平均律
平均律(へいきんりつ)とは、1オクターヴなどの音程を均等な周波数比で分割した音律である。一般には十二平均律のことを指すことが多い。
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十二平均律 [編集]
十二平均律とは、1オクターヴを12等分した音律である。隣り合う音(半音)の周波数比は等しく
(100セント)となる。
音程の周波数比が簡単な整数比で示される時、これを純正音程と呼ぶ。例えば、ドとソの幅にあたる完全5度は純正音程では3:2(1.5倍)の周波数比である。また、1オクターヴは2:1(2倍)となる。
しかし、このような純正音程に基づいて音階を構成しようとすると問題が生じる。例えば、3/2の冪乗は2/1の冪乗と一致することはない、そのため完全5度の積み重ねからはオクターヴの音程は導出できない。このように、ある音程(例えば完全5度)を全て純正に保とうとすると、他の音程(例えばオクターヴ)が純正にならないといった現象が避けられない(ピタゴラスコンマ、シントニックコンマ参照)。
この問題に対処するために歴史上様々な音律が試みられてきが、その中で現在最も普及しているのが十二平均律である。
十二平均律は以下のような特徴を持つ。
- 各音の音程の幅が一定であり、どの音の間でも同じ音程なら同じ周波数比になる。
- 完全1度(ユニゾン)と完全8度(オクターヴ)を除いて純正な音程は存在しない。特に3度音程の誤差が大きいことがしばしば問題となる。
- 調律し直すことなく自由に転調、移調ができる。
- 不等分な音律に由来する個々の調の性格の特異性は生じない。
- ギターなどのフレット式弦楽器との親和性が高い。
楽器の調律において、純正な音程は2つの音を同時に出し倍音のうなりが消えるようにすることで調律できるが、平均律ではユニゾンとオクターヴ以外に純正な音程が存在しないため、鍵盤楽器などの調律は容易ではない。一方、フレット式楽器やモノコードなどでは、幾何的に弦の分割点を設定することで平均律を実現できる。またフレット式楽器では、平均律以外の半音の音程が一定でない音律では、各弦に対するフレット間隔が揃わず、直線のフレットを用いるには不都合である。
| 音程 | 十二平均律での周波数比 | 数値 | 純正音程 | 差 |
|---|---|---|---|---|
| 完全一度 | = 1 |
1.000000 | 1/1 = 1.000000 | 0.00% |
| 短二度 | = ![]() |
1.059463 | 16/15 = 1.066667 | -0.68% |
| 長二度 | = ![]() |
1.122462 | 9/8 = 1.125000 | -0.23% |
| 短三度 | = ![]() |
1.189207 | 6/5 = 1.200000 | -0.91% |
| 長三度 | = ![]() |
1.259921 | 5/4 = 1.250000 | +0.79% |
| 完全四度 | = ![]() |
1.334840 | 4/3 = 1.333333 | +0.11% |
| 減五度 | = ![]() |
1.414214 | 7/5 = 1.400000 | +1.02% |
| 完全五度 | = ![]() |
1.498307 | 3/2 = 1.500000 | -0.11% |
| 短六度 | = ![]() |
1.587401 | 8/5 = 1.600000 | -0.79% |
| 長六度 | = ![]() |
1.681793 | 5/3 = 1.666667 | +0.90% |
| 短七度 | = ![]() |
1.781797 | 16/9 = 1.777778 | +0.23% |
| 長七度 | = ![]() |
1.887749 | 15/8 = 1.875000 | +0.68% |
| 完全八度 | = 2 |
2.000000 | 2/1 = 2.000000 | 0.00% |
歴史 [編集]
中国では平均律の計算は漢代から論ぜられており、南北朝の宋の元嘉24年(447年)ころに、何承天(370年 - 447年)が平均律に近いものを算出している。明の万暦24年(1596年)には、朱載堉(1536年 - 1610年)が『律呂精義』(1584年)において、古代からの十二律に用いられた三分損益法(ピタゴラス音律)を補正して平均化するという発想から現在の平均律と同様のものに到達したが、実用化はされなかった。
