ジョン・スペンサー=チャーチル (第11代マールバラ公)

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第11代マールバラ公爵
ジョン・スペンサー=チャーチル
John Spencer-Churchill, 11th Duke of Marlborough
Your Grace(呼びかけ)
His Grace(呼びかけ以外)
11th Duke of Marlborough Allan Warren.jpg
マールバラ公
在位 1972年 - 2014年
配偶者 スーザン
アシナ
ロジータ英語版
リリー
子女 一覧参照
全名
称号 第11代マールバラ公爵、第11代ブランドフォード侯爵、第13代サンダーランド伯爵、第11代マールバラ伯爵、ウォームレイトンの第15代スペンサー男爵、サンドリッジの第11代チャーチル男爵
職務 貴族院議員(1972年3月10日-1999年11月11日)[1]
家名 スペンサー=チャーチル家
父親 10代マールバラ公ジョン
母親 アレキサンドラ・カドガン
出生 1926年4月13日
死亡 (2014-10-16) 2014年10月16日(88歳没)
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第11代マールバラ公爵、ジョン・ジョージ・ヴァンダービルト・ヘンリー・スペンサー=チャーチル: John George Vanderbilt Henry Spencer-Churchill, 11th Duke of Marlborough, DL, JP1926年4月13日 - 2014年10月16日)は、イギリス貴族政治家

父が爵位を継承する1934年まではサンダーランド伯爵、1934年から自身が爵位を継承する1972年まではブランドフォード侯爵の儀礼称号を使用した[2]


経歴[編集]

居城ブレナム宮殿をバックに立つ第11代マールバラ公爵ジョン・スペンサー=チャーチル。

1926年4月13日、ブランドフォード侯爵ジョン・スペンサー=チャーチル中佐(後の第10代マールバラ公爵)とその妻アレキサンドラ・メアリー・ヒルダ閣下(チェルシー子爵ヘンリー・カドガン英語版の娘)の長男として誕生した[2]。マールバラ公爵家の直系の孫として生誕時よりサンダーランド伯爵儀礼称号を有しており、1934年に父がマールバラ公爵位を継承するとその嫡男の儀礼称号ブランドフォード侯爵を得た[2]

イートン校を卒業[2]1972年3月に第11代マールバラ公爵位を継承する。貴族院議員に列し、貴族院改革があった1999年11月11日まで在職した[1][注釈 1]

2004年、『サンデー・タイムズ』による富豪リスト英語版で推定財産18億5千万ポンド224位にランクインした。

ケネス・ブラナー監督、脚本、主演の『ハムレット』にブレナム宮殿での撮影を許可し、本人も小さな役でカメオ出演している[4]

2014年10月16日、ブレナム宮殿で死去した[5]。享年満88歳。 逝去直前にTBS系列の教養系クイズ番組日立 世界ふしぎ発見!』の取材を受けており、逝去後となる2014年11月22日放送の英国貴族特集回において、野々すみ花と対談する様子が放送された。野々は取材時の印象について「とても気さくで威圧感など全くない」「正真正銘の紳士でした」と語っている[6]

栄典[編集]

爵位[編集]

1972年3月10日の父ジョン・スペンサー=チャーチルの死により以下の爵位を継承した[2][7]

  • 第11代マールバラ公爵 (11th Duke of Marlborough)
    (1702年12月14日勅許状によるイングランド貴族爵位)
  • 第11代ブランドフォード侯爵 (11th Marquess of Blandford)
    (1702年12月14日の勅許状によるイングランド貴族爵位)
  • 第13代サンダーランド伯爵 (13th Earl of Sunderland)
    (1643年6月8日の勅許状によるイングランド貴族爵位)
  • 第11代マールバラ伯爵 (11th Earl of Marlborough)
    (1689年4月9日の勅許状によるイングランド貴族爵位)
  • ウォリック州におけるウォームレイトンの第15代スペンサー男爵 (15th Baron Spencer, of Wormleighton in the County of Warwick)
    (1603年7月21日の勅許状によるイングランド貴族爵位)
  • ハートフォード州におけるサンドリッジの第11代チャーチル男爵 (11th Baron Churchill, of Sandridge in the County of Hertford)
    (1685年5月14日の勅許状によるイングランド貴族爵位)

