コンテンツにスキップ

エリック・ホブズボーム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
エリック・ジョン・アーネスト・ホブズボーム
2004年12月撮影
人物情報
生誕 (1917-06-09) 1917年6月9日
 エジプト アレキサンドリア
死没 2012年10月1日(2012-10-01)(95歳没)
イギリスの旗 イギリス ロンドン
出身校 ケンブリッジ大学
学問
研究分野 歴史学
研究機関 ロンドン大学バークベック・カレッジ
学位 博士
テンプレートを表示

エリック・ジョン・アーネスト・ホブズボーム英語: Eric John Ernest Hobsbawm, CH FRSL FBA, 1917年6月9日 - 2012年10月1日)は、イギリス歴史学者であり、共産主義マルクス主義にも造詣が深い[1]

フェルナン・ブローデルエドワード・P・トムスンに次いで過去60年間で3番目に重要な歴史家とも評価される[2]

経歴

[編集]

1917年、ポーランドユダヤ人を父に、エジプトアレキサンドリアに生まれた。ワイマール期オーストリアおよびドイツで幼年期を過ごした。

1931年にベルリンで ドイツ共産主義青年同盟の分派である社会主義学生連盟(Sozialistischer Schülerbund)に加入した[3]

1933年に渡英。ケンブリッジ大学で博士号取得後、ロンドン大学バークベック・カレッジで教鞭をとった。

1936年にグレートブリテン共産党に入党した。1946年から共産党系の歴史家組織のメンバーであり、死去するまで社会主義歴史協会会長を務めた。

『革命の時代』(邦訳は『市民革命と産業革命』)、『資本の時代』、『帝国の時代』という「長い19世紀」(1789年〜1914年)として三部作を著し、1914年から1991年までを「短い20世紀」として『両極端の時代:短い20世紀』Age of Extremes: The Short Twentieth Century.[4]を著した。

またテレンス・レンジャーとの共著である『創られた伝統The Invention of Tradition(直訳は「『伝統』の発明」または「伝統を発明すること」)も知られる。

ホブズボームは、1991年のグレートブリテン共産党解散の直前に党員資格を失効させた[5]

2012年10月1日、病気のため、ロンドンのロイヤルフリー病院で死去[6]95歳没

政治思想

[編集]

ソ連型共産主義

[編集]

1956年のソ連によるハンガリー侵攻を受けて数千人の党員が共産党を離脱したが、ホブズボームは党に留まった[7]。ただし、ホブズボームはソ連のハンガリー侵攻に対する歴史家たちの抗議書簡に署名した[5]。歴史学者エドワード・P・トムスンジョン・サヴィルはこの時、ソ連のハンガリー弾圧を支持する共産党を離脱し、ニューレフトとなった[8]。ホブズボームは、彼らとの交流を維持し、時折新左翼の出版物に寄稿しながら、共産党本部にニューレフトについての情報提供をしていた[8]。しかし、ホブズボームは、共産党指導部から不信感を抱かれ、1950年代末までに政治活動を停止させられた[7]。後にホブズボームは、新左翼運動を「半ば忘れられた脚注にすぎない」と評した[8]

ホブズボームは、1968年のプラハの春における自由化民主化を強く支持した[5]。ホブズボームは、1968年以降に勢力を増し始めた英国共産党内のユーロコミュニズム派の指導者であった。1968年、英国共産党はソ連によるプラハの春の弾圧を批判し、また、フランス共産党がパリの五月危機を支持しなかったことを批判した[9]

1960年代以降、ホブズボームは「ソ連型社会主義体制」を提唱することはなくなり、その政治思想はより穏健な方向へと転換するとともに、自身の政治的な希望が実現する可能性は低いと認識するようになった[10]

ホブズボームは『極端な時代』で、共産主義は神によって創り出されたものではないのだから、ソ連の体制による犠牲は正当化されないと強調した。

どのような前提を置くにせよ、直接的および間接的な共産主義体制の犠牲者数は、7桁ではなく8桁になる。このような数値では、1000万人の「控えめな」推定値を採用するか、2000万人を超える数字を採用するかはさほど重要ではない。いずれにしても、共産主義体制の暴虐は、恥ずべきことであり、正当化はおろか、弁解の余地もない。付け加えておくと、1937年のソ連の総人口は1億6400万人と言われており、これは第二次五カ年計画(1933~38年)の人口予測より1670万人少ない。[11]