朱載堉の計算方法は、まずオクターヴを平方根で2等分して増4度/減5度(3全音)を得、次いでそれを平方根で2等分して短3度(1全音と半音)を得、最後にこれを立方根で3等分して短2度(半音)を得るものだった。つまり2の十二乗根と同じものである。また朱載堉はオクターヴを9尺:4.5尺とした管長で平均律の各音を求めたが、その誤差は±0.3セント未満と、後述のステヴィン(1585年)よりも高い精度を得ている。もちろん誤差とは小数点以下を何桁まで計算するかというだけの問題であり、実質は現代の平均律と同じことである。
日本では和算家の中根元圭が「律原発揮(元禄5年、1692年)」において、1オクターヴを12乗根に開き平均律を作る方法を発表した。
インドでははっきりしないが、カルナータカ音楽(南インド古典音楽)の世界における17世紀の理論家ヴェーンカタマキーの72メーラカルタ理論は、オクターヴを12半音に分ける考え方をとっている。
ヨーロッパではまずアリストクセノス(前4世紀ごろ)が数比に依拠するピュタゴラス派の音楽理論を批判して、音律は聴覚によって判断されなければならないとし、全音を12等分してテトラコルドの分割を説明した(12等分したのは、半音、4分音と3分音を記述するためだったと推定される)。アリストクセノスはオクターヴを12等分するという意味での平均律は記述していないが、感覚的に「全音は半音2つ、全音2つと半音ひとつで完全4度」と規定した点は平均律の発想の祖といってよい。
朱載堉に次いで平均律を2の12乗根として西洋で最初に数学的に記述したのはシモン・ステヴィン(1585年)で、彼はオクターヴを10000:5000として整数比で平均律を記述した。ステヴィンの平均律の理論値からの誤差は±0.43セント未満である。後にマラン・メルセンヌ(1588年 - 1648年)は Harmonie universelle (1636年)においてオクターヴを2000000:1000000として、ほぼ完璧に平均律を記述した(従来はこのメルセンヌをもって平均律が確立されたとすることが多かった)。
リュートやギター、ヴィオラ・ダ・ガンバなどのフレット式の弦楽器においては16世紀には平均律が一般的に使用されていた可能性が高い[1]。 マルティン・アグリコラはMusica instrumentalis deudsch (1545年)で「リュート奏者やヴィオラ・ダ・ガンバ奏者の大多数は、全てのフレットを等しくする……それぞれのフレットは小半音となる」と述べている[2]。 ヴィンチェンツォ・ガリレイは『新旧音楽の対話』(1581年)の中で、半音を18:17(約99セント)とするフレット装置法を記しており、これによって実用的に十分な精度で平均律によるフレットの位置決めが可能である。また彼はリュートの音律は鍵盤楽器とは異なるとして、不均一なフレットで大小の半音を得たり、補助フレットを追加したりすることを批判している[3]。 ホアン・カルロス・アマートのギター教本『ギターラ・エスパニョーラ』(1596年)では、24のすべての調の三和音の奏し方が左手の指の押さえ方を示す図表を用いて記されており、それらに番号を振ることで任意の調における一定の和音の進行が一覧表にして示されている。また中全音律で調律されていたであろう鍵盤楽器との合奏における、音律の不一致による問題は16世紀中葉から報告されている[4]。
鍵盤楽器においても、17世紀初頭には一定の精度で、また一定の範囲で平均律が実用化されていたと主張する専門家もおり、フレスコバルディ(1583年 - 1643年)、フローベルガー(1616年 - 1667年)がすでに平均律を使用していたという説もある (Lindley 1980)。ジャン=フィリップ・ラモーは『和声の生成』(1737年)において平均律を推奨し、「任意のキーを決め、そこから正確な五度を調律し、それをほんのわずか狭くする。こうしてある五度から別の五度へ低い方から高い方へ最後の五度まで行なう」という形で実践的な調律法を述べている。ダニエル・ゴットロープ・テュルクの『クラヴィーア教本』(1789年)の記述によれば、ヨハン・フィリップ・キルンベルガーが『純正作曲の技法』(1771~79年)の中で、平均律は必ずしも有益ではないとして、自身の考案した不均等律(キルンベルガー第二法)を推奨した当時には、既に平均律がほぼ一般的に受け入れられていた。
