象牙

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象牙
象牙柄の短剣

象牙(ぞうげ)とはゾウの長大に発達した切歯(門歯)である。多くの哺乳類の「」と称される長く尖った犬歯が発達したものであるが、ゾウの牙は門歯が発達したものである点が異なる。ゾウの生活において象牙は鼻とともに採餌活動などに重要な役割を果たしているが材質が美しく加工も容易であるため、古来工芸品の素材として珍重された。

象牙の生物学

象牙の生理

象牙の適応的意義

工芸

用途

印鑑の高級素材としての象牙

適度に吸湿性があって手になじみやすく、材質が硬すぎず・柔らか過ぎず・加工性も金属水晶大理石翡翠などより優れている。朱肉の馴染みもきわめてよく高級感もあるために印鑑契約や公式書類では欠かせない日本においては、絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約)締結までは一番の輸入大国であった。印材として現在は日本国内に条約施行前や一時解禁時に輸入された象牙が今でも加工されているほか、水牛の角、カバセイウチの牙、またはロシア永久凍土より掘り出されたマンモスの牙が代替品として利用されるなどしている。

近年では、象牙と全く同じ質感のある素材を牛乳カゼイン蛋白と酸化チタン粉末から作ることが可能で、これを利用した象牙風の安価な製品も存在する。

印材としての象牙でも部位によってランクがある。安物は表面近くの筋が多く入っている物。先端に行くほど、中心に位置するほど貴重な物とされる。通常は木材と同じく縦目に切削されるが、側面から見て年輪のように模様が出る横目印材もある。特徴のある文様だが、木材と同じように強度は縦目の物には劣る。

楽器部品としての象牙

三味線として適度な弾力、掌の湿度を吸収することにより手との馴染みが良いこと、舞台映えの良さなどで多くの三味線音楽分野において最高の素材とされている。代替品として木や合成樹脂製のものも普及しているが、いまだ象牙を超える素材が見つかっていない。の爪についても同様である。この他箏の(じ・現在では一般的にほとんど合成樹脂製)、三味線の駒(三味線音楽の種目により象牙を使用しないものもある)においても象牙の優れた性質に勝るものがないのが現状である。更に紫檀や黒檀などの唐木との色彩対比が美しいことから、それらと組み合わせて箏や琵琶の部分的な装飾にもしばしば使用されるが現在は次第に使われなくなる傾向にある。また三味線、ギターリュートナット(上駒)、三味線やリュート、ヴィオールなどの糸巻(ペグ)、弦楽器の弓のチップにも使用される。音色への影響もあるが、主に見た目の美しさで選ばれることが多い。

古くからピアノの白鍵に貼られてきたが、象牙の入手が困難になる前からより安価なアクリル樹脂が用いられていた。象牙の入手が困難となった現在ではアクリル樹脂に加えて、象牙に似た特性を持つ人工象牙など演奏しやすいものが開発されて鍵盤に使われるようになった。ただし現在でも一部のフルコンサートグランドピアノなどの鍵盤部には、本物の象牙が使われている。

象牙の歴史

世界

象牙は古くから、密度が高く切削加工しやすい素材として珍重された。特にその重量感と温かい風合いは多くの人に好まれる所で、ピアノの代名詞でもありビリヤードの流行の際にはビリヤードボールを象牙で作ることが一般的であった。しかしこの素材は高価で、また乱獲により得がたくなってきたことからこれに代わる素材の開発が求められ、19世紀に入ってセルロイドが発明された。

日本

古くは正倉院宝物となっている工芸品の素材として用いられており、珊瑚(サンゴ)や鼈甲(ベツコウ)に並んで珍重されたことがうかがえる。

主たる輸入先は中国東南アジアである。だが古代には南部には相当数いたとされている中国の象もの時代にはほぼ絶滅したと言われており、もっぱら東南アジアから中国を経由して日本に入ってくるルートが用いられた。

江戸時代には象牙工芸は高度な発展を見せ、根付印籠などの工芸品に優品が存在する。明治時代以降象牙の輸入量が増えると三味線のバチや糸巻の高級品に象牙が使用され、さらに大正昭和に入ると西欧のパイプ喫煙文化が導入され、パイプが主な象牙製工芸品となった。

これらの伝統的象牙工芸品は明治維新以降のイギリスを中心とした海外交易(主に緑茶の輸出)の際や第二次世界大戦後のアメリカ進駐軍が根付や印籠のユニークなデザインや精巧な加工に目を付けるなどしたことで、数多くの工芸品が海外に流出し特に江戸時代などの芸術性の高い根付などが有名美術館で多数展示されている。特にイギリス方面ではこれら根付のコレクター市場がある程で、ヴィクトリア&アルバート博物館に展示されている根付コレクションは有名である。

