梅田駅

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梅田駅
1985年当時の大阪駅・梅田駅付近航空写真。右上が阪急梅田駅、左上は旧梅田貨物駅。画面下は大阪駅。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
1985年当時の大阪駅・梅田駅付近航空写真。右上が阪急梅田駅、左上は旧梅田貨物駅。画面下は大阪駅国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
うめだ - Umeda
所在地 大阪市北区
所属事業者 阪神電気鉄道駅詳細
阪急電鉄駅詳細
大阪市交通局駅詳細
乗換 大阪駅JR東海道本線環状線福知山線
北新地駅JR東西線
西梅田駅地下鉄四つ橋線
東梅田駅地下鉄谷町線

梅田駅(うめだえき)は、大阪府大阪市北区にある、阪神電気鉄道阪急電鉄大阪市交通局大阪市営地下鉄)のである。

概要[編集]

各鉄道事業者の梅田駅は、それぞれ離れた場所に別々の駅舎を持つそれぞれ独立した駅であるが、地下街などを介して相互に乗換え可能である。また、西日本旅客鉄道(JR西日本)の大阪駅北新地駅、大阪市営地下鉄の東梅田駅西梅田駅とは、事実上の同一駅としてキタ梅田ターミナルとして機能している。

各梅田駅は、大阪駅を中心とすると、北東に阪急の梅田駅、東に地下鉄の梅田駅、南に阪神の梅田駅に位置し、そして北西にJR貨物の梅田駅が存在していた。また、地下鉄梅田駅の東に東梅田駅、阪神梅田駅の西に西梅田駅、阪神梅田駅の南に北新地駅がある。

乗り入れ路線[編集]

その他、以下の駅とも乗り換えが可能である。

以下は開業順に説明する。

阪神電気鉄道[編集]

阪神 梅田駅
阪神・梅田駅と阪神百貨店・ホームは歩道橋より西側(右方向)の道路の地下2階にある。
阪神・梅田駅と阪神百貨店・ホームは歩道橋より西側(右方向)の道路の地下2階にある。
うめだ - Umeda
(1.1km) 福島 HS 02►
所在地 大阪市北区梅田三丁目
駅番号 HS 01
所属事業者 阪神電気鉄道
所属路線 本線
キロ程 0.0km(梅田起点)
駅構造 地下駅
ホーム 5面4線
乗降人員
-統計年度-
165,032人/日
-2012年-
開業年月日 1906年明治39年)12月21日

所在地は大阪府大阪市北区梅田三丁目。

駅構造[編集]

頭端式ホーム5面4線を有する地下駅で、プラットホームはJR大阪駅と阪神百貨店間の道路(幅員約30メートル)の地下2階にある。改札口はホーム車止め側の東改札のほか、地下1階には西改札がある。

のりば[編集]

本線 甲子園神戸三宮明石姫路方面
ホーム 発着列車 備考
  1番線降車用ホーム  
1 直通特急・直通特急・特急 通常は直通特急初発(6:00発)とラッシュ時のみ使用
日中は主に臨時列車の発着に使用されるが、稀に定期列車の発着もある
2 直通特急・直通特急・特急  
2・3番線降車用ホーム  
3 直通特急・急行・区間急行 直通特急は6:25発のみ使用
4 普通  
4番線降車用ホーム  

ホームは北側から1番線降車用(片面)、1・2番線乗車用、2・3番線降車用、3・4番線乗車用、4番線降車用(片面)の順となっている。なお、3・4番線乗車用ホームのうち、4番線側はコンコースとの階段があるため有効長が5両分しかなく、通常は普通列車(4両編成)の発着に限定して使用されている。例外的に4番線から6両編成の列車が発着する場合は、元町側の先頭車両のうち乗車専用ホーム側はドアカットを行う。

ターミナル駅として高頻度で運行される列車の発着を円滑に行うことを考慮し、複雑な配線を採用していた。現在の配線は以前よりも簡略化されているが、地下駅ゆえの空間的制約によりいまだに複雑な配線となっているため、列車は大きく揺れる。例えば列車が3番線に入線する際、通過する5基の分岐器全てで分岐側に進入するため、列車は何度も大きく揺れる。


阪神梅田駅配線図
阪神梅田駅配線図
本線 : 神戸方面
凡例
出典:[1]。ただしホーム形状は梅田駅構内案内図 (PDF) による。



歴史[編集]

その他[編集]

