ニチョ

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はカスティリアノス第二姓(母方の)はトーレスです。
ニチョ
ニチョの画像
プロフィール
リングネーム ニチョ
シコシス
ニチョ・エル・ミジョナロ
エル・サルバヘ
サイコシス
本名 ディオニシオ・カスティリアノス・トーレス
ニックネーム 異常愛国者
身長 178cm
体重 96kg
誕生日 (1971-05-19) 1971年5月19日(45歳)
出身地 メキシコの旗 メキシコ
バハ・カリフォルニア州の旗 バハ・カリフォルニア州
ティファナ
デビュー 1989年
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ニチョNicho)のリングネームで知られるディオニシオ・カスティリアノスDionicio Castellanos Torres1971年5月19日 - )は、メキシコプロレスラーバハ・カリフォルニア州ティファナ出身[1]

初代シコシスPsicosis)として活躍。シコシスとは日本語で『精神の狂った男』の意味を持つ。

来歴[編集]

1989年エル・サルバヘEl Salvaje)のリングネームでプロレスデビュー。レイ・ミステリオ・シニアおよび兄のファビアの元でトレーニングを積んだ後のデビューである。主にインディー団体を転戦した。

1992年AAA覆面レスラーとして登場。メキシコの団体ではレイ・ミステリオとの抗争を繰り広げていた。1994年には初来日を果たし、新日本プロレスに参戦している。

1995年ECWにレイ・ミステリオと共に参戦。

1996年WCWに入団。シコシスPsicosis)のリングネームで活動を開始。同年、ミステリオと共にWARに参戦。

1998年LWoの一員として活動。

1999年8月、メキシコでレイ・ミステリオ・シニアと対戦して敗れ、素顔を晒した。9月にはアメリカでサンドマンと対戦して敗れ、アメリカでも素顔を晒した。以降素顔で活動。

2000年、WCWから解雇となる。2001年全日本プロレスに参戦後、ECWに復帰。ECW消滅後は、AAAを主戦場とした。2代目シコシスがいたため、ニチョ・エル・ミジョナロNicho el Millonario)のリングネームで活動。

2004年TNAに参戦し、2005年よりWWEと契約を交わし入団。SmackDown!にてメキシクールズの一員となったが2006年11月1日に解雇された。WWE解雇後、CMLLに登場もすぐに退団。

2007年2月5日にAAAに登場。出場停止中だったラ・パルカのマスクを被って乱入、大親友コナンの仇を取るためシベルネティコに宣戦布告をした。

2012年5月、AAAにてリングネームの権利を獲得してシコシスへと戻す。2014年にはインディー団体に出場する際にはニチョNicho)のリングネームを使用している。

得意技[編集]

  • トペ・スイシーダ
  • サイコギロチン
ダイビングギロチンドロップ

獲得タイトル[編集]

WCW
新日本プロレス
WWA
  • WWAクルーザー級王座 : 1回
  • WWAウェルター級王座 : 3回
  • WWAミドル級王座 : 1回
  • WWA世界ジュニアライト級王座
  • WWAトリオ王座 : 1回(w / フエルサ・ゲレーラ&フベントゥ・ゲレーラ)
その他
  • メキシコナショナルトリオ王座 : 2回
  • メキシコナショナルウェルター級王座
  • AAA世界タッグチーム王座
  • AAA・IWCタッグチーム王座
  • アメリカスタッグチーム王座
  • IWASタッグチーム王座
  • LAWAウェルター級王座
  • WWA・WWASウェルター級王座
  • APWクルーザー級王座
  • WPWクルーザー級王座

脚注[編集]

  1. ^ Psicosis”. Online World of Wrestling. 2015年11月1日閲覧。

外部リンク[編集]