シュテファン・ニムケ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
シュテファン・ニムケ
Stefan Nimke
Cycling (road) pictogram.svg
Stefan Nimke 2010.jpg
個人情報
本名 Stefan Nimke
シュテファン・ニムケ
生年月日 (1978-03-01) 1978年3月1日(39歳)
国籍 ドイツの旗 ドイツ
チーム情報
分野 トラックレース
役割 選手
特徴 短距離
主要レース勝利

Gold medal.svg オリンピック

チームスプリント 2004

Jersey rainbow.svg 世界選手権

1kmTT 2003、2009、2011-2012
チームスプリント 2010-2011
 
獲得メダル
ドイツの旗 ドイツ
トラックレース
Olympic flag.svg 夏季オリンピック
2004 アテネ TSP
2000 シドニー 1kmTT
2008 北京 TSP
2004 アテネ 1kmTT
Arc en ciel.png 世界選手権自転車競技大会
2012 メルボルン 1kmTT
2011 アペルドールン TSP
2011 アペルドールン 1kmTT
2010 コペンハーゲン TSP
2009 プルシュクヴ 1kmTT
2003 シュトゥットガルト 1kmTT
2009 プルシュクヴ TSP
2007パルマ・デ・マヨルカ TSP
2006 ボルドー スプリント
2005 ロサンゼルス TSP
1999 ベルリン TSP
1999 ベルリン 1kmTT
1998 ボルドー TSP
1997 パース 1kmTT
最終更新日
2012年4月8日

シュテファン・ニムケ(Stefan Nimke。1978年3月1日- )はドイツメクレンブルク=フォアポンメルン州のハーゲノヴ出身。自転車競技トラックレース)選手。

経歴[編集]

2004年アテネオリンピック・チームスプリントでは、イエンス・フィードラーレネ・ウォルフとともにドイツチームの第三走として決勝で日本長塚智広伏見俊昭井上昌己)を破り金メダル獲得に貢献。さらにこの大会では1kmタイムトライアルにおいて銅メダルを獲得。また、シドニーオリンピックの1kmタイムトライアルでは銀メダルを獲得している。一方、世界自転車選手権では2003年に1kmタイムトライアルで優勝の経験がある。

しかしながら、フロリアン・ルソーシェーン・ケリーアルノー・トゥルナンクリス・ホイといった選手たちの壁が厚かったこともあり、1kmタイムトライアルではシルバーコレクターの存在に甘んる結果となった。シドニー五輪の同種目では大本命と目されたトゥルナンが不調だったこともあって金獲得のチャンスと思われたが、伏兵のジェイソン・クアリーに優勝をさらわれ、上記の通り銀メダルにとどまっている。加えて、チームスプリントなどの種目でも3位というケースが多い。

以後も、ブロンズコレクターにとどまるケースが続いているが、2009年トラックレース世界選手権・1kmタイムトライアルでは、1分00秒666のタイムをマークし、同大会同種目で6年ぶりの優勝を果たした。

2010年ローベルト・フェルステマンマキシミリアン・レヴィとともに挑んだ世界選手権・チームスプリントにおいて、決勝で対戦したフランスの5連覇を阻止する優勝に貢献。

2011年と2012年の世界選手権では、1kmTT連覇を果たした。

国際競輪[編集]

国際競輪2007年に初参加。15戦5勝の成績を挙げたが、競輪競走に対して慣れていなかったせいか、いわゆる勝ち上がり戦における勝利は初戦の京王閣における2勝にとどまり、マークについた一部の競輪選手から、「大して強くない。」というありがたくない評価を受けたこともあった。

主な実績[編集]

1997年

1998年

1999年

2000年

2001年

2002年

  • ドイツの旗 ドイツ選手権
    • チームスプリント 優勝

2003年

  • 世界選手権
    • Arc en ciel.png 1kmTT 優勝
  • UCIトラックワールドカップクラシックス
    • モスクワ - 1kmTT

2004年

2005年

2006年

2007年

2008年

2009年

2010年

2011年

  • 世界選手権
    • Arc en ciel.png 1kmTT 優勝
    • Arc en ciel.png チームスプリントでは、マキシミリアン・レヴィ、レネ・エンダースとともに出場し、当初は2位だったが、フランス自転車競技連盟(FFC)が2011年11月8日、グレゴリー・ボジェに対し、18ヶ月間の期間中、2回、競技外ドーピングを行わなかったとして2012年1月6日、2010年12月23日〜2011年12月22日まで1年間の出場停止処分とする内示を提示していたが、これを受け国際自転車競技連合(UCI)は、2011年トラックレース世界選手権におけるスプリント及びチームスプリント、さらに同年のフランス選手権のスプリントにおける優勝記録を抹消することを公表した[1]ため、繰り上がって優勝となった。

2012年

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Baugé and France lose World track titles - cyclingnews.com 1月6日付記事(英語)

外部リンク[編集]