別の場所で彼はこう主張した。

私はソビエト・ロシアで起きた恐ろしい出来事を矮小化しようとしたことは一度もない。そこで起きた虐殺の規模は想像を絶するものである。まだ虐殺の実態が明らかになっていなかった頃、私たちは血と涙と恐怖の中で新しい世界が生まれつつあると感じていた。革命、内戦、飢饉――1921年のロシア飢饉 (ヴォルガ飢饉)は知っていたが、1932~33年のソ連飢饉は知らされなかった。ソ連の残忍で実験的なシステムでさえ、西側諸国よりはましだという幻想を抱いていた。当時はそうするしかなかった[5]

1930年代のソ連に関して次のように書いている。

当時の左翼が、ソ連で起きていたことを批判すること、またソ連を懐疑的に考察することさえためらったこと、あるいは左翼内部におけるソ連批判者が孤立していたことを理解するには、共産主義と自由主義が同じ大義、すなわちファシズムと戦っていたという状況の認識が不可欠である。1930年代、スターリンの行為がいかに衝撃的であってもロシア内部の問題であったのに対し、ヒトラーの行為はあらゆる場所に対する脅威であったという事実も忘れてはならない.[12]

また、ソ連の崩壊については、「共産主義者だけでなく、世界中の社会主義者にとって心的外傷となる出来事だった」と述べた[13]

1994年にBBCテレビでカナダの学者マイケル・イグナティエフのインタビューで、ホブズボームは、スターリン体制下で何百万人ものソ連市民が亡くなったとしても、もし真の共産主義社会が実現していたならば、それは価値のあることだっただろうと述べた[14][15][16]。また、「大量殺戮と大量苦難が普遍的であった時代にあって、大きな苦しみの中で新世界が生まれる可能性は、依然として支持する価値があった」としながら、残念ながら「ソビエト連邦によって世界革命が始まったわけではなかった」と述べた[15][17]。翌年、BBCラジオ4で、「何百万もの命を犠牲にすることは、将来の共産主義社会のために見合うものだったか」という同じ質問をされた際、彼は「第二次世界大戦を戦った時、私たちはそう感じた」と答え[5] 、「第二次世界大戦で亡くなった人の数はスターリン体制で亡くなった人の数よりも多いのだから、第二次世界大戦は起こすべきではなかったと言う人はいるだろうか?」という修辞的な問いかけをした[15]

ホブズボームは2002年の回顧録の中でこう記している。「(十月革命の)夢は、今も私の心のどこかに残っている……私はそれを放棄し、いや、拒絶したが、完全に消し去ったわけではない。今日に至るまで、私はソ連の記憶と伝統を、ある種の寛容さと優しさをもって扱っていることに気づいている。」[18]

最晩年の2011年に刊行された著書でホブズボームは、マルクスの分析のいくつか、すなわち、資本主義的経済発展のグローバルな動力とその破壊能力についての分析や、内部矛盾を生み出すことによる資本主義的成長のメカニズムの分析などは有効で妥当なものであり続けているが、マルクスが書いたもののうちの多くが時代遅れとなり、いくつかが受け入れがたく、あるいはもはや受け入れられないものになったことは完全に明らかであると断言した[19]。ホブズボームによれば、プロレタリアによる「収奪者たちの収奪」によって資本主義に代わるというマルクスの予言は、資本主義の分析に基づくものではなく、別の先験的な想定、すなわち、工業化が肉体的賃金労働者として雇用される労働人口を生み出すだろうという予言に基づいており、この予言は中期的には正しかったが、長期的には間違っていた[19]。また、プロレタリアの大部分はどのような意味においても、さらに貧しくならなかったし、世界の様々な地域での、諸階級のあいだでの、経済的不平等の明白な増大は、「収奪者たちの収奪[20]」を必然的に生みはしなかった[19]。未来への希望は、マルクスの分析のなかに読み込まれたのであって、それから引き出されたのではなかった[19]。マルクスの著作は、終わりのない進行中の作品であり、今では誰もそれを教条や、制度的に防衛された正統理論へ転化しようとはしていないとホブズボームは総括した[19]

