エレオノール・ドルブリューズ

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エレオノール・ドルブリューズ
Eleonore d’Olbreuse
Eleonored'olbreuse.jpg
リューネブルク侯夫人エレオノール・ドルブリューズ
称号 ヴィルヘルムスブルク女伯
出生 (1639-01-03) 1639年1月3日
Royal Standard of the King of France.svg フランス王国、オルブリューズ城
死去 (1722-02-05) 1722年2月5日(83歳没)
リューネブルク侯領ツェレ
埋葬  
リューネブルク侯領、ツェレ、聖マリア教会
配偶者 リューネブルク侯ゲオルク・ヴィルヘルム
子女 ゾフィア・ドロテア
父親 オルブリューズ領主アレクサンドル2世
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エレオノール・ドルブリューズ(Eleonore d’Olbreuse, 1639年1月3日 - 1722年2月5日)は、リューネブルクゲオルク・ヴィルヘルムの妃。イギリスハノーファー選帝侯ジョージ1世ゾフィア・ドロテアの母。

生涯[編集]

フランスのオルブリューズ城(現在のドゥー=セーヴル県ニオール近郊)でオルブリューズの小領主アレクサンドル2世の娘として生まれた。一族はユグノーの下級貴族の家柄だった。1648年ヘッセン=カッセル方伯ヴィルヘルム5世の娘のエミリエがパリでトレモイユ公アンリの息子アンリ・シャルルと結婚するとエミリエの女官として仕えた。

1664年冬、エレオノールはゲオルク・ヴィルヘルムと出会い、愛妾となって1666年に一人娘ゾフィア・ドロテアを儲けた。1674年にエレオノールは神聖ローマ皇帝レオポルト1世からヴィルヘルムスブルク伯爵位を叙爵、1676年に正式にゲオルク・ヴィルヘルムと結婚、ゾフィア・ドロテアも認知された。1682年、ゲオルク・ヴィルヘルムの弟カレンベルク(後にハノーファー選帝侯)エルンスト・アウグストと妃ゾフィーの息子ゲオルク・ルートヴィヒ(後のイギリス王兼ハノーファー選帝侯ジョージ1世)にゾフィア・ドロテアを嫁がせた。しかし夫婦仲は悪く、1694年にゲオルク・ルートヴィヒはゾフィア・ドロテアと離婚、アールデン城に幽閉した。エレオノールは娘の解放を願ったが、実現されなかった。

1722年、83歳の高齢でツェレ城で亡くなり、遺体はツェレの聖マリア教会に埋葬された。4年後の1726年にゾフィア・ドロテアも幽閉されたまま死去した。彼女が生んだ孫ゲオルク・アウグスト(後のジョージ2世)を通してハノーヴァー朝はゲオルク・ヴィルヘルムとエレオノールの血統も継いで存続した。