  • シンセサイザーによる発車メロディ向谷実作曲、2009年までは西浦達雄作曲のものを使用)が流れる。
  • 阪神梅田駅 - 阪神神戸三宮駅間を経路に含む通勤定期券を所持している場合、その定期券で阪急梅田駅、阪急神戸三宮駅でも乗降することができる。逆に、阪急梅田駅 - 阪急神戸三宮駅間を経路に含む通勤定期券(IC定期含む)を所持している場合でも、阪神梅田駅、阪神神戸三宮駅乗降することができる。なお、定期券の券面記載の経路に含まれていない側の途中駅で降りる場合や今津駅での乗り継ぎの場合は別途運賃が必要となる。
  • 阪神本線(武庫川線を含む)- 阪神なんば線の新線区間(九条駅 - 大阪難波駅間)の通勤定期券(大物駅 - 九条駅間を有効区間に含んでいる通勤定期券)を利用する場合、梅田駅でも乗降が可能である。
  • 切符売り場には、往復乗車券専用の自動券売機が設置されている。甲子園球場でイベント(プロ野球公式戦など)が開催される日には梅田駅 - 甲子園駅間の、また尼崎競艇開催時には梅田駅 - 尼崎センタープール前駅間の、十日えびす大祭では梅田駅 - 西宮駅間の往復乗車券が、それぞれ発売される。なおイベントの開催がない時や、イベント開催日でもイベント終了時点では券売機の電源は切られている。
  • 2009年3月20日に阪神なんば線開業に伴う阪神本線のダイヤ改正実施により、梅田発の列車種別は特急、直通特急、急行、区間急行、普通の5つに減少した。区間急行はダイヤ改正時に梅田発の下り列車が新たに設定された。また、尼崎競艇の最寄り駅の尼崎センタープール前駅への急行の臨時停車も休止されており、「急行に乗車の上、尼崎で各駅停車に乗り換え」の張り紙がされている。
  • 2010年3月に駅構内にある全てのLED方式の発車案内板の更新が行われ、種別表示はフルカラーとなった。

隣の駅[編集]

阪神電気鉄道
本線
直通特急特急
梅田駅 (HS 01) - 尼崎駅 (HS 09)
区間特急(上り到着列車のみ)・急行
梅田駅 (HS 01) - 野田駅 (HS 03)
区間急行・普通
梅田駅 (HS 01) - 福島駅 (HS 02)
  • 1949年まで、当駅と福島駅の間に出入橋駅があった。

ギャラリー[編集]

阪急電鉄[編集]

阪急 梅田駅
1号線乗車ホームの改札側から全体を見る
1号線乗車ホームの改札側から全体を見る
うめだ - Umeda
所在地 大阪市北区芝田一丁目1-2
駅番号 HK-01
所属事業者 阪急電鉄
駅構造 高架駅
ホーム 10面9線
乗降人員
-統計年度-
535,905人/日
-2013年-
開業年月日 1910年明治43年)3月10日
乗入路線 3 路線
所属路線 神戸本線
宝塚本線
キロ程 0.0km(梅田起点)
(0.9km) 中津 HK-02 ►
所属路線 京都本線 **
(宝塚本線に乗り入れ)
キロ程 2.4km(十三起点)
(2.4km) 十三 HK-03 ►
備考 * 京都本線ホームは宝塚本線所属
** 京都本線は十三が正式な起点

京都本線・宝塚本線・神戸本線の列車が乗り入れ、終着駅となっている。なお、当駅および中津駅十三駅は神戸本線の所属となっている。所在地は大阪府大阪市北区芝田一丁目1-2。

第1回近畿の駅百選選定駅。

車内放送駅自動放送においては当駅は「大阪梅田」と呼称されることが多い。

駅構造[編集]

頭端式ホーム10面9線を有する高架駅。京都本線(河原町・北千里方面)は1 - 3号線[2]、宝塚本線(宝塚方面)は4 - 6号線、神戸本線(神戸三宮方面)は7 - 9号線をそれぞれ使用する。床面積および10面9線のホーム・線路数は頭端式ホームの鉄道駅としては日本最多である[3]

ホームは阪急ターミナルビル駅ビル)の3階にある。改札口は車止め側の3階改札口のほか、2階南側の2階中央改札口、2階北側の茶屋町口改札口がある。

ホームは東から1号線乗車用(片面)、1・2号線降車用、2・3号線乗車用、3・4号線降車用、4・5号線乗車用、5・6号線降車用、6・7号線乗車用、7・8号線降車用、8・9号線乗車用、9号線降車用(片面)の順になっている。

エレベーターは、コンコース外に1階⇔3階直通が、コンコース内に2階コンコース⇔1号線乗車用が設けられている。また、エスカレーターは、コンコース内では降車用も含め全てのホームに1基ずつ設置されている。

また、後述するが、駅大改良工事の際にホームが大阪環状線・東海道本線の北側に移転し、他線との乗換えが不便になったため、日本で初めて(1967年設置)の動く歩道が一階コンコースに設けられている。

