興臨院

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興臨院
興臨院.JPG
方丈前庭
所在地 京都府京都市北区紫野大徳寺町80
位置 北緯35度2分33.11秒
東経135度44分43.98秒
宗派 臨済宗大徳寺派
寺格 大徳寺塔頭
創建年 大永年間(1521年1528年
開基 畠山義総
文化財 本堂、表門、唐門(重要文化財)
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涵虚亭(かんきょてい)

興臨院(こうりんいん)は京都府京都市北区紫野にある、臨済宗大本山大徳寺塔頭(たっちゅう)である。通常は公開されていない。

目次

[編集] 歴史

大永年間(1521年1528年)に能登の畠山義総仏智大通禅師を開祖として建立、以来畠山家菩提寺となる。その後、畠山家が没落するが天正9年(1581年)に加賀百万石の基礎を築いた前田利家により改修が行われ、前田家の菩提寺となり庇護される。

[編集] 建造物

[編集] 本堂

室町時代方丈建築様式の特徴をみせる入母屋造・檜皮葺の建物で、床の間は日本で最初のものであるといわれる。 また、かつて狩野元信土佐光信などの障壁画を飾っていたとされるが幕末から明治維新の混乱期に失われた。 全20面ある襖絵は、福岡県久留米市の水墨画家、村石米齋によって執筆された。

[編集] 玄関(唐門)

唐破風屋根が付いた桧皮葺の門で、室町時代の禅宗建築様式の特徴がみられる。

[編集] 表門

檜皮葺の平唐門で、大徳寺でも古い門のひとつに数えられる。

[編集] 涵虚亭(かんきょてい)

蘇東坡(そとうば)の詩から名付けられた古田織部(ふるたおりべ)好みの四畳台目に隅板を加えた茶室で、床の間は袖壁が出ているために洞の様に見える事から洞床(ほらどこ)と呼ばれている。

[編集] 文化財

[編集] 重要文化財

  • 本堂(方丈) 附玄関,旧桟唐戸格狭間2組,旧鴨居引付用鎌、旧敷居
  • 表門
  • 椿尾長鳥模様堆朱盆

[編集] 庭園

[編集] 方丈前庭

方丈の解体修理完成時に資料を基にして復元されたもので、理想的な蓬萊世界を表したものという。

[編集] アクセス

JR京都駅より京都市バス・大徳寺前(約30分)下車、徒歩

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