わたしたちはみんなまだここにいる

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わたしたちはみんな
まだここにいる
Nous sommes tous encore ici
BM-Hannah-Arendt2006.jpg
切手になったハンナ・アーレント
彼女の『全体主義の起原
監督 アンヌ=マリー・ミエヴィル
脚本 アンヌ=マリー・ミエヴィル
製作総指揮 アラン・サルド
出演者 オーロール・クレマン
ベルナデット・ラフォン
ジャン=リュック・ゴダール
音楽 ドミートリイ・ショスタコーヴィチ
レスター・ボウイ
フランツ・リスト
ロベール・シューマン
ニコラス・ハフナー
デヴィッド・ダーリング
撮影 クリストフ・ボーカルヌ
編集 アンヌ=マリー・ミエヴィル
製作会社 ペリフェリア
レ・フィルム・デュ・ローザンジュ
ヴェガ・フィルム
レ・フィルム・アラン・サルド
配給 フランスの旗 レ・フィルム・デュ・ローザンジュ
日本の旗 早稲田大学
公開 フランスの旗 1997年3月19日
日本の旗 1999年12月4日
上映時間 80分
製作国 フランスの旗 フランス
スイスの旗 スイス
言語 フランス語
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わたしたちはみんなまだここにいる』(原題:Nous sommes tous encore ici)は、1996年製作、1997年公開、アンヌ=マリー・ミエヴィル監督によるフランススイス合作の長篇劇映画である。

略歴・概要[編集]

スイスのフランス語圏であるヴォー州ロールに、ヌーヴェルヴァーグの映画作家ジャン=リュック・ゴダールとともに1979年から自宅兼工房を構え、テレビ映画を中心にゴダールとの共同監督作を次々に発表、ゴダールのハウス・プロダクション「ソニマージュ」(現在のペリフェリア)の代表を務めきたミエヴィルが、単独で監督した第3作である。

古代ギリシアの哲学者プラトンや、ドイツ系ユダヤ人のアメリカの政治哲学者ハンナ・アーレントを引用してのドラマ構成ではある。ミエヴィルの短篇映画『マリアの本』(1984年)でマリアの母役を演じた、ミエヴィルと同世代のオーロール・クレマンを主人公に、『カルメンという名の女』(1983年)や『ゴダールのリア王』(1987年)の出演で知られるゴダールをその夫に配し、夫婦の問答をコミカルに描く。クレマンのソクラテスと対話するカリクレスには、フランソワ・トリュフォーの初期短編『あこがれ』(1958年)やクロード・シャブロルの『美しきセルジュ』(1958年)で知られるヌーヴェルヴァーグ世代の女優ベルナデット・ラフォンが演じている。

日本では1999年12月4日、東京・新宿区早稲田大学大隈講堂で無字幕で上映されたのが初上映である[1]。DVD化はされていない。

スタッフ・作品データ[編集]

キャスト[編集]

ストーリー[編集]

3幕構成である。

  1. プラトンの対話篇『ゴルギアス』の一節を、彼女ことソクラテス(オーロール・クレマン)、カリクレス(ベルナデット・ラフォン)が演じ、対話する。問題はいかに「善人」を定義するかである。
  2. 彼こと俳優(ジャン=リュック・ゴダール)は、ハンナ・アーレント全体主義の本質に関する書物をくりかえしくりかえし、読み上げる。
  3. 第1部でソクラテスを演じた「彼女」が、第2部でハンナ・アーレントを反復した「彼」は実生活では夫婦である。滑稽な夫婦喧嘩をくりひろげる。男と女のどこまでもつづく会話は、重要な労働である。

関連書籍[編集]

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  1. ^ 早稲田大学公式サイト内の記事「人権尊重の精神を育てるワセダの啓発活動」(1999年12月3日付)の記述を参照。

外部リンク[編集]