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'''倍音'''(ばいおん、{{Lang-en-short|overtone}}<ref name="terms">{{Cite book|和書 |
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|title = [[学術用語集]] 物理学編 |
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|year = 1990 |
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|isbn = 4-563-02195-4 |
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== 歴史的な背景 == |
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== 科学的な背景 == |
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倍音は、[[数学者]]の[[マラン・メルセンヌ]]によって[[1636年]]に発見された。 |
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[[1753年]]、[[ダニエル・ベルヌーイ]]は、[[波動方程式]]の解として[[三角関数]]を想定することにより、弦の振動は[[基本周波数]]とその整数倍の[[周波数]]の成分(倍音)の重ね合わせとして表せることを発見した。 |
[[1753年]]、[[ダニエル・ベルヌーイ]]は、[[波動方程式]]の解として[[三角関数]]を想定することにより、弦の振動は[[基本周波数]]とその整数倍の[[周波数]]の成分(倍音)の重ね合わせとして表せることを発見した。 |
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この概念は、19世紀の数学者[[ジョゼフ・フーリエ]]の見出した[[フーリエ級数]]によって体系的に理論化された。フーリエ級数とは、[[周期関数]] <math>f(t)</math> を |
この概念は、[[19世紀]]の数学者[[ジョゼフ・フーリエ]]の見出した[[フーリエ級数]]によって体系的に理論化された。フーリエ級数とは、[[周期関数]] <math>f(t)</math> を正弦波(三角関数)の重ね合わせとして表現するものであり、[[オイラーの公式]]を用いれば以下のように表現できる。なお、T は f(t) の周期であり、<math>f(t - T) = f(t)</math>を満たす。 |
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: <math>f(t) = \sum_{n = -\infty}^{\infty} c_n e^{2n\pi it/T} = c_0 + 2\sum_{n = 1}^{\infty}|c_n |\cos(2n\pi t/T + \arg c_n)</math> |
: <math>f(t) = \sum_{n = -\infty}^{\infty} c_n e^{2n\pi it/T} = c_0 + 2\sum_{n = 1}^{\infty}|c_n |\cos(2n\pi t/T + \arg c_n)</math> |
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: ただし、 <math>c_n = \frac{1}{T}\int_{-T/2}^{T/2} f(t) e^{-2n\pi it/T} dt</math> とする。 |
: ただし、 <math>c_n = \frac{1}{T}\int_{-T/2}^{T/2} f(t) e^{-2n\pi it/T} dt</math> とする。 |
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第1の式は、周波数 <math>f = n/T</math> の正弦波 <math>e^{2n\pi it/T} = \cos (2n\pi t/T) + i \sin (2n\pi t/T)</math> を c<sub>n</sub> 倍したものを全ての[[整数]] n に関して重ね合わせると元の波動 f(t) に等しくなることを意味している |
第1の式は、周波数 <math>f = n/T</math> の正弦波 <math>e^{2n\pi it/T} = \cos (2n\pi t/T) + i \sin (2n\pi t/T)</math> を c<sub>n</sub> 倍したものを全ての[[整数]] n に関して重ね合わせると元の波動 f(t) に等しくなることを意味している(なお、c<sub>n</sub>の値は一般には[[複素数]]であり、その[[絶対値]]が各倍音の振幅となって現れ、[[偏角]]が各倍音の位相のずれとなって現れる。[[虚数]]成分はnの正負を足し合わせると消えてしまう。右の式ではその点を考慮して、実数のみによって表示している)。 |
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ここで、n = ± 1 のものが基音であり、その周波数は <math>f =1/T</math> である。 |
