中全音律

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中全音律(ちゅうぜんおんりつ)(: meantone temperament)は、西洋音楽の代表的な音律の一つである。ミーントーンと呼ばれることも多い。15~19世紀に主に鍵盤楽器調律で広く使用された。

三度音程の純正度を確保するために、五度音程を純正五度よりも僅かに狭めた音律であり、全音音程は大全音(9/8)と小全音(10/9)の間の大きさとなるために中全音律と呼ばれる。 狭義には純正な長三度が得られる1/4コンマ中全音律を指す。これはピエトロ・アーロンが記述したことから、アーロンの中全音律とも呼ばれる。

1/4コンマ中全音律

1/4コンマ中全音律(en:Quarter-comma meantone)は、ピタゴラス音律の純正な完全五度を1/4シントニックコンマ分狭くすることで、純正な長三度を得るものである。ピエトロ・アーロンThoscanello de la musica (1523)において記述した。

十七度の音程は、例えばD4からF6#のような音程であり、以下のように表現できる。

  • 4つの完全五度の積み重ね (e.g. D4-A4-E5-B5-F6#)、あるいは
  • 2つのオクターヴと1つの長三度(e.g. D4-D5-D6-F6#)

したがって十七度をピタゴラス音律の純正な完全五度(3/2)を4つ積み重ねたものとして表すと

一方、純正な長三度(5/4)と2つのオクターヴ(2/1)を用いて表すと

これはピタゴラス音律の長三度が純正音程よりも81/80だけ広いことを意味している。この差をシントニックコンマと呼び、約21.506セントである。

十七度(5/1)を純正に取るならば、4つの完全五度を積み重ねてもこれと一致しなければならない。そのために1/4シントニックコンマ分だけ完全五度を純正音程から狭めた音律が1/4コンマ中全音律である。

xを狭められた完全五度とすると、4つの完全五度の積み重ねが5/1になるので

したがって完全五度は

この1/4コンマ中全音律の完全五度は約696.578セントである

これは純正な完全五度よりも少しだけ狭い。

両者の差は1/4シントニックコンマである。

半音階の12の音は、ある音を起点に完全五度づつ上昇、下降を繰り返すことによって得られる。これは完全五度の大きさが少し異なること以外はピタゴラス音律と同様である。

以下の表にD音を起点とした1/4コンマ中全音律の半音階の各音の、Dからの音程の大きさを周波数比とセント値で記す。計算式のは調整され狭められた完全五度である。

音名 Dからの音程 計算式 比率 大きさ
(セント)
A 減五度 1.4311 620.5
E 短二度 1.0700 117.1
B 短六度 1.6000 813.7
F 短三度 1.1963 310.3
C 短七度 1.7889 1006.8
G 完全四度 1.3375 503.4
D 一度 1.0000 0.0
A 完全五度 1.4953 696.6
E 長二度 1.1180 193.2
B 長六度 1.6719 889.7
F 長三度 1.2500 386.3
C 長七度 1.8692 1082.9
G 増四度 1.3975 579.5

ピタゴラス音律と同様に、この方法で得られるA♭とG#は一致しない。12音の音階を構成する場合、一般にA♭が省かれる(もちろん取捨選択は自由である)。このときG♯からE♭への五度音程は、他の調整された完全五度とは逆に、純正な完全五度よりも大分広いものになる。この広い五度による和音は、顕著なうなりを生じるため、狼の吠声に例えてウルフの五度(en:Wolf interval)と呼ばれる。また、ウルフの五度を含んだ4つの五度を重ねて出来た十七度に基づく長三度も同様に外れた音程となる。これらの音程は一般には実用に耐えないため、使用できる調は限定されたものとなる。1/4コンマ中全音律では一般的に調号が#が3つあるいは♭が2つより多い調は演奏不可能とされる。

1/4コンマ中全音律の音程の大きさ

Dを起点とした1/4コンマ中全音律の各音程のセント値の概数。音程名は英語の略称(例:完全五度→P5)。純正音程は太字で記し、ウルフの音程は赤でハイライトしている。

中全音律ではユニゾンオクターヴを除く音程は2種類の異なる大きさを持つ。表に上記の12の音からの各音程のおおよそのセント値を示す。

驚くべきことに、純正な長三度を得るために作られた音律にも関わらず、純正な長三度(5/4あるいは約386.3セント)は12の内8のみである。

その定義上、1/4コンマ中全音律の11の完全五度は、純正な完全五度より1/4シントニックコンマ分狭い、約696.6セントである。五度圏を閉じるためには、平均律がそうであるように、12の完全五度の平均値は700セントであることが要求されるため、 残る1つは約737.6セントになる(ウルフの五度)。このウルフの五度は異名同音による五度であるため、より正確には減六度であることに注意。

