・オブ・デス」の他、「レイン・イン・ブラッド」、「ウォー・アンサンブル」、「シーズンズ・イン・ジ・アビス」も彼の手によるものである。リフは自宅でオーバーダビングドラムマシンを用いて作っており、必要に応じて他のメンバーの意見を参考にしている。

2011年に右腕を毒蜘蛛に噛まれたことで壊死性筋膜炎を発症し、療養のため一時的にバンド活動から離脱し[1]、代役としてエクソダスのギタリストであるゲイリー・ホルトが参加した。

2013年5月2日、肝不全により死去[1]。49歳没。

人物[編集]

  • 1997年、1980年代の初めにも会ったことのある女性「キャサリン(Kathryn)」と結婚。子供はおらず、共にロサンゼルスで生活している。妻はバンドのツアー中はずっと家にいるが、二度参加したことがある。
  • ライブでは、黒のレガースを装着し、オークランド・レイダーズのジャージを着て演奏することが多い。
  • DVD作品の「スティル・レイニング」では、最後を飾る「レイン・イン・ブラッド」演奏時に立ち位置を間違え、メンバー中ただ一人血の雨をかぶることができなかった。

使用機材[編集]

ESP『Hanneman』カラーリングモデルのギター

初期はギブソン・レスポールB.C.Rich等を使用していた。その後Jacksonの「Soloist」を経て、ESPとエンドースメント契約を結び、アーティストモデルとして発売されたジェフ・ハンネマンモデル(写真参照。但しこのハイネケンのラベルを模した「Hanneman」カラーリングのギターは本人のみの特別仕様で、市販されていない)を愛用していた。Jackson以来、EMG社製ピックアップとケーラー社製のビブラート・ユニットが標準となる(これはケリー・キングのギターと同じ仕様となっている)。

ギターアンプは終始一貫してMarshallを使用していた。

ケリー・キングが軽いピッキングでありながらヘヴィな音色を刻むのと対照的に、強いピッキングで演奏するのが持ち味であり、ギターソロの際に弦を切ることがしばしばあった。

脚注[編集]