ここで、n = ± 1 のものが基音であり、その周波数は <math>f =1/T</math> である。 |
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== 音の分類 == |
== 音の分類 == |
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; 上音 |
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音を正弦波に分解したときに、最も低い周波数である基音以外の成分を'''上音'''(じょうおん、{{lang|en|overtone}})という。この上音には倍音でない音も含まれる。倍音は、基音の(2以上の)整数倍の周波数の上音であると言い換えることができる。 |
: 音を正弦波に分解したときに、最も低い周波数である基音以外の成分を'''上音'''(じょうおん、{{lang|en|overtone}})という。この上音には倍音でない音も含まれる。倍音は、基音の(2以上の)整数倍の周波数の上音であると言い換えることができる。 |
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: {{Main|楽音}} |
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歌うときの人の[[声]]や、楽器の音の多くのように、倍音以外の上音がほとんど無く[[音高|音高(音の高さ)]]が感じられる音を[[楽音]](がくおん)という。ほとんどの楽器の音で一番大きい成分は基音であり、基音の音高を音全体の高さとするのが普通である。楽音の倍音が人間の耳にそのまま意識されることはあまりないが、特に高い音や音の種類、演奏環境などによって聴こえ易い時もある。一般に倍音の構成の違いは[[音色]]の違いとして認識されている。 |
: 歌うときの人の[[声]]や、楽器の音の多くのように、倍音以外の上音がほとんど無く[[音高|音高(音の高さ)]]が感じられる音を[[楽音]](がくおん)という。ほとんどの楽器の音で一番大きい成分は基音であり、基音の音高を音全体の高さとするのが普通である。楽音の倍音が人間の耳にそのまま意識されることはあまりないが、特に高い音や音の種類、演奏環境などによって聴こえ易い時もある。一般に倍音の構成の違いは[[音色]]の違いとして認識されている。 |
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上音を全く持たない音を |
: 上音を全く持たない音を[[純音]](じゅんおん)という。すなわち正弦波の音である。 |
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倍音以外の上音を多く持ち音高を感じさせない音を'''噪音'''(そうおん)という。[[打楽器]]の音のほとんどは噪音かそれに近い音である。打楽器の中でも、[[鍵盤打楽器]]などは上音があまり出ないようにして音を純音に近づけてあり、[[ティンパニ]]は上音を倍音列に近づけてあるため、はっきりとした音高を感じることができる。 |
: 倍音以外の上音を多く持ち音高を感じさせない音を'''噪音'''(そうおん)という。[[打楽器]]の音のほとんどは噪音かそれに近い音である。打楽器の中でも、[[鍵盤打楽器]]などは上音があまり出ないようにして音を純音に近づけてあり、[[ティンパニ]]は上音を倍音列に近づけてあるため、はっきりとした音高を感じることができる。 |
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基音を欠き、倍音だけから成る音でも、その理論上の基音に音の高さを感じることがある。これを、 |
: 基音を欠き、倍音だけから成る音でも、その理論上の基音に音の高さを感じることがある。これを、[[差音]](さおん)と呼ぶ。 |
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== 各倍音と倍音列 == |
== 各倍音と倍音列 == |
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以下、例としてC3を基音とした倍音列を第16倍音まで挙げ、各倍音の音高と基音との[[音程]]を記す。音名については[[音名・階名表記#オクターブ表記|オクターヴ表記]]の国際式を参照のこと。 |
以下、例としてC3を基音とした倍音列を第16倍音まで挙げ、各倍音の音高と基音との[[音程]]を記す。音名については[[音名・階名表記#オクターブ表記|オクターヴ表記]]の国際式を参照のこと。 |
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# 第1倍音はすなわち、基音のことである。通常第1倍音は倍音に含めない。 |
# 第1倍音はすなわち、基音のことである。通常第1倍音は倍音に含めない。 |
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# 第2倍音は1[[オクターヴ]]上の音であり、C4になる。 |