自動改札機は、東芝製が設置されている。

のりば
ホーム 路線 発着列車 行先
1 京都本線 特急・普通 京都(河原町)・烏丸北千里淡路十三嵐山方面
1号線降車用ホーム
2号線降車用ホーム
2 通勤特急・快速急行
準急(ごく一部)・普通
京都(河原町)・烏丸・桂・北千里・淡路・十三・嵐山方面
3 快速特急
快速・準急・普通
京都(河原町)・烏丸・桂・北千里・淡路・十三・嵐山方面
3号線降車用ホーム
宝塚本線 4号線降車用ホーム
4 急行・通勤準急
普通(一部)
宝塚雲雀丘花屋敷川西能勢口石橋十三箕面日生中央方面
5 通勤急行
急行(一部)・普通
宝塚・雲雀丘花屋敷・川西能勢口・石橋・十三・箕面・日生中央方面
5号線降車用ホーム
6号線降車用ホーム
6 特急「日生エクスプレス
通勤準急
普通(箕面行き含む)
宝塚・雲雀丘花屋敷・川西能勢口・石橋・十三・箕面・日生中央方面
7 神戸本線 普通 神戸三宮西宮北口十三新開地高速神戸山陽電鉄線方面
7号線降車用ホーム
8号線降車用ホーム
8 特急(昼間のみ)
急行(平日のみ)
通勤急行
普通(早朝・夜間)
神戸三宮・西宮北口・十三・新開地・高速神戸・山陽電鉄線方面
9 特急・通勤特急
快速急行・急行
普通(早朝・深夜)
神戸三宮・西宮北口・十三・新開地・高速神戸・山陽電鉄線方面
9号線降車用ホーム

京都本線の普通列車は時間帯によって使用するホームが変動し、早朝・深夜は3号線、朝ラッシュ時は1号線(平日は稀に3号線)、昼間時と土曜日・休日の夕方・夜間は2号線、平日夕方・夜間は1号線か3号線に発着する。また宝塚本線の6号線ホームは平日ラッシュ時のみで、それ以外の時間帯は使われない。

神戸線の案内表示は上記のように表記されているが、定期列車は新開地駅までの運行であり、大開駅以西へ行くには新開地駅(または高速神戸駅・神戸三宮駅)で山陽電鉄線の列車に乗り継ぐ必要がある。


歴史[編集]

阪急梅田駅は、1910年に阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道によって開業した。このときは東海道本線南側、現在の阪急百貨店の場所にある地上駅であった。その後、十三駅までの高架化の際に梅田駅も高架駅となったが、この際に国有鉄道大阪駅の高架化計画が既に立てられていたため、高架駅は鉄骨の仮建築として造られた。そして、大阪駅の高架化工事が部分完成するとともに、予定通り1934年に再び地上駅化された。3 - 5号線および6 - 8号線に1つずつ、ドーム状の屋根で覆われているのが特徴であった。

以上の経緯については阪神急行電鉄#梅田駅付近の変遷も参照。

なお、1944年からは京都本線(元京阪電気鉄道の新京阪線で、京阪が戦時中に阪急に統合され、戦後分離する際に阪急に残存した)の梅田駅乗り入れが宝塚本線の線路を用いて開始されるが、京阪では戦前に独自で新京阪線と京阪本線の梅田駅乗り入れも計画していた(京阪梅田線を参照)。京阪による梅田の駅設置予定地は、阪急・京阪の戦時合併を経て戦後京阪を分離する際に阪急側に残し、のちに阪急ファイブ(現:HEP FIVE)と称する商業施設が建設された。

その後、宝塚本線への京都本線電車の乗り入れ本数が増加し、ラッシュ時約2分間隔となり線路を共用していては捌けなくなったため、宝塚本線の複々線化名目(急行線扱いのため、中津駅のホームを設置しない形)で新たに複線を増設した。この増設にあたっては、十三駅 - 梅田駅間高架・複々線化(ここで述べている宝塚本線の複々線化以前に、宝塚本線の複線に加えて神戸本線の複線を新設した工事)の際に残った地上線の一部を用いて営業していた北野線の用地(1949年に休止)を利用している。1959年に十三駅 - 梅田駅間が3複線化され、それまで梅田駅発着であった京都線の特急・急行列車に加え、千里山線(現:千里線)直通普通列車の梅田駅乗り入れが開始された(京都方面普通列車の梅田乗り入れは当駅が3線化された1973年である)。昭和40年代の梅田駅改良以前は梅田駅構内で宝塚線ホームから新設された京都線の複線へ、また十三駅構内で京都線から宝塚線へ入線できる構造だったため、宝塚線の急行も京都線用の複線を走行することがあった。

ちょうどこの時期より乗客増加が顕著となり、電車の連結両数の増加に対応するため、ホームを北側に延長して対応していたが、国鉄の高架線が障害となって拡張が限界に達した。そこで1966年から1973年にかけて、現在地である東海道本線北側への移転高架化・拡張工事が行われた。阪急創始者の小林一三欧州のターミナル駅を理想としており、阪急梅田駅は「ターミナル」の意味通り全ての路線の基点として位置づけられている。なお、この時に十三方に約400m移転したが、距離や運賃計算など事後処理が煩雑になるため営業キロはそのままで据え置かれている。

