矢島輝夫
矢島 輝夫(やじま てるお 1939年5月20日 - 1999年4月2日)は日本の作家。
東京駒込の会社経営者の家庭に生まれ、中野区野方に育つ。東京都立戸山高等学校を経て1962年に早稲田大学仏文科中退後、双葉社に入社して『漫画アクション』誌の編集部に入り、小島剛夕や水木しげる、赤塚不二夫たちを担当。のちフリーライター・フリー編集者として学研や小学館で活躍。また吉本隆明編集『試行』の同人となり、ウィリアム・フォークナーや大江健三郎の影響下に小説を発表、芥川賞の準候補となった。代表作に『暗き魚』『裂魂』『もうひとつの生活』などがある。また官能小説家として名高い矢切隆之は彼の別名である(原卓馬名義による作品もある)。その他、SF小説やジュニア小説の分野では北園哲也を名乗り、オカルトの分野では阿川宗弘を名乗るなど複数の筆名を使い分け、幅広い分野で執筆した。『ムー』誌上にもたびたび登場し、心霊関係の著書に『生れ変りの謎』(西園寺知実との共著、学研、1985年)など。訳書にサイラス・コルター『円形舞台(ヒポドローム)』(立風書房、1977年)がある。
1990年代からは短歌に傾倒し、朝日歌壇にたびたび入選した。歿後、『増補 矢島輝夫歌集』(私家版)が刊行されている。
著書
- 『序曲』試行出版部、1965年
- 『裂魂』三一書房、1970年
- 『暗き魚』構造社、1970年
- 『受難曲』母岩社、1973年
- 『絵とき人体ふしぎびっくり解剖』学習研究社、1975年
- 『恐怖の怪談ベスト13』学習研究社、1975年
- 『雲の中への第一歩』(北園哲也名義)旺文社、1975年
- 『もうひとつの生活』泰流社、1976年
- 『青い体験』(北園哲也名義)秋元書房、1977年
- 『小説ベイ・シティ・ローラーズ』(北園哲也名義)秋元書房、1977年
- 『小説イアンとパット』(北園哲也名義)秋元書房、1977年
- 『小説ショーン・キャシディ』(北園哲也名義)秋元書房、1978年
- 『愛と性の証明』(北園哲也名義)秋元書房、1979年
- 『女子中・高校生の愛のレポート』(北園哲也名義)秋元書房、1979年
- 『女子中・高校生の愛のカレンダー』(北園哲也名義)秋元書房、1979年
- 『子供の情景』国文社、1980年
- 『この愛の絶唱』(北園哲也名義)秋元書房、1980年
- 『体験フラッシュ』(北園哲也名義)秋元書房、1980年
- 『ふしぎな転校生』(北園哲也名義)秋元書房、1982年
- 『南極物語─映画ストーリー』学習研究社、1983年
- 『ねじれた教室』(北園哲也名義)秋元書房、1983年
- 『ぬすまれた学園』(北園哲也名義)秋元書房、1983年
- 『ねらわれたマイコン学園』(北園哲也名義)秋元書房、1984年
- 『この結婚は救えるか』PHP研究所、1984年
- 『守護霊の奇跡』(阿川宗弘名義)学習研究社、1984年
- 『守護霊の奇跡─運命を切り開く霊のエネルギー』(阿川宗弘名義)学習研究社、1985年
- 『呪術・まじない入門』(阿川宗弘名義、坂名文彦との共著)学習研究社、1985年
- 『阿含宗と桐山靖雄』秋元書房、1985年
- 『テレポーテーション 驚異の瞬間移動』(北園哲也名義、田中三彦との共著)学習研究社、1985年
- 『生れ変りの謎』(西園寺知実との共著)学習研究社、1985年
- 『なぜ「四畳半襖の下張」は名作か』(矢切隆之名義)三一書房、1995年
- 『高資料と「伊東深水」秘密画集』(矢切隆之名義)イーストプレス、1997年
- 『性は乱調にあり』(矢切隆之名義)三一書房、1997年
- 『世紀末・性のワンダーランド』(矢切隆之名義)河出文庫、1998年
訳書
外部リンク
- 倉田良成「増補 矢島輝夫歌集」を校正して
- 大正・昭和短歌人拾い読み - ウェイバックマシン(2013年8月7日アーカイブ分)