# 第2倍音は1[[オクターヴ]]上の音であり、C4になる。 |
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# 第15倍音は3オクターヴと長7度上の音であり、B6になる。ただし、平均律のその音よりも約12セント低い。 |
# 第15倍音は3オクターヴと長7度上の音であり、B6になる。ただし、平均律のその音よりも約12セント低い。 |
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# 第16倍音は4オクターヴ上の音であり、C7である。 |
# 第16倍音は4オクターヴ上の音であり、C7である。 |
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== オーバーブローとフラジオレット == |
== オーバーブローとフラジオレット == |
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[[管楽器]]や[[弦楽器]]では、同じ管や弦の長さでも、一部の倍音成分を強調してより高い音を奏でることが出来る。特に[[金管楽器]]ではその出される音のほとんどはこの奏法による。このような音や奏法を、管楽器では'''オーバーブロー'''({{lang|en|overblow}})、弦楽器では'''[[フラジオレット]]'''({{lang|en|flageolet}})またはハーモニクスと呼ぶ。なお、物理的には、元になる振動の第''n''倍音を強調して新たな基音とする状態を、第''n''次モードと呼ぶ。 |
[[管楽器]]や[[弦楽器]]では、同じ管や弦の長さでも、一部の倍音成分を強調してより高い音を奏でることが出来る。特に[[金管楽器]]ではその出される音のほとんどはこの奏法による。このような音や奏法を、管楽器では'''オーバーブロー'''({{lang|en|overblow}})、弦楽器では'''[[フラジオレット]]'''({{lang|en|flageolet}})またはハーモニクスと呼ぶ。なお、物理的には、元になる振動の第''n''倍音を強調して新たな基音とする状態を、第''n''次モードと呼ぶ。 |
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* [[木管楽器]]においては、最低音よりも[[オクターヴ]]以上高い音を出すときに、第2倍音以降が用いられる。ただし、[[クラリネット]]にあっては偶数倍音が得られないので、[[音程|1オクターヴと完全5度]]以上の音を出すときに第3倍音以降の奇数倍音が用いられる。しばしば倍音を出しやすくするために、側孔を用いる。[[フルート]]では、低い音の運指を使ってオーバーブローを用いることがあり、ハーモニクスと呼ばれる。 |
* [[木管楽器]]においては、最低音よりも[[オクターヴ]]以上高い音を出すときに、第2倍音以降が用いられる。ただし、[[クラリネット]]にあっては偶数倍音が得られないので、[[音程|1オクターヴと完全5度]]以上の音を出すときに第3倍音以降の奇数倍音が用いられる。しばしば倍音を出しやすくするために、側孔を用いる。[[フルート]]では、低い音の運指を使ってオーバーブローを用いることがあり、ハーモニクスと呼ばれる。 |
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* [[金管楽器]]にあっては、スライドを持った[[トロンボーン]]を除き、バルブが実用化されるまではオーバーブローのみが音を変える手段であった。金管楽器では第2倍音以降が常用され、「ペダルノート」と呼ばれる第1倍音は[[トロンボーン]]、[[ホルン]]、[[チューバ]]などでたまに用いられるだけである。 |
* [[金管楽器]]にあっては、スライドを持った[[トロンボーン]]を除き、バルブが実用化されるまではオーバーブローのみが音を変える手段であった。金管楽器では第2倍音以降が常用され、「ペダルノート」と呼ばれる第1倍音は[[トロンボーン]]、[[ホルン]]、[[チューバ]]などでたまに用いられるだけである。 |
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* 弦楽器においては、振動する弦の1/''n''の所に軽く触れることによって基音と幾つかの倍音が抑制され、''n''次モードの発音を得る。 |
* 弦楽器においては、振動する弦の1/''n''の所に軽く触れることによって基音と幾つかの倍音が抑制され、''n''次モードの発音を得る。 |
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== 代表的な波形とその倍音 == |
== 代表的な波形とその倍音 == |
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=== 鋸歯状波の音の倍音 === |
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楽音の中で最も基本になるのは、[[鋸歯状波]]である。波形が鋸の歯のようになっているので、この名がある。[[ヴァイオリン]]や[[金管楽器]]の波形はこれに近い。鋸歯状波には基音とすべての倍音を含み、高い倍音ほど[[振幅]]が漸減し、第''n''倍音の振幅は基音の振幅の1/''n''である。 |