歴史学者エミル・チャバルは、ホブズボームは通常、「マルクス主義思想家」とは見なされていないし、マルクス主義理論にあまり貢献したわけでもなく、生涯にわたって共産主義を支持したものの、1960年代初頭以降の著作においてマルクス主義的概念を明示的に引用している点はほとんどないが、世界的な影響力という点で彼に匹敵するマルクス主義者はほとんどいなかったと指摘している[1]。ホブズボームの社会政治的信念はその著作に大きな影響を与えた[1]

労働党

[編集]

1978年にホブズボームは、現代では労働者階級は社会における中心的な役割を必然的に失いつつあり、左翼政党はもはやこの階級だけに訴えかけることはできないと主張し、物議を醸した[21][9][22]

ホブズボームは、1983年からのニール・キノックによる英国労働党の改革を支持し、キノックと親しいわけではなかったものの、「キノックお気に入りのマルクス主義者」と呼ばれた[9]。キノックによる労働党改革への介入は、第三の道トニー・ブレアらのニュー・レイバーに影響を与えた[9]

ホブズボームは2009年に「社会主義か資本主義かといったように、システムを相互に排他的なものとして考える20世紀の習慣から脱却すべきだ」「ソ連は完全な社会的所有と社会的管理を前提としたシステムを構築しようとした。過去20~30年の間に、資本主義システムもそれを試みた。どちらも、結果はうまくいかなかった。問題は市場システムが消滅するかどうかではなく、市場経済と公共経済の混合の性質が正確にはどのようなものか、その経済の社会的目的は何かということだ。過去30年の政治における最悪なことの一つは、富裕層が貧困層、つまり世界の大多数の人々を恐れることを忘れてしまったことだ。」と述べている[23]

ホブズボームは死去するまで左派の立場を堅持したが、人類の長期的な展望は暗いと主張し続けた[24][25][26][27][28]

その他

[編集]

ホブズボームは、イタリア共産党とも緊密な関係を築き、イタリアの左派系学者や知識人と交流を深めた。従属的社会集団の役割を重視したアントニオ・グラムシから大きな影響を受けた。ホブズボームは、1970年代のイタリア共産党書記長エンリコ・ベルリンゲルによるキリスト教民主主義との歴史的和解を高く評価した。この戦略は、イタリアの北大西洋条約機構 (NATO)加盟を受け入れ、共産党を政治の主流に持っていくころを目的としており、潜在的な統治勢力としての正当性を社会の広い層に納得させることができた[29]

ホブズボームはエリザベス2世女王について、立憲君主制は一般的に自由民主主義体制にとって信頼できる枠組みであることが証明されており、今後も有用であり続ける可能性が高いと述べている[30]

第二次世界大戦中の日本への原子爆弾投下について、彼は「日本の最後まで戦い抜く決意に亀裂が生じる兆候は、ナチス・ドイツと比べてさらに少なかった。だからこそ、日本の迅速な降伏を確実にするために核兵器が投下された」という見解を堅持した[31]。また、「おそらく、アメリカの同盟国であるソ連が日本の敗北において大きな役割を果たしたと主張するのを阻止するという考えも、アメリカ政府の念頭にはなかったわけではないだろう」とも述べている[32]

フランスのマルクス主義哲学者ルイ・アルチュセールについて「彼が歴史家に向かって語りうることは具体的には何もない」と批判した[33]

評価

[編集]

称賛

[編集]

1994年、ジャーナリストのニール・アッシャーソンはホブズボームについて次のように述べている。「現在英語で執筆している歴史家の中で、事実と資料に対する彼の圧倒的な理解力に匹敵する者はいない。」「ホブズボームの詳細な情報を蓄積し、検索する能力は、大規模なアーカイブと多数のスタッフによってのみ達成されるレベルに達している。」[3]

2002年、保守派の雑誌「スペクテイター」はホブズボームを「おそらく現存する最も偉大な歴史家であり、イギリスだけでなく世界でも最も偉大な歴史家である」と評した[34]