かつては京都本線・宝塚本線・神戸本線間の線路は当駅ではつながっておらず、各線間を直通する列車は十三駅で転線していたが、神戸線 - 宝塚線間の転線に使用される十三駅の9号線が十三駅南側の道路工事で一時期使用停止となった(現在は使用再開)ため、代わりに両線間の渡り線が中津駅寄りに設置された。神戸線車両の正雀工場への入出庫車両や嵐山駅への臨時直通列車(2008年秋と2009年春のみ)などが使用した。なお、京都線 - 宝塚線間は十三駅の南側で転線する。

  • 1910年明治43年)3月10日 - 箕面有馬電気軌道が梅田駅 - 宝塚駅間で開通した際に設置開業。
  • 1918年大正7年)2月4日 - 社名変更により阪神急行電鉄の駅となる。
  • 1920年(大正9年)7月16日 - この日開業した神戸本線の列車が乗り入れるようになる。
  • 1926年(大正15年)7月5日 - 梅田駅 - 十三駅間複々線高架完成により、高架駅に移転。この時、梅田駅 - 北野駅間の地上線は北野線として残存。
  • 1934年昭和9年)6月1日 - 国鉄大阪駅高架化により、地上駅に移転。
  • 1943年(昭和18年)10月1日 - 阪神急行電鉄と(旧)京阪電気鉄道の合併により京阪神急行電鉄の駅となる。
  • 1949年(昭和24年)1月1日 - 北野線の営業を休止。
  • 1959年(昭和34年) - ホーム北側に地下通路および改札口を設置。
  • 1959年(昭和34年)2月18日 - 梅田駅 - 十三駅間に京都本線用の線路が増設される(正式には宝塚本線の線増)。
    • これ以前は、2 - 4号線が宝塚本線ホーム、5号線が京都本線ホーム、6 - 9号線が神戸本線ホームであった(1号線にはホームなし、9号線はラッシュ時のみ使用)[4]
    • この時点では、1 - 2号線を京都本線ホーム、3 - 5号線を宝塚本線ホーム、6 - 8号線を神戸本線ホームとした(9号線の使用状況は不明)。
  • 1966年(昭和41年)2月1日 - 現在地への移転高架化拡張工事起工。
  • 1967年(昭和42年)8月27日 - 神戸本線ホームを高架に移転(7-9号線)。
    • この時使用開始した神戸線ホームは、現在の宝塚本線ホームである。またホーム先端部については、工事の関係で一部露天のままであった。
    • 地上ホームはしばらくして、旧5 - 7号線の位置に宝塚本線を移して4 - 6号線とした。京都本線は旧1号線を廃止し、旧2 - 3号線の位置に移して1 - 2号線とした。
  • 1969年(昭和44年)- 現在の位置に神戸本線ホームが完成し、発着ホームを変更。それまで仮に使用していたホームは、宝塚本線用に改装工事を開始。
  • 1969年(昭和44年)11月30日 - 改装工事が終了し、宝塚本線ホームを高架に移転(4 - 6号線)。
    • この後日本万国博覧会(大阪万博)までに旧4号線(神戸線旧駅時代は5号線)を改修し、京都線用3号線とした。
  • 1970年(昭和45年)- 大阪万博の終了により、3号線を閉鎖。
  • 1971年(昭和46年)11月28日 - 京都本線ホーム移転。
    • この時点で、2 - 3号線を京都線ホーム、4 - 6号線を宝塚本線ホーム、7 - 9号線を神戸本線ホームとした(1号線欠)。
  • 1973年(昭和48年)4月1日 - 社名変更により阪急電鉄の駅となる。
  • 1973年(昭和48年)11月23日 - 京都本線ホームが1線(1号線)増設され、移転高架化拡張工事が完成。
  • 1996年(平成8年)2月27日 - 発車メロディが導入される。
  • 2013年(平成25年)12月21日 - 駅ナンバリング(HK-01)が導入される。

その他[編集]