楽音の中で最も基本になるのは、[[鋸歯状波]]である。波形が鋸の歯のようになっているので、この名がある。[[ヴァイオリン]]や[[金管楽器]]の波形はこれに近い。鋸歯状波には基音とすべての倍音を含み、高い倍音ほど[[振幅]]が漸減し、第''n''倍音の振幅は基音の振幅の1/''n''である。 |
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=== 矩形波の音の倍音 === |
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波形が「己」の字を横にしたような形をしているのが[[矩形波]]である。[[クラリネット]]の波形はこれに近い。基音と奇数倍音だけが含まれ、第''n''倍音の音波の振幅は1/''n''である。 |
波形が「己」の字を横にしたような形をしているのが[[矩形波]]である。[[クラリネット]]の波形はこれに近い。基音と奇数倍音だけが含まれ、第''n''倍音の音波の振幅は1/''n''である。 |
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=== 三角波の音の倍音 === |
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波形がV字型をしているのが[[三角波 (波形)|三角波]]である。基音と奇数倍音だけが含まれ、第''n''倍音の音波の振幅は1/''n''²である。これは矩形波の時間積分した波形が三角波になるためである。 |
波形がV字型をしているのが[[三角波 (波形)|三角波]]である。基音と奇数倍音だけが含まれ、第''n''倍音の音波の振幅は1/''n''²である。これは矩形波の時間積分した波形が三角波になるためである。 |
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[[Category:音]] |
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[[Category:音響工学]] |
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2012年3月5日 (月) 18:21時点における版
倍音(ばいおん、英: overtone[1]、harmonic sound[1]、harmonic overtone、harmonics)とは、楽音の音高とされる周波数に対し、2以上の整数倍の周波数を持つ音の成分。1倍の音、すなわち楽音の音高とされる成分を基音と呼ぶ。
弦楽器や管楽器などの音を正弦波(サインウェーブ)成分の集合に分解すると、元の音と同じ高さの波の他に、その倍音が多数(理論的には無限個)現れる。
ただし、現実の音源の倍音は必ずしも厳密な整数倍ではなく、倍音ごとに高めであったり低めであったりするのが普通で、揺らいでいることも多い。逆に、簡易な電子楽器の音のように完全に整数倍の成分だけの音は人工的な響きに感じられ、長時間聴くと疲れやすいともいわれる。
歴史的な背景
古来合唱などにおいて、本来聞こえるはずのない高い声がしばしば聞かれる現象が知られており、「天使の声」などと呼ばれて神秘的に語られていた。これらは倍音を聴取していたものだと現在では考えられている。
科学的な背景
倍音は、数学者のマラン・メルセンヌによって1636年に発見された。
1753年、ダニエル・ベルヌーイは、波動方程式の解として三角関数を想定することにより、弦の振動は基本周波数とその整数倍の周波数の成分(倍音)の重ね合わせとして表せることを発見した。
この概念は、19世紀の数学者ジョゼフ・フーリエの見出したフーリエ級数によって体系的に理論化された。フーリエ級数とは、周期関数 を正弦波(三角関数)の重ね合わせとして表現するものであり、オイラーの公式を用いれば以下のように表現できる。なお、T は f(t) の周期であり、を満たす。
- ただし、 とする。
第1の式は、周波数 の正弦波 を cn 倍したものを全ての整数 n に関して重ね合わせると元の波動 f(t) に等しくなることを意味している(なお、cnの値は一般には複素数であり、その絶対値が各倍音の振幅となって現れ、偏角が各倍音の位相のずれとなって現れる。虚数成分はnの正負を足し合わせると消えてしまう。右の式ではその点を考慮して、実数のみによって表示している)。
ここで、n = ± 1 のものが基音であり、その周波数は である。
次に、n = ± 2 に対応するものを考えると、その周波数は であり、これは基音の第「2倍」音になる。同様に、n = ± 3, ± 4, ± 5…についても、その周波数はそれぞれ 3f, 4f, 5fになる。このようにして、周期的な波形を持つ音は基音と倍音の重ね合わせとして表せることが保証されている。
ただし、この手法では基本周波数が既知であることが仮定されるほか、倍音以外の上音を含むと正常に検出できないなどの欠点があるため、実際の音声処理ではフーリエ級数を発展させたフーリエ変換と呼ばれる手法が利用されている。ただし、フーリエ変換にも実用上の難点が多いため、実際には離散フーリエ変換、短時間フーリエ変換などといった手法が使用されている(詳細は各項を参照)。
音の分類
- 上音
- 音を正弦波に分解したときに、最も低い周波数である基音以外の成分を上音(じょうおん、overtone)という。この上音には倍音でない音も含まれる。倍音は、基音の(2以上の)整数倍の周波数の上音であると言い換えることができる。
- 楽音
- 詳細は「楽音」を参照
