白ニョン島
座標: 北緯37度58分12秒 東経124度43分10秒 / 北緯37.97000度 東経124.71944度
| 本来の表記は「白翎島」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。 |
| 現地名: 백령도 | |
|---|---|
| 地理 | |
| 場所 | 黄海 |
| 座標 | 北緯37度58分東経124度39分 |
| 面積 | 46.37 km2 (17.904 sq mi) |
| 最高標高 | 184 m (604 ft) |
| 国 | |
| 広域市 | 仁川広域市 |
| 郡 | 甕津郡 |
| 面 | 白翎面 |
| 住民 | |
| 人口 | 4,716 (2006現在) |
| 白翎島 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 백령도 |
| 漢字: | 白翎島 |
| 発音: | ペンニョンド |
| 日本語読み: | はくれいとう |
| 文化観光部2000年式: | Baengnyeong-do |
白翎島(ペンニョンド)は、朝鮮半島の西、黄海上に浮かぶ島である。長山串の南17km、仁川広域市中心部から西へ193km離れた場所にあるこの島は大韓民国(韓国)の施政下にあり、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と間近に対峙している。読みについて、日本では「ペクリョンド」「ペンリョンド」と表記されることもある。
目次 |
地理 [編集]
黄海上にあって韓国の施政下にある「西海五島」(白翎島、大青島、小青島、大延坪島、小延坪島)の一つである。行政上は仁川広域市甕津郡白翎面に属する。韓国政府統治範囲の最西端にあたる。
北に朝鮮半島本土の長山串、東に甕津半島がある。最も近い島は東北11kmに浮かぶ月乃島である。肉眼で見えるこれらの土地は北朝鮮の統治範囲(黄海南道)であり、白翎島との間の海域には韓国の北方限界線(NLL) が走っている。一方、北朝鮮はNLLを認めておらず、1999年に独自の「海上軍事境界線」を白翎島の南方に設定したため、この海域の主権をめぐって南北が争っており、2010年には白翎島西南海域で天安沈没事件が発生している。ただし、北朝鮮は白翎島と韓国本土との間の船舶の通航のみは認めている[1]。このように韓国にとっては北朝鮮との最前線となる島であるため、住民とほぼ同数の4000人規模の海兵隊第6旅団が配備されている。
島の南方沖には、韓国の統治下にある大青島と小青島がある。
付近の海は朝鮮と中国を結ぶ海上交通の要衝であり、同時に難所としても知られた。パンソリなどで有名な伝説「沈清伝」(シムチョンジョン)の舞台でもある。
島には奇岩など自然が多く残されている。野生のゴマフアザラシの生息地があるが、絶滅の危機に瀕している。このほか、カラシラサギなどが生息している。
産業は農漁業(第一次産業)に依存している。
歴史 [編集]
高句麗時代には鵠島と呼ばれ、高麗時代の1018年に白翎鎮が置かれた。1896年、大青島・小青島とともに黄海道長淵郡に属した。
1945年8月に日本が降伏した後、朝鮮は北緯38度線を境界線にして北はソ連軍(赤軍)、南はアメリカ軍が占領したが、黄海道の南海岸や甕津半島、その南沖の白翎島などの離島は38度線以南であったためにアメリカ軍の占領下に置かれ、京畿道甕津郡として再編された。朝鮮戦争の後、甕津半島はすべて北朝鮮領となったが、その南沖に点在する白翎島・大青島・小青島、および延坪島(ヨンピョンド)などは韓国領にとどまり、1995年に仁川広域市に編入された。
現在は、島全域で仁川広域市甕津郡白翎面を構成する。
交通 [編集]
島外からのアクセスでは、島と仁川広域市とを結ぶ定期高速艇(所要時間4時間~4時間半)が1日1、2回仁川港から出ているが、白翎島周辺の気象や天候は1年を通して荒れることが多いため、定期的に出港する事は稀である。島への航路は北朝鮮に近い事もあり、運行には護衛艦が就く事がほとんどである。
また、島内の移動手段にはタクシーや路線バスがあるが利用価値は低い。
主な観光地・名所 [編集]
註 [編集]
- ^ 「NLL(北方限界線)と北朝鮮の主張する軍事境界線」、『防衛白書』(平成13年版)図表