歴史学者ニーアル・ファーガソンは次のように述べている。「ホブズボームが同世代の偉大な歴史家の一人であることは疑いようがない。彼の著書『革命の時代』から始まり『極端の時代』で終わる四部作は、近代史を学び始めたい人にとって最高の出発点となる。イギリスのマルクス主義歴史家が著した他のどの著作も、これらの本ほど長く読み継がれることはないだろう。」[35]

2003年、ニューヨーク・タイムズ紙は「この時代の偉大な英国人歴史家の一人であり、筋金入りの共産主義者であり、博識で優雅な筆致の歴史書は国内外の学校で今も広く読まれている」と評した[36]

歴史家ジェームズ・ジョルは「ホブズボームの19世紀三部作は、近年の歴史文学における偉大な業績の一つ」と評した[37]

歴史学者マーク・マゾワーは、潮流、社会勢力、広大な地域にわたる大規模な変化の歴史を探偵小説のように魅力的に語ることは、文体と構成において難題であるが、ホブズボームは四部作において、その方法を示していると述べている[38]

歴史学者イアン・カーショーは、ホブズボームの20世紀に関する見解、『極端の時代』は見事な分析で構成されていると述べた[39]

2011年にヒストリー・トゥデイ誌は、ホブズボームを、フェルナン・ブローデルエドワード・P・トムスンに次いで過去60年間で3番目に重要な歴史家に選んだ(4位以下は、A・J・P・テイラーE・H・カー)[2]

批判

[編集]

一方、ホブズボームはソ連の実態が明らかになった後で共産党員であり続けたことで批判された。アーサー・ケストラーは、1939年ヒトラー・スターリン条約において、モスクワでナチス外相リッベントロップが友好的に迎えられたのを見て共産党を離れたが[40]、ホブズボームは、1956年のハンガリー革命とプラハの春に対するソ連の介入後も、グレートブリテン共産党に残った[5][36]

歴史学者トニー・ジャットは、ホブズボームの膨大な知識と優雅な散文を称賛しつつも、ホブズボームはソ連、共産主義国家、そして共産主義に対して、偏った見方をしており、また、民族主義運動を一時的で非合理的なものとして軽視する傾向があるため、20世紀の歴史に対する理解が弱まっていると批判した[41]。また、ジャットは共産主義の実態の問題に向き合おうとしていないがゆえにホブズボームは地方主義(provincialised)に陥ったとも指摘している[42]。トニー・ジャットは、ホブズボームは「啓蒙主義末期の有害な幻想、つまり、もし善意の結果を約束できるなら人的犠牲を払う価値があるという幻想にしがみついている。しかし、20世紀の歴史の教訓の一つは、それが真実ではないということだ。あれほど明晰なのにも関わらず、彼は支払われた代償の大きさに気づいていない。私はそれを恥ずべきことというより、悲劇的だと感じる」と述べている[5]

労働党の歴史学者ベン・ピムロットは、ホブズボームのマルクス主義的な見解や共感がその研究に及ぼす影響について、それは「束縛ではなく道具であり、彼は弁証法的でも党の方針に従っているわけでもない」と評したが、ジャットは「それが19世紀に関する分析的な距離感の獲得を妨げている。また、ホブズボームがロシア革命について深い研究をしていないのは、かつて革命に期待した楽観的な見方から完全に抜け出せないからだ。同様にファシズムの分析についてもそれほど優れていない」と評価した[5]

ジャーナリストのニール・アッシャーソンは「エリックは謝罪したり、罪悪感を感じたりするような人間ではない。ソ連共産主義下で多くの命が失われたことは、彼にとって恐ろしいことだった。しかし、彼は後悔しているとは決して認めようとしない。彼はそういうタイプの人間ではないのだ。」と評した[5]。ホブズボーム自身も自伝の中で、「私が望むのは歴史的理解であり、同意や承認、同情ではない」と書いている[43]

ソ連史の歴史学者ロバート・コンクエストは、ホブズボームはソ連の現実を著しく否定していると批判した[36]

