海洋考古学
海洋考古学(かいようこうこがく、英語:underwater archaeology)もしくは水中考古学(すいちゅうこうこがく)は、沈没船や海底に沈んだ財宝、さらに海底に沈んだまま長期間経ったと考えられる都市の遺跡などを調査する学問である。
海洋考古学の昔と今
1940年代にスキューバ(自給式水中呼吸装置)が発明されるまで、深海の沈没船はほとんど手つかずの状態だった。 昔のダイバーは木製のダイビング・ベルに入って潜水した。このような道具を使いながらも、昔の引揚げ作業の中には成功したものもあり、主にお金や金、銀、大砲のような貴重品を回収した。
現代の考古学者は、最新の潜水技術や用具を利用し、調査や地図作成、沈没船や工芸品の回収によって、過去の船や船上生活についての貴重な知識を得る事ができるようになり、これまでに硬貨、銃、衣服、靴、乗務員の遺体などを発掘してきた。
ダイビング・ベル(ハリーのダイビング・ベル)
天文学者エドモンド・ハリー卿は1690年に有名な「ダイビング・ベル(潜水鐘)」をつくった。水上でベルの中に空気を閉じ込めて、ダイバーは海底でその空気を吸ったのである。これによってダイバーたちは海底で作業することができるようになった。今日でもダイビング・ベルは使われているが、そこには新しい自給空気供給器がつけられている。
海洋考古学者の仕事
海洋考古学者は陸上の考古学者と同じ仕事をする。しかし、あらゆるものに番号をつけ記録し調査しなければならないので、大変時間のかかる作業になってくる。また、海中作業をするうちに、波、潮流、水圧、低温、視界の悪さなど海中独特の問題が起こると、考古学者の作業はさらに困難になる。
沈没船の沈没地点の発見
数多くの沈没船が世界中で発見されているが、未発見のものもたくさんある、偶然に発見される場合や、スポーツダイバーに人気の場所で発見される場合、また何年も探査と書物による研究を重ねた結果、発見される場合もある。沈没船を探すには、水中音波探査機などの最新の水中計器が重要な役割を果たす。
現場の地図作成
発掘作業の前に、正確な記録を残すために調査し、地図を作る。足場用パイプやテープを使って現場を格子状に区切り、たくさんの小さな四角形、すなわちグリッド(方形区)をつくり、グリッドごとに調査を行ってゆく。
沈殿物の除去
現場で発見される沈没船や財宝は、砂や泥の下に埋まってしまっている事が多い。はけで払ったり、あおぐだけで取り払える場合もあるが、除去のためにエアリフトというパイプのような装置を使うこともある。エアリフトは巨大な海底真空掃除機のようなもので圧縮空気で作動させる。また、ウォータージェットを用いて砂や泥を洗い流すこともある。
水中絵画
現場を記録することは重要であり、記録の為に絵を描くのは良い方法である。そのために、ろう入りのクレヨンや鉛筆、プラスティック板などを用いる
海底写真
現場を正確に記録するため、絵を描く他に写真の撮影も行う。取り付けられたグリッドはカメラを安定させる事が出来るし、発掘中の写真の位置を正確に示すときにも役立つ。写真は何枚かつなげて合成写真を作成する。しかし、水が濁っているなどの海中独特の問題が起こると、写真がいつも撮れるとは限らない。
垂木を回収
木製の帆船船尾についている垂木のような大きな木材は、ウインチを使って巻き上げる。巻き上げてからよく洗浄し保存処理を行う。
保存処理
海水中では、木や皮革、そのほかの物質は腐食から免れよい状態を保っている場合がある。しかし海から外へ出す時には、乾燥してぼろぼろになってしまわないように処理をする必要がある。保存のために色々な方法がとられているが、木材を保存するには、ポリエチレングリコール(ろうの一種)などの化学薬品に浸したり、科学薬品を吹き付けたりもする。鉄を保存するには、純粋な水素を送って炉で焼くといった方法もある。処理が完了するまでに、何年も要する場合もある。
海洋考古学の現場
海洋考古学の現場には2種類ある。1つは、難破船(沈没船)や工芸品(財宝など)を発掘する現場。もう1つは、海面の変化や津波などの自然災害のために海底に沈んでしまった都市や港の発掘をする現場である。
バタビア
バタビアは1629年オーストラリアの西海岸沖で沈没した。船の残骸を発見したのは1961年だったが、発見したのは1972年~1976年である。船内にはこのほか、インド向けの鉄、青銅製の大砲、銀器が残されていた。
ロスキレフィヨルド
デンマークのロスキレ・フィヨルドの海域で1959年、ダイバーが5種類の異なるバイキング船を発見した。これは西暦1000年頃、フィヨルドを閉鎖する為に船に石を積み沈没させたものだった。この船の残骸を発掘するときは、周囲にダムをつくり現場から水を除去する方法がとられた。
メアリーローズ
メアリーローズは、イギリス、ヘンリー8世のキャラック船で、1545年にポーツマスで沈没した。船の残骸は1967年に発見され、1982年に引揚げられた。船内からは何千もの工芸品(財宝など)が発見された。
ヴァーサ
ヴァーサは、1628年に処女航海の時、ストックホルム港で転覆沈没したスウェーデンの戦列艦。1956年に海洋考古学者アンダズ・フランセインが発見した。大規模な引揚げ作業が展開されて、1961年に船は元の形のまま引揚げられた。沈没船を徐々に海底から引揚げ、乾ドックに入れ、乾ドックの中で防腐剤を吹き付けた。
ポートロイヤル
ポートロイヤルはジャマイカのキングストン近くにあった海賊都市で、17世紀に最もにぎわったが1692年の地震で津波のため2,000人の住人もろとも海中に水没した。都市の大部分は海面下わずか10mのところにあったので、ただちに財宝は引揚げられた。しかし、都市が完全に引揚げられたのは1965年から1968年にかけてであった。その時に3つの建物が完全な形で発見された。
水中考古学者
- ロバート・F・マークス(アメリカ)
- 小江慶雄 (日本)
- 茂在寅男 (日本)
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