阪急梅田駅発行の乗車券、「囗」に「メ」の字
阪急梅田駅を同時発車する電車。左から、神戸線・特急、宝塚線・急行、京都線・特急。
特徴的な券面
阪急梅田駅の自動券売機で発売されている乗車券回数券・定期券およびプリペイドカード「ラガールカード」(スルッとKANSAI)の裏面に印字されている梅田の「田」の字は「囗」に「メ」の字あるいは「囗」に×印の表記となっている。これは阪急には漢字2文字で「田」で終わる駅が6つ[5]あることや、阪神や地下鉄にも同名の駅があることから、自動改札機がなかった頃に最も乗降客数の多い当駅の改札で「阪急梅田」だと素早く判別するための目印とした名残である。
案内設備
発車メロディ
当駅の発車メロディ鎌田浩宮の作曲である。回送列車も含め、全ての列車が発車する30秒ほど前から流れる。各線で異なるメロディが使用されており、神戸本線は海、宝塚本線は高級感、京都本線は竹のイメージをもとに作曲された[6]。音色は、神戸本線はアコースティック・ギター、宝塚本線はトイピアノ、京都本線はアナログシンセサイザーを元にしている[7]。なお、最終列車(終電)用のもの(行先別終電を含む)は、それぞれのメロディの最後の音が長く流される。発車メロディを採用した1996年2月27日以前は各線で異なる音階のブザーが使用されていた。
終電が近い23時40分頃から終電の発車まで、駅全体に映画『第三の男』のテーマ曲(作曲・アントン・カラス)が流れる。1996年以前は「蛍の光」であった。
大型発車案内板
3階(ホーム階)では、改札口を入ってすぐのところに、各線別のLED式大型発車案内板が設置されている。
なお、駅ホームが現在の場所に移転してからは、字幕式による大型発車案内板が設置されていたが、号線別に分かれて表示されていたため乗客から「どのホームの列車が先発か分かりにくい」と指摘を受けていたことや設備の老朽化のため、光ファイバー式カラービジョンを使用した案内板「ラガールビジョン」に更新され、1993年から2006年まで使用されていた。この案内板では、画面右半分(停車駅の表示部)を使って沿線情報を流すこともできた。なお、日本国内で光ファイバー式の発車案内板を使用していたのは当駅と京浜急行電鉄上大岡駅のみであったが、ともに現在では使用されていない。
電球式の乗車位置表示
プラットホーム床面の下には乗車位置案内表示板が取り付けられているが、そこには現在は使われていない多数の電球が並んでいるのが見える。1970年代までは、800系920系のような2扉の中型車(全長17m車両の通称)をはじめとした旧型車の本線運用は珍しいものではなかったことから、車種や編成によってドアの配置が違うため乗車位置に相違があった。このため、次の列車の乗車位置の電球が点灯することにより乗車位置を知らせる目的で取り付けられた設備の名残である。
同時発車
1959年(昭和34年)に梅田駅 - 十三駅間の三複線が完成してからは、3路線の列車の同時発車と十三駅までの並走が見られるようになった。特に優等列車の同時発車シーンは古くから阪急電鉄の出版物や広報資料などに使われ、同社の象徴的なシーンの一つとなっている。2000年頃までは各路線のダイヤパターンの相違から同時発車の頻度は多くなかったが、2000年6月以降の昼間には3路線の特急列車が20分毎に、2001年3月以降の昼間には優等列車[8]が10分毎に、3線同時発車と十三駅までの並走が見られるようになっている。梅田駅 - 十三駅間が複々線であった時代は、毎時0・30分に神戸本線の特急と同時発車していたのは宝塚本線の列車ではなく、京都本線の列車(1956年以降は特急、それ以前は急行)であった[9]
「ビッグマン前」
2階改札口への通路となる1階コンコースには比較的大きなスペースが設けられており、2階への階段東側壁面には愛称「ビッグマン」(BIGMAN)という大型映像装置が設置されている。過去には西側にも設置されたおり、そちらは「コ・ビッグマン」(Co-(=揃いの)BIGMAN)と呼ばれていたがのちに撤去された。
カラービジョンでは沿線情報やコマーシャルのほか、東側のビジョンでは正午に『NHKニュース』、19時に『NHKニュース7』を放映しているが、有馬記念など一部の中央競馬GI級競走などの中継放送を放映することもある。2011年には順次地上波デジタル放送対応のために機器更新を実施している。
このスペースは関西では有名な梅田での待ち合わせ場所で[10]、官公庁や企業などのイベントにも利用されている[11]
阪急ターミナルビルと阪急三番街
国鉄線(現在のJR線)の北側に移転したのに合わせて作られたのが阪急ターミナルビル阪急三番街である。駅の終端に建設された阪急ターミナルビルにはオフィス・レストランと阪急17番街というショッピング街がある。駅の高架下を利用して作られた阪急三番街には、地下2階まで多数のショップが入るショッピングとレストラン街になっており、1階には開店当時は関西最大規模とされた紀伊國屋書店梅田本店が入居している。また地下2階のレストランフロアには開店当時から人工の川が流れており、名物になっている。阪急バスが共同運航する高速バスが発着する阪急三番街高速バスターミナルは駅の高架下、阪急三番街の北館と南館の間にある。
その他
  • 阪急北野線が営業していた時代には、現在の茶屋町口付近に同線の茶屋町駅が存在した。
  • 2013年12月の京都線ダイヤ改正が行われるまでは関西大手5私鉄のターミナル駅では唯一、駅到着時の他社線への乗換案内の放送を行っていなかった(阪神梅田駅ではJR、地下鉄、阪急への乗換案内を放送している)。
  • 阪神との通勤定期券の相互利用については#阪神電気鉄道の「その他」項を参照。
  • 十三駅発着または同駅経由の乗車券または定期券で梅田駅への折り返し乗車は禁止されている。但し、毎年8月上旬のなにわ淀川花火大会開催日は最寄駅である十三駅の乗降客が増えるため、安全上の関係から特例で梅田駅の折り返し乗車が認められている。

