熊牛原野

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熊牛原野(くまうしげんや)は、北海道釧路支庁管内の川上郡にある地名である。現在の川上郡標茶町と、川上郡弟子屈町にまたがり、両町に熊牛原野の名がある。

概要[編集]

広大な酪農地帯と丘からなる地で、国道391号釧網本線が南北に通り、車窓からは酪農家の飼育する牛が多く見られる。国道東側には小高い丘が横に連なる。

両町にまたがる一帯には牧場や農地が点在している。その他、標茶町側は磯分内駅周辺に、酪農関係の大規模な工場や出荷基地があり、民家や商店、飲食店も集まり、小学校や郵便局もある小規模な市街地が形成されている。磯分内駅周辺より南側も、国道391号沿道に飲食店や民家が少数点在している。弟子屈町側は、牧場等がまばらに点在するほかは、ペンションが数軒ある。

1885年に現在の塘路に熊牛村外四ヶ村戸長役場が置かれ、1923年に現在の標茶町区域が熊牛村となった。弟子屈町によれば、熊牛原野は、1888年に入植した更科治郎が1904年に農家として初めて酪農を始めた地であり、以来町内に酪農が広まったという[1]

地名の由来[編集]

アイヌ語で「物干し棚・多くある・処」を意味する「クマウㇱイ(kuma-us-i)[2]」に由来し、アイヌ語研究者の山田秀三は「魚が多く捕れた処なので魚乾しの棚が多く並んでいた処であろう[2]」と推察している。熊牛という地名は、ほかに釧路管内浜中町十勝管内清水町など道内各地に見られる[2]

施設[編集]

標茶町

弟子屈町

出身著名人[編集]

関連図書[編集]

  • 「釧路国川上郡熊牛原野区画図」
  • 「熊牛原野 北海道の荒野に敗れるまで」 更科源蔵

脚注[編集]

  1. ^ 「弟子屈町の概要」http://www.town.teshikaga.hokkaido.jp/teshikaga/gaiyou/gaiyou_data.html
  2. ^ a b c 山田秀三 (2018-11-30). 北海道の地名. アイヌ語地名の研究 別巻 (2 ed.). 浦安市: 草風館. pp. 272-273. ISBN 978-4-88323-114-0 

関連項目[編集]