アイヴァン・クラール

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アイヴァン・クラール
Ivan Kral (2011).jpg
Ivan Kral (2011)
基本情報
生誕 1948年
出身地 チェコスロバキアの旗 チェコスロバキア プラハ
ジャンル ロックパンク・ロック
職業 ギタリストシンガーソングライター音楽プロデューサー
担当楽器 ギターボーカル
共同作業者 パティ・スミスイギー・ポップ
公式サイト www.ivankral.net

アイヴァン・クラール[1](Ivan Kral、1948年 - )は、チェコ(出生当時はチェコスロバキア)出身のギタリストシンガーソングライターアメリカに渡り、主にニューヨーク・パンクのシーンで活動。1994年にはチェコに戻る。

来歴[編集]

プラハ出身。1960年代中期にはSazeというバンドのメンバーとして活動するが、1968年にはチェコ事件の影響でアメリカのニューヨークに移る。1971年から1972年にかけて、アップル・レコードで働いていた[2]

ブロンディの前身バンドであるAngel and the Snakeに短期間籍を置いた後[3]パティ・スミスと出会い、1975年から1979年にかけて、パティのサポート・ギタリストとして活動。作曲面でも貢献し、パティとアイヴァンが共作した「Dancing Barefoot」(1979年のアルバム『ウェイヴ』に収録)は、後にU2シンプル・マインズ等にカヴァーされた。また、1976年公開のドキュメンタリー映画『ブランク・ジェネレーション』では監督を務めた[4]

パティが結婚のため引退すると、アイヴァンはイギー・ポップのサポート・ギタリストとなり、イギーとアイヴァンが共作した「Bang Bang」は、後にデヴィッド・ボウイが『ネヴァー・レット・ミー・ダウン』でカヴァーした。また、ジョン・ウェイトのアルバム『Ignition』(1982年)にも参加。1980年代中期にはEastern Blocというバンドを結成し、1987年にセルフ・タイトルのアルバムを発表。

1994年、故郷のプラハに戻る。1995年にはノエル・レディングのプラハ公演に参加し、当時のライヴ音源は、後にライヴ・アルバム『Live from Bunk R - Prague』として発表された[5]

1996年、初のソロ・アルバム『Nostalgia』発表。その後は、主にソングライター音楽プロデューサーとして活動し、Trinyという女性コーラス・グループのデビュー作『Gipsy Streams』(2001年)等を手がけた。

ディスコグラフィ[編集]

パティ・スミス[編集]

  • ホーセス - Horses(1975年)
  • ラジオ・エチオピア - Radio Ethiopia(1976年)
  • イースター - Easter(1978年)
  • ウェイヴ - Wave(1979年)

イギー・ポップ[編集]

  • ソルジャー - Soldier(1980年)
  • パーティ - Party(1981年)

ソロ・アルバム[編集]

  • Nostalgia(1996年)

脚注[編集]

  1. ^ 日本で広く使用されている表記は、英語読みに基づくアイヴァンだが、一部資料では原語読みに準じたイワンと表記されることもある
  2. ^ 公式サイト内Biography
  3. ^ Ivan Král : AllMusic - Biography by Greg Prato
  4. ^ The Blank Generation(1976)(IMDb.com)
  5. ^ Live from Bunk R - Prague - Noel Redding : Songs, Reviews, Credits, Awards : AllMusic

外部リンク[編集]