政治哲学者ジョン・グレイは、ホブズボームの19世紀に関する著作を高く評価する一方で、1914年以降の時代に関する著作については「極めて陳腐だ。しかも非常に曖昧だ。共産主義の実態については広大な沈黙が支配しており、この問題に向き合おうとしていない」と批判した[42]

著書

[編集]
単著
『反抗の原初形態:千年王国主義と社会運動』青木保編訳著(中公新書, 1971年)、抄訳版
『素朴な反逆者たち―思想の社会史』水田洋安川悦子・堀田誠三訳(社会思想社, 1989年)
  • The Jazz Scene, (Weidenfeld & Nicolson, 1959).
『ジャズシーン』諸岡敏行訳(績文堂出版, 2021年)
市民革命と産業革命―二重革命の時代英語版安川悦子・水田洋訳(岩波書店, 1986年)
  • Labouring Men: Studies in the History of Labour, (Basic Books, 1964).
『イギリス労働史研究』鈴木幹久・永井義雄訳(ミネルヴァ書房, 1968年、新装版1998年)
『産業と帝国』浜林正夫神武庸四郎和田一夫訳(未來社, 1984年、新装版1996年)
  • Bandits, (Penguin Books, 1969).
匪賊の社会史―ロビン・フッドからガン・マンまで』斎藤三郎[44]訳(「グループの社会史 3」みすず書房, 1972年)
改訂新版『匪賊の社会史』船山榮一訳(筑摩書房ちくま学芸文庫〉, 2011年)
  • Revolutionaries: Contemporary Essays, (Pantheon Books, 1973).
『革命家たち 同時代論集I』斉藤孝・松野妙子訳(未來社, 1978年)
『反乱と革命 同時代論集II』斉藤孝・木畑洋一訳(未來社, 1979年)
  • The Age of Capital, 1848-1875, (Weidenfeld and Nicolson, 1975).
資本の時代 1848-1875英語版』全2巻、柳父圀近・長野聰・荒関めぐみ・松尾太郎・山崎清訳(みすず書房, 1981-1982年、新装版2018年)
  • Worlds of Labour: Further Studies in the History of Labour, (Weidenfeld and Nicolson, 1984).
  • Workers: Worlds of Labor, (Pantheon Books, 1984).
  • The Age of Empire, 1875-1914, (Pantheon Books, 1987).
帝国の時代 1875-1914英語版』全2巻、野口建彦長尾史郎・野口照子訳(みすず書房, 1993-1998年、新装版2023年)
  • Politics for a Rational Left: Political Writing, 1977-1988, (Verso, 1989).
  • Nations and Nationalism since 1780: Programme, Myth, Reality, (Cambridge University Press, 1990, 2nd ed., 1992).
ナショナリズムの歴史と現在』浜林正夫・嶋田耕也・庄司信訳(大月書店, 2001年)
  • Echoes of the Marseillaise: Two Centuries Look Back on the French Revolution, (Rutgers University Press, 1990).
  • Age of Extremes: the Short Twentieth Century, 1914-1991, (Michael Joseph, 1994).
20世紀の歴史―極端な時代英語版』上・下、河合秀和訳(三省堂, 1996年)
『20世紀の歴史―両極端の時代』上・下、大井由紀訳(ちくま学芸文庫, 2018年)、新訳版
  • On History, (Weidenfeld & Nicolson, 1997).
『ホブズボーム歴史論』原剛訳(ミネルヴァ書房, 2001年)
  • Uncommon People: Resistance, Rebellion and Jazz, (Weidenfeld & Nicolson, 1998).
  • Behind the Times: the Decline and Fall of the Twentieth-century Avant-gardes, (Thames & Hudson, 1998).
  • Interesting Times: A Twentieth-century Life, (A. Lane, 2002).
『わが20世紀―面白い時代』河合秀和訳(三省堂, 2004年)
  • Globalisation, Democracy and Terrorism, (Little, Brown, 2007).
  • How to Change the World: Tales of Marx and Marxism , (Little, Brown, 2011).
『いかに世界を変革するか:マルクスマルクス主義の200年』水田洋監訳(作品社, 2017年)
  • Fractured Times: Culture and Society in the 20th Century, (Little, Brown, 2013).
『破断の時代―20世紀の文化と社会』木畑洋一・後藤春美・菅靖子・原田真見訳(慶應義塾大学出版会, 2015年)
共著
  • Captain Swing, with George Rudé, (Penguin Books, 1969).
  • The Italian Road to Socialism: An Interview by Eric Hobsbawm with Giorgio Napolitano, (Journeyman Press, 1977).
『イタリア共産党との対話』ジョルジョ・ナポリターノと共著(山崎功訳、岩波新書, 1976年)
  • On the Edge of the New Century, (New Press, 2000).
『21世紀の肖像―歴史家ホブズボームが語る』聞き手アントーニオ・ポリート(河合秀和訳、三省堂, 2000年)
編著
  • Labour's Turning Point, 1880-1900: Extracts from Contemporary Sources, (Lawrence & Wishart, 1948).
  • Karl Marx: Pre-capitalist Economic Formations, (Lawrence & Wishart, 1964).
『共同体の経済構造―マルクス『資本制生産に先行する諸形態』の研究序説』市川泰治郎訳(未來社, 2006年)
共編著
  • The Invention of Tradition, co-edited with Terence Ranger, (Cambridge University Press, 1983).
創られた伝統テレンス・レンジャーと共編著、前川啓治・梶原景昭訳(文化人類学叢書:紀伊國屋書店, 1992年)

