茨城県民の歌

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茨城県民の歌(いばらきけんみんのうた)は、茨城県県民歌である。4分の4拍子。ト長調

目次

[編集] 概要

  • 1946年(昭和21年) GHQが都道府県民歌の制定を奨励
  • 1962年(昭和37年) 茨城県議会、本県民歌の作詞、作曲の一般公募を広報誌、新聞でよびかける。
  • 1963年(昭和38年) 作詞447編、作曲101篇の中から各1篇選ばれる。
  • 1963年(昭和38年)3月16日 茨城会館で発表される。

[編集] 3番の歌詞

作詞当時の世相を反映し、3番では当時県内への立地が進んでいた原子力鹿島開発が歌われたが、1999年に日本最悪の原子力事故である東海村JCO臨界事故が発生して以降、また「寄せる新潮」が2011年の東日本大震災に因る津波を思い出させるなど、現在に至るまで3番を省略して歌うことが多い。[要出典]

[編集] サッカーの応援への使用

Jリーグ水戸ホーリーホックのサポーターは鹿島アントラーズとの茨城ダービーの際にのみ、この茨城県民歌1番を試合前に歌う。 なお、鹿島アントラーズのサポーターは歌うことはない。

[編集] 外部リンク

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