  • 9つの短三度は約310.3セントで、他の3つは増二度で約269.2セント、その平均値は300セント。
  • 8つの長三度は約386.3セントで、他の4つは減四度で約427.4セント、その平均値は400セント。
  • 7つの全音階的半音(短二度)は約117.1セントで、他の5つは半音階的半音(増一度)で約76.0セント、その平均値は100セント。

以上のように、中全音律では異名同音的音程の大小関係がピタゴラス音律とは逆転している。

他の中全音律

ジョゼッフォ・ツァルリーノLe istitutioni harmoniche (1558)で、シントニックコンマを7分割し、完全五度を2/7コンマ狭めた、2/7コンマ中全音律を記述している。これは長短三度が共に純正音程よりも1/7コンマ狭くなる。

フランシスコ・デ・サリナスがDe musica libri septem (1577)で記述した1/3コンマ中全音律では短三度が純正となる。

五度を狭くする量を1/4コンマよりも少なく、1/5や1/6等とした場合、長三度は純正音程よりも広くなるが、そのかわりウルフが緩和され使用に耐える調が増える。1/12ピタゴラスコンマ狭い五度を用いたとき、全ての五度は均等化され、即ちこれは十二平均律に等しい。

歴史

中世ヨーロッパのピタゴラス音律に基づいた音楽理論では、三度音程は不協和音程として扱われていたが、ルネサンス時代に入りイギリスに由来する三度の和音を多用した曲が多く作曲されると、三度音程の響きの重要性が高まった。バルトロメオ・ラモス・デ・パレーハMusica practica (『実践的音楽』、1482)の中で「中全音律が広く鍵盤楽器に用いられている」と述べているので、15世紀にはこの音律が一般化したと考えられる[1]。 初めて数学的に明確な用語によって記述された中全音律の体系はジョゼッフォ・ツァルリーノLe istitutioni harmoniche (『ハルモニア教程』、1558)で記述した2/7コンマ中全音律である。 一般に、純正長三度を持つ1/4コンマ中全音律はピエトロ・アーロンThoscanello de la musica (1523)に由来すると考えられているが、数学的に明確な形での記述は1571年のツァルリーノによるものが最初である。 その後の多くの著作家達は1/4コンマ中全音律を模範的な鍵盤楽器調律法とみなしたが、ウルフの五度により演奏できる調が制限されるため、17世紀後半からより広範な転調が好まれるようになると、より多くの調を使用可能な調律法が採用されるようになった。 純正長三度より広い長三度をもつ1/5コンマや1/6コンマの中全音律も広く使われた。また変則的な五度音程によってウルフを緩和した様々な不均等律が考案された。鍵盤楽器の調律に平均律を用いることが一般化した後も、イギリスでは1850年代頃まで中全音律でオルガンが調律された[2]。現在では、ルネサンスから初期バロックにかけての音楽作品の演奏に、1/4コンマ中全音律やそれに近い音律を用いることが多い。

調律法

以下に1/4コンマ中全音律による鍵盤楽器の調律法の例を記述する(Cを基準)。

  • CとEとの間のG・D・Aの三音を定める
    • リコーダー音叉で中央のCを唸りが消えるように合わせる。
    • まず、Cから上にEを純正に取る。
    • 仮にCから下にF・B♭を純正に取る。
    • 仮にEから上にB・F#と純正に取る。
    • 仮に取ったB♭とF#の間に同じ唸りに挟まれるようにDを取る。
    • 定まったDとCとの間に同じ唸りに挟まれるようにGを定める。
    • そしてDとEとの間に同じ唸りに挟まれるようにAを最終決定する。
こうしてミーントーン五度が完成。
  • ミーントーン五度から長三度を取る
    • あとはGから下にE♭、上にBを純正に取り直す。
    • Dから下にB♭、そして上にF#を純正に取り直す。
    • Aから下にヘを再び取り直し、上にC#を純正に取る。
    • Eから上にG#を純正に取って完成。
  • 仕上げ
    • 出来上がった中央の十二音を基準に鍵盤の両側全域へ純正な八度に合わせていく。

脚注

  1. ^ Lindley, M. "Fifteenth-Century Evidence for Meantone Temperament". Proceedings of the Royal Musical Association. Vol. 102, Issue 1, 1975, pp. 37-51.
  2. ^ Stephen Bicknell. The History of the English Organ. Cambridge University Press, 1996, ISBN 978-0521550260, p. 382.

参考文献

Lindley, M. "Temperaments". The New Grove Dictionary of Music and Musicians. second edition, London, Macmillan Publishers, 2001.

関連項目