真岡町

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真岡町
廃止日 1949年6月1日
廃止理由 国家行政組織法の施行のため
現在の自治体 なし
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 樺太地方
都道府県 樺太庁 真岡支庁
真岡郡
団体コード -
総人口 19,193
(1941年12月1日)
隣接自治体 広地村清水村蘭泊村
真岡町役場
所在地 樺太庁真岡郡真岡町本町1丁目
特記事項 1949年6月1日、国家行政組織法の施行により消滅。
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真岡の街並み。
真岡港の様子。

真岡町(まおかちょう)は、日本の領有下において樺太(南樺太)に存在したである。現在はロシア連邦がサハリン州ホルムスクとして実効支配している。

目次

[編集] 概要

真岡郡広地村蘭泊村清水村に隣接し、恵須取町と並ぶ樺太西海岸の中心都市であった。大規模な港湾施設が存在し、日本最北の不凍港とも呼ばれていた。1941年当時の人口は19193人である。

暖流である対馬海流の影響により、比較的温暖な気候であった。

[編集] 沿革

[編集] ソビエト連邦による占領

1945年8月20日、ソ連軍が艦砲射撃を行って侵攻した時に、真岡郵便局電話交換手の女性12名のうち9名が自殺(自決)し、3名が生還した真岡郵便電信局事件でも有名である。北海道稚内市稚内公園にある「九人の乙女の像」はこの事件の犠牲者九人を慰霊するものである。ソ連軍の真岡進攻に際しては、清水村瑞穂において日本人による樺太朝鮮人虐殺事件が起こったとの説もある。

熊笹峠宝台ループ線を舞台に日ソ両軍が激戦を交えた。

樺太からの引揚船は真岡港から出港し、北方領土を含むソ連占領地域の住民28万人余りがここから日本内地)へ向かった。

当該地域の領有権に関する詳細は樺太の項目を、現状に関してはホルムスクおよびサハリン州の項目を参照。

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[編集] 関連項目

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