伝記

[編集]
  • リチャード・J・エヴァンズ『エリック・ホブズボーム 歴史の中の人生』上・下、木畑洋一監訳(岩波書店、2021年)

脚注

[編集]

出典

[編集]
  1. 1 2 3 How Eric Hobsbawm helped shape the global Marxist imagination – Emile Chabal | Aeon Essays (英語). Aeon. 2023年5月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年1月17日閲覧。
  2. 1 2 “Top Historians: The Results | History Today”. History Today. (16 November 2011). オリジナルの12 November 2020時点におけるアーカイブ。 2020年11月6日閲覧。.
  3. 1 2 Ascherson, Neil (2 October 1994). “Profile: The age of Hobsbawm”. The Independent on Sunday. 2013年1月14日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2012年5月24日閲覧.
  4. Extremesが複数形であることに注意。邦訳版は『20世紀の歴史――極端な時代』で刊行
  5. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 Maya Jaggi (14 September 2002). “A question of faith”. The Guardian. 2019年5月4日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2012年1月11日閲覧.
  6. Eric Hobsbawm dies, aged 95 the guardian 2012年10月1日閲覧
  7. 1 2 Saunders, Frances Stonor (9 April 2015). “Stuck on the Flypaper”. London Review of Books. Vol. 37, no. 7. 2020年3月25日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2020年3月25日閲覧.
  8. 1 2 3 Palmer, Bryan D. (Spring 2020). “Hobsbawm's Century”. Catalyst 4 (1). オリジナルの7 July 2020時点におけるアーカイブ。 2020年7月8日閲覧。.
  9. 1 2 3 4 Pimlott, Herbert (2005). “From "Old Left" to "New Labour"? Eric Hobsbawm and the rhetoric of "realistic Marxism"”. Labour/Le Travail 56: 175–197. オリジナルの22 December 2015時点におけるアーカイブ。 2012年5月24日閲覧。.
  10. Eric Hobsbawm (10 April 2009). “Socialism has failed. Now capitalism is bankrupt. So what comes next?”. The Guardian. 2012年1月11日閲覧.
  11. The Age of Extremes. p. 393
  12. How to Change the World. p. 268
  13. How to Change the World. p. 386
  14. William Grimes (1 October 2012). “Eric J. Hobsbawm, Marxist Historian, Dies at 95”. The New York Times. 2023年4月18日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2012年10月4日閲覧.
  15. 1 2 3 Michael Ignatieff interviews Eric Hobsbawm”. The Late Show. BBC (1994年10月24日). 2015年5月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年6月5日閲覧。
    The exchange in question occurs at 10:57 - YouTube.
  16. Oliver Kamm (23 July 2004). “It takes an intellectual to find excuses for Stalinism”. The Times. 2011年8月5日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2012年1月8日閲覧.
  17. Ghodsee, Kristen (2017). Red Hangover: Legacies of Twentieth-Century Communism. Duke University Press. pp. 137–138. ISBN 978-0822369493. オリジナルの4 August 2018時点におけるアーカイブ。 2017年11月6日閲覧。
  18. Interesting Times. p. 56
  19. 1 2 3 4 5 エリック・ホブズボーム『いかに世界を変革するか:マルクスとマルクス主義の200年』水田洋監訳、作品社, 2017年、p.24-26.
  20. マルクス「資本主義的私有の最期を告げる鐘が鳴る。収奪者が収奪される。」資本論、岡崎次郎訳、大月文庫3,p.437-8
