知来駅

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知来駅
旧駅舎(2009年5月)
ちらい
Chirai
所在地 北海道常呂郡佐呂間町字知来
北緯44度1分53.9秒 東経143度51分5.3秒 / 北緯44.031639度 東経143.851472度 / 44.031639; 143.851472
所属事業者 日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 湧網線
キロ程 36.0 km(中湧別起点)
電報略号 チラ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1953年昭和28年)10月22日[1]
廃止年月日 1987年(昭和62年)3月20日[1]
備考 湧網線廃線に伴い廃駅
仮乗降場との距離は実キロ
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1977年の知来駅と周囲約500m範囲。右が網走方面。床丹駅と同様に無人化に伴って島式ホームの駅舎側が撤去され、駅裏側本線へ棒線化されている。田園地帯の広がる知来地区の西部に位置し、左側には左上から下の佐呂間別川へ注ぐ知来川が流れる。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

知来駅(ちらいえき)は、北海道網走支庁常呂郡佐呂間町字知来にかつて設置されていた、日本国有鉄道(国鉄)湧網線廃駅)である。電報略号チラ。湧網線の廃線に伴い、1987年(昭和62年)3月20日に廃駅となった[1]

歴史

駅構造

廃止時点で、島式ホーム(片面使用)1面1線を有する地上駅であった。ホームは、線路の北側(網走方面に向かって左手側)に存在した。転轍機を持たない棒線駅となっていた[4]。かつては島式ホーム1面2線を有する、列車交換可能な交換駅であった。使われなくなった駅舎側の1線は、交換設備運用廃止後は撤去されたが、ホーム前後の線路は転轍機の名残で湾曲していた[4]

無人駅となっていた[3]が、有人駅時代の駅舎が残っていた。駅舎は構内の北側に位置し、旧線跡を渡りホームを結ぶ通路で連絡した[4]。駅舎とホームの間には、花壇が作られていた[4]。駅自体は完全無人であるが、駅前の商店で乗車券を取り扱う簡易委託駅となっていた。

駅名の由来

所在地名より。アイヌ語の「チライオッ(ciray-ot)」(イトウ・多くいる)の転訛とされる[5]

駅周辺

駅跡

旧駅舎ホーム側

1999年(平成11年)時点では駅舎が廃止当時のまま残存しており、「知来ゲートボール会館」として再利用されている[7]2010年(平成22年)時点[8]2011年(平成23年)時点でも同様であった[9]。内部は当時のベンチは残存しているが、待合所と事務所の間仕切りは撤去されており、休憩所兼倉庫として使用されている[9]。ホーム側も駅舎は当時のままだがレールは撤去され[9]、埋め立てられているなど、駅舎以外の設備はすべて撤去されている。線路跡も整地され、畑となっている[9]

また、2011年(平成23年)時点では簡易委託の受託者であった駅前の商店の軒下に、「知来駅 国鉄乗車券発売所」の看板が掲げられている[9]

隣の駅

日本国有鉄道
湧網線
佐呂間駅 - <堺橋仮乗降場> - <興生沢仮乗降場> - 知来駅 - <紅葉橋仮乗降場> - 仁倉駅

脚注

  1. ^ a b c d e f 石野哲(編)『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』JTB、1998年、915頁。ISBN 978-4-533-02980-6 
  2. ^ “日本国有鉄道公示第570号”. 官報. (1972年2月8日) 
  3. ^ a b 「通報 ●湧網線床丹駅ほか4駅の駅員無配置について(旅客局)」『鉄道公報日本国有鉄道総裁室文書課、1972年2月8日、2面。
  4. ^ a b c d 宮脇俊三 編『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』原田勝正小学館、1983年7月、160頁。ISBN 978-4093951012 
  5. ^ アイヌ語地名リスト セッ~ツキガ P71”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2018年11月18日閲覧。
  6. ^ 『北海道道路地図 改訂版』地勢堂、1980年3月、19頁。 
  7. ^ 宮脇俊三 編『鉄道廃線跡を歩くVI』JTBパブリッシングJTBキャンブックス〉、1999年3月、31-32頁。ISBN 978-4533031502 
  8. ^ 今尾恵介 編『新 鉄道廃線跡を歩く1 北海道・北東北編』JTBパブリッシング、2010年3月、52-53頁。ISBN 978-4533078583 
  9. ^ a b c d e 本久公洋『北海道の鉄道廃線跡』北海道新聞社、2011年9月、103頁。ISBN 978-4894536128 

関連項目