第8SS騎兵師団

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第8SS騎兵師団
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第8SS騎兵師団章
創設 1942年
廃止 1945年2月
所属政体 ナチス・ドイツ
所属組織 武装親衛隊
部隊編制単位 師団
兵種/任務/特性 騎兵
所在地 ブリヤンスク-バルカン半島-ブダペスト
愛称 フロリアン・ガイエル
主な戦歴 第二次世界大戦
(ワルシャワ・ゲットー蜂起)
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第8SS騎兵師団 フロリアン・ガイエル(だいはちSSきへいしだん、独:8.SS-Kavallerie-Division Florian Geyer)は、武装親衛隊の38個ある師団のひとつ。

師団名は16世紀ドイツ農民戦争でSchwarzer Haufen(黒軍)を率いたフランケン貴族のフロリアン・ガイエル(1490-1525)にちなんで名付けられた。 師団は1942年にWaffen-SS騎兵旅団を基に編制された。人員のおよそ40%はルーマニアセルビアドイツ系住民である。 東部戦線のブリャンスク等での戦闘、またバルカン半島での戦闘を経験。1944年10月にはハンガリーデブレツェンでの防衛戦にも従事するが、1944年12月ブダペストでソ連軍に包囲されて激しい市街戦の末、1945年2月に壊滅した。

略歴[編集]

  • 1943年 4月 師団の訓練予備大隊がワルシャワ蜂起に巻き込まれ、鎮圧部隊に組み入れられた。
  • 1944年 4月 新しく創設される第22SS義勇騎兵師団の基幹要員として師団の第17騎兵連隊が抽出された。
  • 1944年10月 第29軍団に配属され、ルーマニア国境に近いハンガリーのデブレツェンの戦いに参加。その後、第9SS山岳軍団に配属となり、ブダペスト防衛につく。
  • 1944年12月 ブダペストでソ連軍に包囲される。
  • 1945年 2月 第9SS山岳軍団長カール・プフェッファー・ヴィルデンブルッフde:Karl Pfeffer-Wildenbruch)は総統の死守命令に盲従し続けたため脱出の好機を逸する。2月13日以降に脱出を試みた2000名の内、友軍戦線にたどり着いたのは700名余り、SSで脱出に成功したのは170名余り。2月14日、ブダペストは陥落し、師団は壊滅した。

なお、師団の残余は第22SS義勇騎兵師団残余の兵員と伴に第37SS義勇騎兵師団に組み入れられた。

師団長[編集]