大久保伸隆
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大久保伸隆(おおくぼ のぶたか、1974年9月24日 - )は、東京都生まれ、千葉県流山市育ちの歌手である。血液型B型。
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[編集] 来歴
- 高校二年の時に友人の兄が所有していたアコースティックギターに惚れ、早速借りて持ち帰り毎日練習を繰り返していた。
- 1996年、Something ELseのリードヴォーカリストとしてデビュー。以後10年間に渡ってCDリリース、ライブ活動を行う。バンド活動中の2004年には本名の「大久保伸隆」名義でシングル「想(SOU)」とアルバム「響(HIBIKI)」の2枚を発表している。2006年、10月22日、Something ELse解散。
- 2007年3月20日、自身の公式ホームページ上でソロユニット「Sunnyglider#」として活動することが発表された。一時は歌を辞めるのを考えるほど思い悩んだことが切々と綴られていたが、歌へのまっすぐな情熱は変わらなかったようである。(現在、サーバー移転によりメッセージを読むことはできない)
- 2008年、2月9日にSunnyglider#として初となるシングル「あの日にずっと/グライダー」をLive会場で先行発売。2月16日より通信販売が開始された。現在オフィシャルサイトでの購入ができない状態となっている。(以前所属していた事務所との間に何らかの取り決めがあった模様)
- 2008年5月10日~12日にかけて、ソロユニット名の改称を発表した。「Sunny-G」となり、読みは以前と同様、「サニーグライダー」である。
- 2009年1月1日、所属事務所をDIGITAL STREETに移籍し、本名の「大久保伸隆」で再始動することを発表。ソロ活動を開始して以降継続していたワンマンLiveと同名のフルアルバム「Flight Night Party」を2月20日にリリースした。
- 2009年11月11日、自身のブログで入籍したことを報告した。相手は一般女性で、非公表となっている。
[編集] エピソード
- 音楽に興味を持ったのは小学校5年生の頃、母親が聞いていたラジオ番組から流れてきたスティーヴィー・ワンダーの「I Just To Say I Love You」が最初である。美しいボーカルとメロディーに惚れ込み、即座に『これ、録音して!』と頼んだ。現在ではCDを購入して聴けるようになったが、当時は途中からしか入っていない同曲を聴いては口ずさんでいた。
- 小学生時代から空手を始め、高校でも空手部で副主将として活躍。格闘技全般が好きで、中でも故・アンディ・フグを敬愛している。
- 最初に買った音楽作品はカセットテープで、聖飢魔IIの「蝋人形の館」であることをデーモン小暮閣下本人の前で発言している。
- ハイエンドオーディオ、カメラに関しては強いこだわりがある。
- Macを駆使してTシャツのグッズデザインを手掛ける。
- 直木賞作家でもある、重松清の作品が好きと公言しているが、とあるキッカケから、メールのやり取りをするなどの交流が続いている。アルバム「FlightNightParty」の重松清からの感想コメントもオフィシャルHPに掲載されている。
[編集] 音楽活動
- 2ヶ月に一度のペースで『Flight Night Party』と題したワンマンライブを都内近郊で開催している。ライブが行われる毎に新曲を発表している。
- 基本的に作詞は担当するが、作曲に関しては広沢タダシ等、親しいミュージシャンに依頼することが多い。
[編集] 愛用しているギター
- Gibson/Dove(1968)
- Gibson/J-45(1967)
- VG/03-C(1998)
- Cole clark/FL1A Spruce QueenslandMaple
※他にも所有しているが、現在ライブでの使用が確認されているもののみ掲載する。
[編集] 作品
[編集] 大久保伸隆名義
[編集] シングル
[編集] アルバム
-
- Flight Night Party(2009年2月20日)
- Feeling
- ライムライト
- サイン
- 秋風
- あの日にずっと(acoustic ver.)
- 夏ヶ丘
- シール
- グライダー(acoustic ver.)
- 1-2-3
- ワンシーン
-
- Flight Night Party2(2011年12月9日)
- try
- passage
- スピード
- 紫陽花
- 雪解け
- ひかり
- 途中
- ストローク
- 終わりゆく色、始まりゆく色
- 流星群