真岡町
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
真岡町(まおかちょう)は、日本の領有下において樺太(南樺太)に存在した町である。現在はロシア連邦がサハリン州ホルムスクとして実効支配している。
目次 |
[編集] 概要
真岡郡広地村、蘭泊村、清水村に隣接し、恵須取町と並ぶ樺太西海岸の中心都市であった。大規模な港湾施設が存在し、日本最北の不凍港とも呼ばれていた。1941年当時の人口は19193人である。
[編集] 沿革
- 1908年 - 内務省告示により、真岡の読みをまうかからまをかに改称
- 1915年 - 「樺太ノ郡町村編制ニ関スル件」施行により、真岡支庁に真岡郡真岡町設置
- 1929年 - 樺太町村制施行および拓務省告示により、一級町村に指定
- 1945年 - ソ連軍が侵攻し、以降ソ連の支配下に置かれる
- 1949年6月1日 - 国家行政組織法の施行をもって法制上消滅。
[編集] ソビエト連邦による占領
1945年8月20日、ソ連軍が艦砲射撃を行って侵攻した時に、真岡郵便局電話交換手の女性12名のうち9名が自殺(自決)し、3名が生還した真岡郵便電信局事件でも有名である。北海道稚内市の稚内公園にある「九人の乙女の像」はこの事件の犠牲者九人を慰霊するものである。ソ連軍の真岡進攻に際しては、清水村瑞穂における日本人による樺太朝鮮人虐殺事件も起こっている。
樺太からの引揚船は真岡港から出港し、北方領土を含むソ連占領地域の住民28万人余りがここから日本(内地)へ向かった。
当該地域の領有権に関する詳細は樺太の項目を、現状に関してはホルムスクおよびサハリン州の項目を参照。
[編集] 出身有名人
[編集] 関連項目
- 消滅した日本の市町村の一覧
- 九人の乙女の像
- 真岡郵便電信局事件
- 『樺太1945年夏 氷雪の門』(映画)
- 『霧の火 樺太・真岡郵便局に散った九人の乙女たち』(テレビドラマ)
- ソ連対日参戦
|
|||||||||||

