ゲルト・アルブレヒト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
ゲルト・アルブレヒト
出生名 ゲルト・アルブレヒト
生誕 (1935-07-19) 1935年7月19日
出身地 ドイツの旗 ドイツ
エッセン
死没 (2014-02-02) 2014年2月2日(78歳没)
活動期間 1957年 - 2014年

ゲルト・アルブレヒトGerd Albrecht, 1935年7月19日 - 2014年2月2日[1][2])はドイツ指揮者

略歴[編集]

チェコ・フィルハーモニーの首席指揮者としては外国人として初の就任であったが、様々な軋轢により、わずか3年で辞任することとなった。客演指揮者として時折復帰していた。

2014年2月2日ベルリン市内の自宅にて死去[1]。78歳没。

演奏とレパートリー[編集]

常々「ベートーヴェンを頻繁に演奏するようなことはあってはならない」と主張しており、近代・現代音楽、あるいは演奏機会の少ない曲を積極的に取り上げる傾向が強い(とはいえベートーヴェンは結局何度も取り上げている)。また、オペラ経験が長く、合唱を伴う曲では立体的に響かせるなど、強みを発揮する。指揮法は徹底した上げ打点を用いている。

日本とのかかわり[編集]

1982年2月、NHK交響楽団の招聘により初来日。

1997年12月に読売日本交響楽団と初共演、翌1998年4月に同団の第7代常任指揮者に就任。在任期間中は現代音楽やオペラに積極的に取り組み、「日本人若手作曲家委嘱シリーズ」を開始したほか、グルリットの歌劇「ヴォツェック」の日本初演、ヘンツェの歌劇「午後の曳航」の世界初演、ヤナーチェクの歌劇「運命」の日本初演、同団創立40周年記念公演としてワーグナーの舞台神聖祝典劇「パルジファル」(舞台上演)及び楽劇「ワルキューレ」第1幕(演奏会形式)等、新機軸の公演を次々と行い、グルリット「ヴォツェック」公演では2000年度文化庁芸術祭優秀賞を受賞した。また2000年と2003年にヨーロッパ演奏旅行を実施したほか、オクタヴィアレコードベートーヴェンブラームスの交響曲全集をセッション録音した。2007年3月に3期9年の任期を満了して読売日本交響楽団の常任指揮者を退任し、同団から桂冠指揮者の称号を授与された。その後も同団とは2008年7月、2011年2月、2012年6月に共演した。

ポスト[編集]

先代:
?
マインツ国立劇場音楽総監督
1961–1963
次代:
?
先代:
クリストフ・フォン・ドホナーニ
リューベック歌劇場音楽総監督
1963–1966
次代:
?
先代:
クリストフ・フォン・ドホナーニ
カッセル国立劇場音楽総監督
1966–1972
次代:
?
先代:
ルドルフ・ケンペ
チューリヒ・トーンハレ管弦楽団首席指揮者
1975–1980
次代:
クリストフ・エッシェンバッハ
先代:
ハンス・ツェンダー
ハンブルク州立歌劇場音楽総監督ハンブルク州立フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者
1988–1997
次代:
インゴ・メッツマッハー
先代:
尾高忠明
読売日本交響楽団常任指揮者
1998–2007
次代:
スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ

脚注[編集]

  1. ^ a b c 読響桂冠指揮者ゲルト・アルブレヒトさん死去”. 2014年2月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月3日閲覧。
  2. ^ Seite nicht gefunden | NDR.de