誓願寺
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| 誓願寺 | |
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誓願寺 |
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| 所在地 | 京都府京都市中京区新京極通三条下ル桜之町453番地 |
| 山号 | なし |
| 宗派 | 浄土宗西山深草派 |
| 寺格 | 総本山 |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 創建年 | 天智天皇6年(667年) |
| 開基 | 恵隠、天智天皇(勅願) |
| 札所等 | 洛陽三十三観音霊場2番 洛陽六阿弥陀霊場6番 新西国三十三観音霊場15番 法然上人二十五霊場20番 西山上人十六霊場9番 真盛上人二十五霊場6番 |
| 文化財 | 絹本著色誓願寺縁起 3幅、木造毘沙門天立像(重要文化財) |
誓願寺(せいがんじ)は、京都市中京区新京極通にある寺院。浄土宗西山深草派の総本山である。本尊は阿弥陀如来、依拠の経典は浄土三部経である。
目次 |
[編集] 概要
天智天皇6年(667年)、天皇の勅願により奈良に創建。平安遷都後、西山上人証空の弟子円空(1213年-1284年)が京都の深草に寺を建て布教したのが始まりである。日本各地に無住の寺を含めて400か寺余りの末寺がある。愛知県の三河地方を中心に四国や兵庫、京都に多くの末寺が存在している。歴代の管長は三河地方から多く出ている。本寺のある場所は京都の中心街である新京極にある。御所に近いことから朝廷との交流も多く見られた。能の曲目に『誓願寺』があるが、この本山のことを指している。天明、弘化、元治年間に三度大火に罹り、さらに明治維新とそれに続く廃仏毀釈で寺地を公収され境内は狭隘となったが、扇の塚のある寺として芸能関係にはよく知られた寺である。説教から発達した講談、落語、漫才などの芸人の成就を祈願する寺として知られている。また、落語発祥の寺とも言われている。今でも関西地方の芸人たちがこの寺で練習会を営んでいる。戦前は西山三派と言われている深草派(誓願寺)、禅林寺派(禅林寺、通称永観堂)、光明寺派(光明寺)の浄土宗の寺が一緒になって運営されていた時代がある。戦後は、それぞれの派に別れ、独自の布教活動を行っている。浄土宗西山深草派の総本山が誓願寺である。また、三派が一緒に活動していた頃にできた西山専門学校(僧侶育成の専門学校)は戦後に京都西山短期大学と名称が変わり、同宗派三派のリーダーを育てる大学として現在ある。
[編集] 文化財
- 重要文化財
- 絹本著色誓願寺縁起 3幅
- 木造毘沙門天立像 - 平安時代。像高91.5cm。京都国立博物館に寄託。
[編集] 前後の札所
- 新西国三十三箇所
- 14 神峯山寺 -- 15 誓願寺 -- 16 千本釈迦堂
- 洛陽三十三所観音霊場
- 1 頂法寺 -- 2 誓願寺 -- 3護浄院
- 法然上人二十五霊跡
- 19 法然寺 -- 20 誓願寺 -- 21勝林院