セラノーバ
マイヨール広場 | |
州 | ガリシア州 |
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県 | オウレンセ県 |
コマルカ | テーラ・デ・セラノーバ |
司法管轄区 | セラノーバ |
面積 | 67.3 km² [1] |
教区数 | 19 |
標高 | 530m |
人口 | 5,638 人 (2013年)[1] |
人口密度 | 83.77 人/km² |
住民呼称 | celanovés/-esa |
自治体首長 (2011年) |
Antonio Mourillo Villar (PSdeG-PSOE) |
北緯42度9分3秒 西経7度57分24秒 / 北緯42.15083度 西経7.95667度座標: 北緯42度9分3秒 西経7度57分24秒 / 北緯42.15083度 西経7.95667度
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セラノーバ(Celanova)は、スペイン・ガリシア州オウレンセ県のムニシピオ(基礎自治体)。コマルカ・ダ・テーラ・デ・セラノーバに属する。ガリシア統計局によると2013年の人口は5,638人(2010年:5,949人、2009年:6,020人、2008年:6,075人、2007年:6,104人、2003年:6,071人) [1]。住民呼称は、celanovés/-esa。
ガリシア語話者の自治体人口に占める割合は96.12%(2001年)。
地理
[編集]セラノーバはオウレンセ県の西部に位置し、コマルカ・ダ・テーラ・デ・セラノーバに属する。北はカルテージェとア・メルカと、東はア・ボーラと、南はベレーアと、西はラミラスとキンテーラ・デ・レイラードの各自治体と境界をなす。自治体中心地区はセラノーバ教区のセラノーバ地区[2]。
セラノーバは県都オウレンセとは、そのまま南へ行くとポルトガルのリンドーソに行きつく国道120号線(N-120)でつながっている。 自治体内にはアルノイア川とその多くの支流、オリージェ川、トゥーニョ川が流れている。 西部(トゥーニョ川地域)は高台になっており、東部の低地(アルノイア川、オリージェ川地域)に人口は集中している。 降水量は多くなく、また気温差は激しい。
セラノーバはセラノーバ司法管轄区に属し、同管轄区の中心自治体である[3]。
人口
[編集]セラノーバの人口推移 1900-2010 |
出典:INE(スペイン国立統計局)1900年 - 1991年[4]、1996年 - [5] |
歴史
[編集]936年ロセンド・デ・セラノーバによって、のちにさまざまな特権を与えられることになるサン・サルバドール・デ・セラノーバ修道院(Mosteiro de San Salvador de Celanova)が設立された。11世紀にはその力は最大となり、その支配はアルタ・リミア、モンテレイ、オ・リベイロにまで及んだ。
イルマンディーニョの反乱によって、ミルマンダ城とビラノバ・ドス・インファンテス城は破壊された。15世紀になると、修道院は貴族の搾取によって衰退していったが、カトリック両王によってそれらは取り返された。1506年以降はバリャドリッドのベネディクト会のサン・ベニート・エル・レアル修道院との結びつきを深め、その独立性を失っていった。
セラノーバはスペインとポルトガルとの国境地域にあるため、両国の間で何度も争奪の的となった。19世紀自由な三年期に修道院は修道会の支配から離れ、1837年最終的に永代所有財産解放令によって没収された。
1927年ビラノバ・ドス・インファンテス地区を、1967年アセベード・ド・リオ地区を編入。
政治
[編集]自治体首長はガリシア国民党(PPdeG)のアントーニオ・モウリージョ・ビジャール(Antonio Mourillo Villar)[6]、自治体評議員は、ガリシア国民党:7、ガリシア民族主義ブロック(BNG):3、ガリシア社会党(PSdeG-PSOE):3となっている(2011年5月22日の自治体選挙結果、得票順)[7]。
首長当選者:アントーニオ・モウリージョ・ビジャール(PPdeG) |
首長当選者:アントーニオ・モウリージョ・ビジャール(PPdeG) |
首長当選者:アントーニオ・モウリージョ・ビジャール(PPdeG) |
首長当選者:アントーニオ・モウリージョ・ビジャール(PPdeG) |
教区
[編集]セラノーバは19の教区に分けられる。太字は自治体中心地区のある教区[2]。
- アセベード・ド・リオ(サン・シュルショ)
- アルカサル・デ・ミルマンダ(サンタ・マリーア)
- アモローセ(サンティアーゴ)
- アンセミル(サンタ・マリーア)
- バルシャ(サン・トメ)
- ボバデーラ(サンタ・マリーア)
- カニョン(サン・ロウレンソ)
- カストロマオ(サンタ・マリーア)
- セラノーバ(サン・ロセンド)
- フェチャス(サンタ・マリーア)
- フレイショ(サンタ・クリスティーナ)
- ミルマンダ(サンタ・エウフェミア)
- モウリジョス(サン・ペドロ)
- オルガ(サン・ミゲル)
- ラバル(サン・サルバドール)
- ア・ベイガ(サン・パイオ)
- ビラノーバ・ドス・インファンテス(サン・サルバドール)
- ビベイロ(サン・ショアン)
出身著名人
[編集]- マヌエル・クーロス・エンリケス(1851-1908): レシュルディメント(ガリシア語復興運動)期を代表する詩人。
- セルソ・エミリオ・フェレイロ(1912-1979): 詩人。
脚注
[編集]- ^ a b c “IGE(ガリシア統計局)” (ガリシア語). ガリシア自治州政府. 2014年7月3日閲覧。
- ^ a b Dicionario Xeográfico Ilustrado de Galicia vol.7、p.241-242、Xeogal Publicacións、2009、ISBN 978-84-613-5817-5
- ^ “Celanova, partido judicial nº9 de Ourense” (スペイン語). Consejo General de los Procuradores de España. 2011年7月1日閲覧。
- ^ Poblaciones de hecho desde 1900 hasta 1991. Cifras oficiales de los Censos respectivos.
- ^ Cifras oficiales de población resultantes de la revisión del Padrón municipal a 1 de enero.
- ^ “Alcaldes de los municipios de Galicia” (スペイン語). Ministerio de Política Territorial y Administración Pública de España, Secretaría de Estado de Cooperación Territorial, Dirección General de Cooperación Local. 2011年8月5日閲覧。
- ^ a b “スペイン内務省 2011年地方選挙結果” (スペイン語). スペイン政府 内務省. 2011年7月1日閲覧。
- ^ a b c “スペイン内務省 地方選挙結果(過去)” (スペイン語). スペイン政府 内務省. 2011年7月1日閲覧。
- ^ TEGAはTerra Galega(ガリシアの大地)、中道民族主義政党。
カルテージェ | ア・メルカ | ア・メルカ | ||
ラミラス | ア・ボーラ | |||
セラノーバ | ||||
キンテーラ・デ・レイラード、ベレーア | ベレーア | ベレーア、ア・ボーラ |