しばしば議論の対象となるヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685年 - 1750年)の『平均律クラヴィーア曲集』(独原題 Das Wohltemperirte Clavier )については、かつてはバッハが平均律を用いれば、オクターヴの12の音を主音とする24の長短調で作曲できることを示したものとされていた。その後、20世紀後半に古楽研究が進むにつれて中全音律をはじめとする古典調律への関心が高まり、Wohltemperirteとは『よく調整された音律』という意味であり、必ずしも平均律を意味するものではなく、むしろバッハが意図したのはヴェルクマイスターの調律法のような、全ての調が演奏可能な不等分律である、という考えが一般的となった。しかしバッハが平均律を用いていた可能性も依然として否定はできない。
現在、その他の楽器では、マリンバなどの有鍵打楽器も平均律に近い調律がなされている。また、電子オルガン、シンセサイザーなどの電子鍵盤楽器も平均律を基準にしているものが多い。ただし、近年、古典調律、さらには自由な調律法に変更可能な機能を持つものが増えている。また、声楽はもちろんヴァイオリンなどのフレットの無い弦楽器や、金管楽器などでは、演奏時に奏者の様々な微調節が行われ、フレーズに応じた音律がその都度選択されることが多い。ギターなどフレットを備えた弦楽器や、音孔を備えた木管楽器でも弦の押さえ方等奏法上の工夫である程度の調節がきく。
平均律は半音階の全ての音を均等に扱えることから無調の音楽や十二音技法に適すると考えられ、これらの音楽は平均律で演奏される事が多い。一方、古典的なローマ数字による和声法やポピュラー音楽のコードネーム・コード進行による和声理論と平均律の普及との間には因果関係は無く、様々な調律法による演奏が試みられている。
批判 [編集]
十二平均律に対しては、以下のような批判がある。
- ジャン=ジャック・ルソーはその著作『近代音楽論究[5]』で十二平均律を批判している。
- グスタフ・マーラーは、ミーントーンの調律がされなくなったことは西洋音楽にとって大きな損失だと嘆いた。
- フランツ・ヴュルナーは、1875年に発表した『コールユーブンゲン』の序文において、本作の練習の際には初めは楽器を用いずに行い、最後に伴奏を付けるべきであるがその際には平均律によるピアノを用いてはならないと戒め、「平均律によるピアノを頼りにしては、正しい音程は望めない」と批判している。
- マックス・ヴェーバーは『音楽社会学[6][7][8]』(1910年頃)で、ピアノで音感訓練を行なうようになった事で精微な聴覚が得られないことは明らかだと記述した。
- ハリー・パーチ、ルー・ハリソン、ラ・モンテ・ヤングなど、現代音楽で十二平均律を使用しない試みがなされている。
批判に対する反論 [編集]
平均律による音響が美しくないという批判に対しては反論もある。まず、和音の各音の周波数比が単純ならば和音が美しいということに根拠はない。4:5:6や10:12:15の周波数比から、平均律程度にずれたことによって、それを美しくないと感じるかどうかを断定はできない。また、もしずれることが美しくないならば、ヴィブラートが用いられることを説明できない。 さらには、たとえばピアノの場合、平均律に調律することによって、単純な周波数比からいくらかずれ、それによってうなりが生じる。それが程良いヴィブラートに感ずるとする論もある。
その他の平均律 [編集]
平均律は、1オクターヴを12等分する十二平均律のみが存在するわけではない。
ガムランで用いられるスレンドロは一種の5平均律である。東アフリカのウガンダで用いられる木琴も5平均律に調律されている。 タイ王国古典音楽で用いられる木琴ラナート・エークは7平均律に調律される。これは西洋音楽で言うところの、いわゆる移調の便宜をはかったためにこうなったものである。また、東南アフリカのモザンビークのチョピ族の木琴も7平均律に調律されている。