- 歌うときの人の声や、楽器の音の多くのように、倍音以外の上音がほとんど無く音高(音の高さ)が感じられる音を楽音(がくおん)という。ほとんどの楽器の音で一番大きい成分は基音であり、基音の音高を音全体の高さとするのが普通である。楽音の倍音が人間の耳にそのまま意識されることはあまりないが、特に高い音や音の種類、演奏環境などによって聴こえ易い時もある。一般に倍音の構成の違いは音色の違いとして認識されている。
- 純音
- 詳細は「純音」を参照
- 上音を全く持たない音を純音(じゅんおん)という。すなわち正弦波の音である。
- 噪音
- 倍音以外の上音を多く持ち音高を感じさせない音を噪音(そうおん)という。打楽器の音のほとんどは噪音かそれに近い音である。打楽器の中でも、鍵盤打楽器などは上音があまり出ないようにして音を純音に近づけてあり、ティンパニは上音を倍音列に近づけてあるため、はっきりとした音高を感じることができる。
- 差音
- 詳細は「差音」を参照
- 基音を欠き、倍音だけから成る音でも、その理論上の基音に音の高さを感じることがある。これを、差音(さおん)と呼ぶ。
各倍音と倍音列
基音のn倍の周波数を持つ倍音を第n倍音と呼び、倍音を順に並べたものを倍音列という。高次倍音ほど隣り合う倍音の音程が狭まるのが特徴で、各倍音の音程関係は基音の音高に関係なく維持される。
以下、例としてC3を基音とした倍音列を第16倍音まで挙げ、各倍音の音高と基音との音程を記す。音名についてはオクターヴ表記の国際式を参照のこと。
- 第1倍音はすなわち、基音のことである。通常第1倍音は倍音に含めない。
- 第2倍音は1オクターヴ上の音であり、C4になる。
- 第3倍音は1オクターヴと完全5度上の音であり、G4になる。ただし、平均律のその音よりも約2セント高い。
- 第4倍音は2オクターヴ上の音であり、C5になる。
- 第5倍音は2オクターヴと長3度上の音であり、E5になる。ただし、平均律のその音よりも約14セント低い。
- 第6倍音は2オクターヴと完全5度上の音であり、G5になる。ただし、平均律のその音よりも約2セント高い。
- 第7倍音は2オクターヴと短7度上の音であり、Bb5になる。ただし、平均律のその音よりも約31セント低い。
- 第8倍音は3オクターヴ上の音であり、C6である。
- 第9倍音は3オクターヴと長2度上の音であり、D6になる。ただし、平均律のその音よりも約4セント高い。
- 第10倍音は3オクターヴと長3度上の音であり、E6になる。ただし、平均律のその音よりも約14セント低い。
- 第11倍音は3オクターヴと増4度上の音であり、F#6になる。ただし、平均律のその音よりも約49セント低い。
- 第12倍音は3オクターヴと完全5度上の音であり、G6になる。ただし、平均律のその音よりも約2セント高い。
- 第13倍音は3オクターヴと長6度上の音であり、A6になる。ただし、平均律のその音よりも約59セント低い。
- 第14倍音は3オクターヴと短7度上の音であり、Bb6になる。ただし、平均律のその音よりも約31セント低い。
- 第15倍音は3オクターヴと長7度上の音であり、B6になる。ただし、平均律のその音よりも約12セント低い。
- 第16倍音は4オクターヴ上の音であり、C7である。
上記、倍音の周波数と平均律の音程を視覚的に現した図を示す。赤色が平均律、青色と数字が倍音の次数を現している。渦巻きの1周が1オクターブに対応する。
オーバーブローとフラジオレット
管楽器や弦楽器では、同じ管や弦の長さでも、一部の倍音成分を強調してより高い音を奏でることが出来る。特に金管楽器ではその出される音のほとんどはこの奏法による。このような音や奏法を、管楽器ではオーバーブロー(overblow)、弦楽器ではフラジオレット(flageolet)またはハーモニクスと呼ぶ。なお、物理的には、元になる振動の第n倍音を強調して新たな基音とする状態を、第n次モードと呼ぶ。
- 木管楽器においては、最低音よりもオクターヴ以上高い音を出すときに、第2倍音以降が用いられる。ただし、クラリネットにあっては偶数倍音が得られないので、1オクターヴと完全5度以上の音を出すときに第3倍音以降の奇数倍音が用いられる。しばしば倍音を出しやすくするために、側孔を用いる。フルートでは、低い音の運指を使ってオーバーブローを用いることがあり、ハーモニクスと呼ばれる。
- 金管楽器にあっては、スライドを持ったトロンボーンを除き、バルブが実用化されるまではオーバーブローのみが音を変える手段であった。金管楽器では第2倍音以降が常用され、「ペダルノート」と呼ばれる第1倍音はトロンボーン、ホルン、チューバなどでたまに用いられるだけである。
- 弦楽器においては、振動する弦の1/nの所に軽く触れることによって基音と幾つかの倍音が抑制され、n次モードの発音を得る。
代表的な波形とその倍音
鋸歯状波の音の倍音
楽音の中で最も基本になるのは、鋸歯状波である。波形が鋸の歯のようになっているので、この名がある。ヴァイオリンや金管楽器の波形はこれに近い。鋸歯状波には基音とすべての倍音を含み、高い倍音ほど振幅が漸減し、第n倍音の振幅は基音の振幅の1/nである。
矩形波の音の倍音
波形が「己」の字を横にしたような形をしているのが矩形波である。クラリネットの波形はこれに近い。基音と奇数倍音だけが含まれ、第n倍音の音波の振幅は1/nである。
三角波の音の倍音
波形がV字型をしているのが三角波である。基音と奇数倍音だけが含まれ、第n倍音の音波の振幅は1/n²である。これは矩形波の時間積分した波形が三角波になるためである。
脚注
関連項目