  21. "The Forward March of Labour Halted?" ; originally a Marx Memorial Lecture, "The British Working Class One Hundred Years after Marx", Marxism Today in September 1978),
  22. Hobsbawm, Eric. “The Forward March of Labour Halted?”. Marxism Today (September 1978). オリジナルの8 February 2012時点におけるアーカイブ。 2012年1月11日閲覧。.
  23. Eric Hobsbawm”. 032c Workshop. 032c (2009年7月). 2013年12月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月17日閲覧。
  24. John Crace (2007年夏). Interview with Eric Hobsbawm on his 90th birthday”. BBK Magazine. Birkbeck. 2012年6月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年1月11日閲覧。
  25. “Eric Hobsbawm: Observer special”. The Observer. 22 September 2002. 2012年7月14日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2012年1月11日閲覧.
  26. Carlin, Norah; Birchall, Ian (Autumn 1983). “Eric Hobsbawm and the working class”. International Socialism Journal 2 (21): 88–116. オリジナルの28 September 2007時点におけるアーカイブ。 2012年1月11日閲覧。.
  27. Tim Adams (21 January 2001). “The lion of the Left”. The Observer. 2012年1月11日閲覧.
  28. Eric Hobsbawm (24 January 2008). “Diary”. London Review of Books 30 (2). オリジナルの4 February 2012時点におけるアーカイブ。 2012年1月11日閲覧。.
  29. Broder, David (2018年11月18日). Hobsbawm in Italy”. Jacobin. 2018年11月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年11月21日閲覧。
  30. “Long live the Queen?”. Prospect (181). (23 March 2011). オリジナルの3 July 2011時点におけるアーカイブ。 2012年3月6日閲覧。.
  31. The Age of Extremes, p. 42.
  32. The Age of Extremes, p. 27.
  33. 近藤和彦・野村達朗 編訳「歴史家たち」名古屋大学出版会、1990,p12,エリック・ホブズボーム『いかに世界を変革するか:マルクスとマルクス主義の200年』水田洋監訳、作品社, 2017年、p.576.
  34. David Caute (19 October 2002). “Great helmsman or mad wrecker”. The Spectator. オリジナルの14 January 2013時点におけるアーカイブ。 2012年1月9日閲覧。.
  35. Ferguson, Niall (22 September 2002), “What a swell party it was ... for him”, The Daily Telegraph, オリジナルの12 January 2022時点におけるアーカイブ。 2012年5月24日閲覧。
  36. 1 2 3 Michael Moynihan (20 August 2011). “How a True Believer Keeps the Faith”. The Wall Street Journal. 2015年4月15日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2012年1月9日閲覧.
  37. Quoted on the dust jacket of The Age of Extremes.
  38. Mazower, Mark (1 October 2012). “Eric Hobsbawm: the history man”. The Guardian (イギリス英語). ISSN 0261-3077. 2019年1月17日閲覧.
  39. Kershaw 2001, p. 597, note 1.
  40. Snyder 2010, p. 116.
  41. Tony Judt (20 November 2003). “The Last Romantic”. The New York Review of Books 50 (18). オリジナルの24 August 2011時点におけるアーカイブ。 2012年1月9日閲覧。.
  42. 1 2 John Gray (2011年1月20日). The piety and provincialism of Eric Hobsbawm: Following a false prophet”. New Statesman. 2012年2月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年1月10日閲覧。
  43. Interesting Times. p. xii
  44. 旧版の斎藤三郎は筆名。

関連項目

[編集]