理論的追求から、1オクターヴを12等分するよりもさらに微細な分割をする様々な平均律も作られている。ボーザンケット(R.H.M.Bosanquet)は1876年に53平均律を用いて1オクターヴに53の鍵盤を持つ楽器を発表したが演奏が困難で実用されたとは言い難い。 現在のトルコ古典音楽では、8:9の音程比の全音つまり約203.910セントの音程を9等分する、という音程を最小の音程として使う。約203.910セントの全音を9等分した音程は約22.6セント、53平均律の1律は約22.642セントであり、これは事実上53平均律にかなり近い。
十二平均律以外の平均律は現代音楽でしばしば用いられている。
- 15平均律(en:15 equal temperament)
- 17平均律(en:17 equal temperament)
- 19平均律(en:19 equal temperament)
- 22平均律(en:22 equal temperament)
- 31平均律(en:31 equal temperament)
- 34平均律(en:34 equal temperament)
- 41平均律(en:41 equal temperament)
- 53平均律(en:53 equal temperament)
- 72平均律(en:72 equal temperament)
脚注 [編集]
- ^ ディエゴ・オルティス 『オルティス変奏論 16世紀ディミニューション技法の手引き書』 平尾 雅子(編集, 翻訳)、濱田 滋郎(監修)、アルテスパブリッシング、2010年、ISBN 978-4903951263。
- ^ Mark Lindley, Lutes, viols, and temperaments, Cambridge University Press, 1984, p. 22.
- ^ Vincenzo Galilei (1584) 『フロニモ - リュートの賢者 - 』 菊池賞訳、水戸茂雄監修、東京コレギウム、2009年。
- ^ ハーヴェイ・ターンブル 『ギター - ルネサンスから現代まで』 浜田滋郎(翻訳)、音楽之友社、1985年。
- ^
Jean-Jacques Rousseau: Dissertation sur la musique moderne - ウィキソース - ^ Die rationalen und soziologischen Grundlagen der Musik (1921)
- ^ Die rationalen und soziologischen Grundlagen der Musik - Google ブックス
- ^ Die rationalen und soziologischen Grundlagen der Musik - Google ブックス
参考文献 [編集]
- Keller, H. Die Klavierwerke Bachs ein Beitrag zu Geschichte, Form, Deutung und Wedergabe. Leipzig: 1950.(邦訳:ヘルマン・ケラー 『バッハのクラヴィーア作品』 音楽之友社、1972年)。
- Lindley, Mark. "Temperaments." The New Grove Dictionary of Music and Musicians. vol. 18, 1980. pp. 660-674.
- ヨハン・フィリップ・キルンベルガー 『純正作曲の技法』 東川 清一訳、春秋社、2007年、ISBN 978-4393930229。
- ダニエル・ゴットロープ・テュルク 『クラヴィーア教本』 東川 清一訳、春秋社、2000年、ISBN 978-4393930137。
- 平凡社 『音楽大事典』 「音律」項、小泉文夫、岸辺成雄、平野健次による執筆部分、白砂昭一による音律表、「インド」項、的場裕子による執筆部分、1983年。
- 平島達司 『ゼロ・ビートの再発見』 ショパン、1983年、ISBN 4883641783。
- 藤枝守 『響きの考古学 ―音律の世界史 はじめて音楽と出会う本』 音楽之友社、1998年、ISBN 427633084x。
- 山本建郎 『アリストクセノス『ハルモニア原論』の研究』 東海大学出版会、2001年。
= 1
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