隣の駅[編集]

阪急電鉄
神戸本線
特急・通勤特急・快速急行・急行・通勤急行・準急(準急は上り到着列車のみ)
梅田駅 (HK-01) - 十三駅 (HK-03)
普通
梅田駅 (HK-01) - 中津駅 (HK-02)
宝塚本線
特急「日生エクスプレス」・通勤急行・急行・通勤準急
梅田駅 (HK-01) - 十三駅 (HK-03)
準急(上り到着列車のみ)・普通
梅田駅 (HK-01) - 中津駅 (HK-03)
京都本線
快速特急・特急・通勤特急・快速急行・快速・準急・普通
梅田駅 (HK-01) - 十三駅 (HK-03)

かつて存在した路線[編集]

京阪神急行電鉄(阪急)
北野線
梅田駅 - 茶屋町駅

ギャラリー[編集]

大阪市営地下鉄[編集]

大阪市営地下鉄 梅田駅
なかもず方面ホーム
なかもず方面ホーム
うめだ - Umeda
M15 中津 (1.0km)
(1.3km) 淀屋橋 M17
所在地 大阪市北区角田町8-6
駅番号  M16 
所属事業者 大阪市交通局大阪市営地下鉄
所属路線 御堂筋線
キロ程 6.4km(江坂起点)
千里中央から12.3km
駅構造 地下駅
ホーム 1面2線
乗降人員
-統計年度-
430,526人/日
-2013年-
開業年月日 1933年昭和8年)5月20日
備考 同一駅扱
- 東梅田駅谷町線
- 西梅田駅四つ橋線

所在地は大阪府大阪市北区角田町8-6。

駅構造[編集]

島式ホーム1面2線を有する地下駅である。ホームの幅は、1番線が12m、2番線が12.5mであり、大阪市営地下鉄の駅では最大の24.5mが確保されている。1番線と2番線の間は壁で仕切られているが、壁に開いた出入口によって往来が可能。改札口はホーム新大阪寄りの「北改札」、ホーム中程付近の「中改札」、ホーム難波寄りの「南改札」がある。中改札と南改札の間には、駅ナカ商業施設であるekimo梅田があり、14の店舗が並んでいる。

地下鉄御堂筋線梅田駅プラットホーム
ホーム 路線 行先
1 御堂筋線 なんば天王寺あびこなかもず方面
2 御堂筋線 新大阪江坂千里中央方面
  • 駅北側中津方には上下線を繋ぐ片渡り線が設置されている。
地下鉄梅田駅配線略図

江坂方面
0 0 0 0D12-1
sensd voie bifbg sensd
sensg bifhd voie sensg
0 0 0

中百舌鳥方面
凡例
出典:[12]

歴史[編集]

1933年(昭和8年)に仮駅で開業、1935年(昭和10年)に本駅が完成した。

開業当初は1両での運行だったが、将来の輸送量増加を見込み、ホームの有効長は189m、幅は9.1mの島式ホームが建設された。これは、開業当初の車両の大きさで12両編成に対応できる有効長であった。

しかし、戦後は急激な輸送人員の増加に対応できず、ラッシュ時には改札制限が常態化するなど、当駅は終日激しい混雑に見舞われるようになった。そこで、混雑の解消と乗降人員の増加に対応するため、1988年(昭和63年)から改造工事に着手した。太平洋戦争前から2号線(谷町線)用に準備されていたものの同線の建設ルート変更に伴い放置されていたトンネルを転用して、幅12mのなかもず方面行き新ホームが造られることになり、1989年(平成元年)に完成した。従来のなかもず方面の線路もホームに改造された結果、ホームの幅は9.1mから24.5mまで拡幅された。1番線ホームと2番線ホームの間に壁があるのはこのためである。改良工事は1991年(平成3年)に完成し、コンコースも拡幅された。

千里中央方面行きのホームに立つと旧なかもず方面行きの位置が現在でも分かる構造になっており、千里中央方面行き列車の梅田到着直前に右側の窓を眺めると僅かながら蛍光灯に照らされた旧なかもず方面行きの線路跡を確認することができる。