なお、欧米には根付専門のコレクターも存在するほど人気が高い。

高度成長期にはサラリーマンが増え、高額商品の分割払い(ローン)購入が普及することで象牙製の印鑑を実印とするための需要が飛躍的に伸びて輸入された象牙消費の9割が印鑑に加工される時代があった。

彫刻師では菊地互道(1887-1967)と言う有名な人物が居たが近年では象牙の彫刻師は需要の減少と高齢化が進み、現在は東京や京都に数えるほどの人数しか存在しない。 菊地互道の作品は東京国立博物館に数点互道の息子(菊地敏夫)により寄贈されている

手入れの方法

  • 汚れやほこり等を取る場合、水で洗ったときは水分を乾いた布でふき取り日陰干しする(直射日光を避けること)。
  • 光沢を出したい場合、湿った布でホコリをふきとりその後、研磨剤を含まない光沢剤(ワックス)で磨き布のきれいな部分で軽く乾拭きすると輝きが戻る。
  • 婦箸などの黄ばみを取る場合、ふきんを白くする市販の漂白洗剤を倍以上に薄めて数日浸しておくときれいになる。
  • 数珠やネックレス等の黄ばみの場合は洗剤に漬けるとひもの繊維が弱くなり切れやくなるので、布に湿らせて洗剤で拭きとる。

象牙貿易の禁止と再開に向けた動き

かつて日本は最大の象牙輸入国であったがワシントン条約(CITES)の締結により1989年より象牙の輸入禁止措置が採られ、事実上世界の象牙貿易は終了した。しかしその後、ボツワナナミビアジンバブエのゾウの個体数が間引きが必要な規模へ急増。1997年のワシントン条約締結国会議で、ナンバーリングを行う等の措置を条件に貿易再開を決議。1999年に日本向けに1度限りの条件で貿易が行われた。南部アフリカ諸国はゾウの急増により農業被害や人的被害が見られることもあり引き続き貿易の継続を要望したが、一方で無制限に貿易が再開されると錯覚した密猟者がアフリカ各地で活動を活発化、混乱が生じたことから再開の目処は立たなくなった。

2007年、ワシントン条約の常設委員会は監視体制が適切に機能しているとした南アフリカボツワナナミビアが保有している60トンを日本へ輸出することを認める決定をした。なお日本と同じく輸入を希望していた中国は認められなかった。2008年にはCITESによって許可された象牙競売が開催され、ナミビア・ボツワナ・ジンバブエ・南アフリカの4ヵ国から出荷された合計102トンの象牙(すべて、政府が管理する自然死した象のもの)が日本と中国の業者に限定して売却された[1]

2011年現在、経済発展著しい中国では、かつての高度経済成長期の日本と同様、象牙の需要が増しており、この需要を満たすためにアフリカで象の密猟が増加している[2]

関連語

象の墓場
象の墓場は象牙の宝庫とされる。「象は死に場所を選んで死ぬため、死期が迫った象は自ら仲間が死んだ場所へと向かい、死んだ象が必然的にたくさん集まる場所ができる」とする伝説があるが、実際には密猟したハンターによるほら話や観光客目当てのデマであるとされる。
象牙の塔
現実からかけ離れた夢想の世界。学者が閉じこもる研究室の比喩。ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』にも登場する。
もともとはフランス語la tour d'ivoire。「旧約聖書」「ソロモンの雅歌」7:5の「なんじの首は象牙の塔の如し」に由来し、サント-ブーブヴィニーを評した「Et Vigny, plus secret,/ Comme en son tour d'ivoire, avant midi, rentrait.」という言い回しに由来する。
象牙色
アイボリー。淡い黄色。クリーム色。
象牙海岸
西アフリカの国・コートジボワールのこと。フランス語のCôte d'Ivoireを和訳した名前で、英語名のIvory Coastも同じ意味。かつてこの一帯から象牙が搬出されたため、この名が付いた。

脚注

  1. ^ アフリカの象牙競売終了、日本と中国の業者が15億円落札,AFP BB NEWS,2008年11月7日/朝日新聞2010年3月14日朝刊「密漁呼ぶ象牙限定解禁」
  2. ^ 象牙需要が背景、ケニアのゾウ密猟 - ナショナルジオグラフィック 2011年8月18日