ジョージ・ハワード・ダーウィン

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ジョージ・ハワード・ダーウィン
ジョージ・ダーウィン
人物情報
生誕 1845年7月9日
イギリスの旗 イギリス イングランドケント州ダウン
死没 1912年12月7日(67歳)
イギリスの旗 イギリス イングランド・ケンブリッジ
国籍 イギリスの旗 イギリス
出身校 ケンブリッジ大学
学問
研究分野 天文学数学
研究機関 ケンブリッジ大学
博士課程
指導教員
エドワード・ラウス
主な業績 潮汐摩擦に基づく地球の潮汐進化論を展開
主な受賞歴 王立天文学会ゴールドメダル(1892年)
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ジョージ・ハワード・ダーウィン(Sir George Howard Darwin, F.R.S.、1845年7月9日1912年12月7日)はイギリス天文学者数学者である。チャールズ・ダーウィンの2番目の息子である。

生涯[編集]

ケンブリッジ大学チャールズ・プリチャードのもとで学んだあと、トリニティカレッジに移りエドワード・ラウスの指導を受けた。1868年に数学で優れた成績をおさめて卒業した。その後大学の研究員の地位を得た。1872年に弁護士資格を得たが、天文学の分野に戻った。1883年にケンブリッジ大学のトーマス・プルームを記念して設けられた天文学と数学的哲学を担当するプルミアン教授職の職についた。これはケンブリッジ大学における天文学の最も重要な二つの教授職のひとつである。

彼は太陽地球潮汐力の研究を行った。1892年に王立天文学会ゴールドメダルを受賞し、後に王立天文学会の会長に就任している。月の起源に関して、分裂説をとなえた。潮汐摩擦に基づく地球と月の潮汐進化論を展開したことでも知られている[1]

1964年ケンブリッジ大学に彼の名を冠したカレッジ(ダーウィン・カレッジ)が新設された。これはケンブリッジの物理学部長を務めていた時代の邸宅がカレッジの校舎となったためである。

家族[編集]

フィラデルフィア出身のマルタ(モード)・デュ・ピュイと結婚し、2人の息子と2人の娘に恵まれた。

  • グウェン・ラヴェラ(Gwen Raverat、1885-1957) - 芸術家で『思い出のケンブリッジ:ダーウィン家の子どもたち』の著者。
  • チャールズ・ゴールトン・ダーウィン(Charles Galton Darwin、1887-1962) - 物理学者、イギリス物理学研究所の所長を務めた。
  • マーガレット・エリザベス・ダーウィン(Margaret Elizabeth Darwin、1890-1974) - ジョン・メイナード・ケインズの弟、サー・ジョフリー・ケインズに嫁いだ。
  • ウィリアム・ロバート・ダーウィン(William Robert Darwin、1894-?)

著作[編集]

脚注・出典[編集]

  1. ^ ヨアヒム・ヘルマンドイツ語版 著、小平桂一 監修 『カラー天文百科』 平凡社1976年3月25日初版第1刷発行、312頁