  • 1933年昭和8年)5月20日 - 仮駅が開業。
  • 1935年(昭和10年)10月6日 - 本駅が開業。仮駅を廃止。
  • 1980年(昭和55年)10月 - 自動改札機導入。
  • 1988年(昭和63年)3月 - 改造工事に着手。
  • 1989年平成元年)11月5日 - なかもず方面行き新ホーム供用開始。ホーム幅が9.1mから24.5mに拡幅し、有効長が197mに延長。
  • 1991年(平成3年)3月 - 改造工事が完成。
  • 2003年(平成15年) - 第4回近畿の駅百選に選定。
  • 2012年(平成24年)2月22日 - 午前9時頃、F階段下倉庫内で火災が発生。午前10時40分頃まで御堂筋線全線で運転を見合わせる。その後運転を再開したが、当駅構内は一時閉鎖され、閉鎖が解除されるまで御堂筋線の全列車が当駅を通過した。乗客は全員無事であったが、駅員ら17人が煙を吸引し軽症を負った[13]
  • 2014年(平成26年)4月4日 - 駅ナカ商業施設「ekimo梅田」開業。

その他[編集]

  • 四つ橋線西梅田駅谷町線東梅田駅との乗り継ぎに関して、以下のような乗り継ぎ制度がある[14]
    • 乗車券は西梅田駅、東梅田駅とも相互に使用でき、定期券はいずれの方向に乗車しても区間外となる場合を含めて3駅とも入出場することができる。ただし、乗車する駅以外で普通乗車券を購入した場合は自動改札機を通過することが出来ないので、係員に提示して乗車する必要がある。たとえば、御堂筋線に乗車するのに誤って西梅田駅で乗車券を購入した場合は、その乗車券を梅田駅の改札の係員に提示して乗車する必要がある。
    • 乗り換えが30分以内ならば乗り継ぎ乗車料金で乗車可能である。30分を越えると適用外となり、改めて初乗り乗車料金からの計算となる。
    • 梅田駅までの運賃と同一の普通乗車券で乗り継ぎをする場合は、淀屋橋寄りの改札口にある緑色の自動改札機に限り通過することができる。それ以外の機械を通過する場合はあらかじめ精算機で『乗継乗車券』に引き換えなければならない。また、梅田駅までの乗車料金よりも少ない普通乗車券の場合は精算機で梅田駅までの乗車料金を一旦精算することで『乗継乗車券』に引き換えなければならない。ただし、この乗継乗車券は最終降車駅では差額精算することができる。
    • 阪急との連絡乗車券(天神橋筋六丁目駅経由指定)を利用する場合は、梅田駅での乗り継ぎはできない。
  • かつては、終電の1本前を中津駅、終電を新大阪駅までそれぞれ回送夜間留置するため2本が当駅止まりとなっていたが、2013年3月23日のダイヤ改正で回送列車をそのまま営業列車として運行するようになったため、現在当駅止まりの列車は設定されていない。また江坂方面への始発電車の設定もされていた(のちに天王寺駅発に変更)。


隣の駅[編集]

大阪市営地下鉄
御堂筋線
中津駅 (M15) - 梅田駅 (M16) - 淀屋橋駅 (M17)
  • ()内は駅番号を示す。

JR西日本[編集]

現在、大阪駅付近で梅田貨物線を通過する特急「はるか」・「くろしお」などに梅田界隈から乗降できるようにするため、現在の梅田貨物線を地下線にした上で、より大阪駅に近接した位置に「北梅田駅」(仮称)を開設する計画がある。地下線にする理由は、現在梅田貨物線となにわ筋の交点に設置された踏切などで渋滞が発生しやすいため、それを解消する目的も兼ねている。

JR貨物の梅田駅跡地(うめきた2期開発区域)が2014年度中に更地化されるのを受けて、2015年頃に梅田貨物線地下新線建設工事に着手し、併せて新駅を設置して2023年頃の開業を目指すことになった[15]

なにわ筋線も参照。

利用状況[編集]

