カナル・グランデ
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カナル・グランデ(ヴェネト語:Canal Grando、イタリア語: Canal Grande)は、イタリア・ヴェネツィアの運河。「大運河」の意で、そう訳されることもある。S字にカーブを描いており、街を二分している。世界文化遺産に登録されている「ヴェネツィアとその潟」の一部である。
概要
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ヴェネツィア本島を北西から南東へ貫き、本島とジュデッカ島の間にあるジュデッカ運河と合流する。長さは約3.8km、運河幅は30mから90m、平均水深は5m[1]。
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橋
[編集]カナル・グランデには4つの橋がかかっている。その中でも最も古いのが16世紀半ばに建設されたリアルト橋である。鉄道駅の近くのスカルツィ橋とアッカデーミア橋の2つは1930年代に相次いで建設された。そして駅前広場とローマ広場を結ぶ4つ目の橋、コスティトゥツィオーネ橋(ローマ広場歩道橋)が建築家サンティアゴ・カラトラバ(Santiago Calatrava)の設計により2008年に建設された[2]。
コスティトゥツィオーネ橋
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コスティトゥツィオーネ橋はカナル・グランデに架かる4番目の橋である。サンティアゴ・カラトラバによって設計され、政治家や一般市民の抗議の中、サンタ・ルチア駅とローマ広場を結ぶ場所に建設された。この橋は2008年9月11日の夜に開通した。2008年にイタリア憲法60周年を記念して正式名称が採用される前は、Quarto Ponte sul Canal Grande(カナル・グランデの4番目の橋)として知られていた。
この橋が批判の対象となったのは、主に、階段が多く特に車椅子利用者が利用できないこと、隣のスカルツィ橋と300mほどしか離れておらず必要性が低いこと、橋のモダニズム的ミニマリスト様式がヴェネツィアの装飾的な中世建築と相容れないこと、の3つの理由による。車椅子利用者の問題を解決するために追加の費用で両岸と橋の中央部を結ぶリフトシステムを設置したが、このリフトシステムは問題があり最終的に撤去された。また、路面がガラスのために滑りやすいという問題も指摘され、粗面岩への変更が行われる。
ウィキメディア・コモンズには、コスティトゥツィオーネ橋に関するカテゴリがあります。
交通
[編集]カナル・グランデには水上バス(ヴァポレット)の航路があり、停留所は、Piazzale Roma(ローマ広場)、Ferrovia(鉄道(駅前))、Riva de Biasio、 S. Marcuola、San Stae、 Ca' d'Oro、Rialto、 San Silvestro、Sant'Angelo、 San Tomà、Ca' Rezzonico、San Samuele、Accademia、S. Maria del Giglio、Salute、S. Marco Vallaresso となる。
また、ゴンドラ・トラゲットという渡し舟もある。
カナル・グランデを描いた美術作品
[編集]- カナレット
「南から見たリアルト橋」(1727) - カナレット
「カナル・グランデの入り口」(1730) - フランチェスコ・グアルディ
「リアルト橋とカナル・グランデ」(1754) - J.M.W.ターナー
「カナル・グランデ」(1837) - イッポリト・カフィ
雪と霧のカナル・グランデ(1840) - ピエール=オーギュスト・ルノワール
「カナル・グランデ」(1881) - ポール・シニャック
「カナル・グランデの入り口」(1905) - クロード・モネ
「カナル・グランデ」(1908) - ジオラ・ガンディーニ
Veduta del Canal Grande(1932)
参考文献
[編集]1.ゴンドラの文化史 運河をとおして見るヴェネツィア(ISBN-13 978-4560080849)
脚注
[編集]- ↑ シルクロードの今を征く ヴェネツィア大運河1
- ↑ AFPBB News 2008年9月5日「ベネチア運河に4つ目の橋完成も、不評で落成式は中止に」