名誉職[編集]


妻子[編集]

1. 1951年10月19日、マイケル・チャールズ・セント・ジョン・ホーンビーとニコレット・ジョアン・ワードの娘であるスーザン・メアリー・ホーンビーと結婚[8]。1961年離婚。3名の子がいる。

2. 1961年、スタヴロス・G・リヴァノスの娘でアリストテレス・オナシスの元妻アシナ・オナシス(旧姓リヴァノス)と再婚。1971年離婚。子はいない。

3. 1972年5月20日、スウェーデンの貴族で大使のカール・ダグラス伯爵の娘ロジータ英語版と再婚したが、2008年5月15日離婚[10]。3名の子がいる。

  • ロード・リチャード・スペンサー=チャーチル卿(1973年生死)
  • エドワード・アルバート・チャールズ・スペンサー=チャーチル卿(1974年生)
  • レディ・アレキサンドラ・エリザベス・スペンサー=チャーチル(1977年生)

4. 2008年12月3日、ブレナムのプライベート・チャペル[11]インドの裕福な海外駐在実業家であるRatan Mahtaniの元妻で3人の子がいるLily Mahtani(1957年イラン生まれ、旧姓Sahni)と結婚。[12]

祖先[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ トニー・ブレア政権による貴族院改革により、1999年11月11日に世襲貴族の議席は92議席を残して削除され、マールバラ公を含む大半の世襲貴族が議席を失った。以降の貴族院は爵位を世襲できない一代貴族が議員の大半を占めている[3]

出典[編集]

  1. ^ a b UK Parliament. “HANSARD 1803–2005 Mr John Spencer-Churchill” (英語). HANSARD 1803–2005. 2014年3月21日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g Lundy, Darryl. “John George Vanderbilt Henry Spencer-Churchill, 11th Duke of Marlborough” (英語). thepeerage.com. 2014年3月21日閲覧。
  3. ^ 田中(2009) p.229/241
  4. ^ IMDb. “Hamlet (1996)” (英語). IMDb. 2014年3月21日閲覧。
  5. ^ “Duke of Marlborough dies”. Blenheim Palace. http://www.blenheimpalace.com/ 
  6. ^ バックナンバー 第1338回 あなたの知らない華麗なる英国貴族の世界|TBSテレビ:日立 世界ふしぎ発見!
  7. ^ Heraldic Media Limited. “Marlborough, Duke of (E, 1702)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2016年8月10日閲覧。
  8. ^ Blandford wedding 1951”. British Pathe. 2013年2月28日閲覧。
  9. ^ http://users.uniserve.com/~canyon/godchildren.htm#Margaret
  10. ^ Daily Mail, 15 May 2008 - It's a Sunny day to get divorced
  11. ^ Richard Kay. "A Sunny day to get married" Daily Mail, 4 December 2008.
  12. ^ Elizabeth Sanderson "How a Persian beauty reunited the grumpy Duke with black sheep son he disinherited" Daily Mail 17 August 2008. According to this article, the former Lily Sahni is the Persian-born daughter of an Indian businessman associated with the Hinduja family. She married 1987 Ratan Mahtani, a Nigeria-based Indian industrialist, and divorced him more than ten years ago, after having three children with him. Until her relationship with Marlborough, she was best known for her lawsuit against Sarah, Duchess of York for repayment of a loan made in 1994. According to other reports in the Daily Mail, the new Duchess brought about a reconciliation between her future husband and his eldest son Jamie Blandford, who attended his father's fourth wedding ceremony. More details at the 11th Duke and his marriages Archived 2008年12月18日, at the Wayback Machine.

参考文献[編集]

外部リンク[編集]

イングランドの爵位
先代:
ジョン
Duke of Malborough COA.svg 第11代マールバラ公爵
1972年 - 2014年
次代:
チャールズ