大阪駅#利用状況も参照

  • 阪神電気鉄道 - 2012年度の1日平均乗降人員165,032人である。同社の駅の中では第1位。
    • 阪神電鉄の中で乗降客数が最も多い駅であるが、2000年度以降は20万人を割り込んでいる。その後は18万人程度で推移していたが、2009年3月に阪神なんば線が開業し、大物駅以西からは当駅を介さずに難波方面へ向かえるようになったため、2010年度の乗降人員は前年度より17,000人程度減少した。その結果、乗降人員は1960年代前半の水準にまで落ち込んでいる。また、甲子園駅とともにその年の阪神タイガースの順位にも大きく影響される。
  • 阪急電鉄 - 2013年の平日1日平均乗降人員は535,905人(乗車人員:270,082人、降車人員:265,823人)である[16]。同社の駅では第1位であり、関西の大手私鉄の駅としても第1位である。
    • 最盛期には1日あたりの乗降客数が65万人を超えるなど、乗降客数が私鉄のターミナルとして日本最大であった時期もあった[17]が、バブル崩壊に続く不況阪神・淡路大震災による乗客の逸失、さらには並行するJRとの激しい競争により、近年は落ち込んでいる。しかし2011年度以降は増加に転じ、回復傾向を見せている。
    • また、2012年度の路線別1日乗降人員は以下のとおりである。京都本線の乗降人員は宝塚本線や神戸本線の7割程度になっている。
      • 神戸本線 - 187,765人(乗車人員:93,566人、降車人員:94,199人)
      • 宝塚本線 - 192,171人(乗車人員:96,270人、降車人員:95,901人)
      • 京都本線 - 136,423人(乗車人員:70,092人、降車人員:66,331人)
  • 大阪市営地下鉄 - 2013年11月19日の1日乗降人員は430,526人である(乗車人員:213,379人、降車人員:217,147人)[18]。同局の駅では第1位で、地下鉄単一路線の駅としては日本一乗降人員が多い駅である。
    • また、2002年(平成14年)の1日乗降人員は398,786人である[19]

年度別一日乗降・乗車人員[編集]

各年度の1日乗降・乗車人員数は下表のとおりである。

  • 1963年度までのデータは、1日平均乗降・乗車人員である。
  • 1964年度、1965年度のデータは、各年10月中の1日平均乗車人員である。
  • 1966年度からの阪急、大阪市営地下鉄、1974年度までの阪神のデータは、交通量調査に基づく特定の1日の乗降・乗車人員である。
  • 1975年度からの阪神のデータは、1日平均乗降・乗車人員である。
年度別1日乗降・乗車人員 出典:大阪府統計年鑑大阪市統計書
年度 阪神電気鉄道 阪急電鉄 大阪市営地下鉄 出典
特定日 1日平均 特定日 1日平均 特定日
乗車人員 乗降人員 乗車人員 乗車人員 乗降人員 乗車人員 調査日 乗降人員 乗車人員
1960年(昭和35年) - 173,175 89,315 - 470,521 234,919 - [20]
1961年(昭和36年) - 190,831 97,584 - 518,172 257,062 - [21]
1962年(昭和37年) - 207,537 105,474 - 578,913 285,174 - [22]
1963年(昭和38年) - 213,786 108,699 - 629,834 309,964 - [23]
1964年(昭和39年) - - 114,933 - - 319,678 - [24]
1965年(昭和40年) - - 113,688 - - 344,678 - [25]
1966年(昭和41年) 100,367 - 307,244 - 11月08日 435,820 219,215 [26]
1967年(昭和42年) 112,131 312,882 11月14日 426,375 218,735 [27]
1968年(昭和43年) 119,899 323,162 11月12日 438,274 221,327 [28]
1969年(昭和44年) 126,058 328,347 [29] 1月27日 434,827 217,781 [30]
1970年(昭和45年) 121,323 315,904 11月06日 472,237 241,061 [31]
1971年(昭和46年) 119,182 307,384 - [32]
1972年(昭和47年) 119,202 305,535 11月14日 452,299 230,104 [33]
1973年(昭和48年) 118,173 301,561 - [34]
1974年(昭和49年) 117,619 304,362 - [35]
年度別1日乗降・乗車人員 出典:大阪府統計年鑑大阪市統計書
年度 阪神電気鉄道 阪急電鉄 大阪市営地下鉄 出典
1日平均 特定日 1日平均 特定日
乗降人員 乗車人員 乗降人員 乗車人員 乗車人員 調査日 乗降人員 乗車人員
1975年(昭和50年) - 112,942 - 313,065 - 11月07日 454,222 230,248 [36]
1976年(昭和51年) 112,777 313,550 - [37]
1977年(昭和52年) 113,102 316,494 11月18日 457,459 232,817 [38]
1978年(昭和53年) 116,058 312,131 - [39]
1979年(昭和54年) 118,211 310,242 - [40]
1980年(昭和55年) 122,860 322,949 - [41]
1981年(昭和56年) 123,261 320,001 11月10日 485,589 243,136 [42]
1982年(昭和57年) 247,888 124,615 642,762 323,220 - [43]
1983年(昭和58年) 247,147 124,043 640,885 322,563 - [44]
1984年(昭和59年) 253,923 126,883 644,801 327,188 - [45]
1985年(昭和60年) 255,040 127,445 639,885 322,237 11月12日 483,095 242,126 [46]
1986年(昭和61年) 255,137 127,854 652,762 331,266 - [47]
1987年(昭和62年) 255,693 128,692 661,434 337,061 11月10日 507,855 254,173 [48]
1988年(昭和63年) 255,888 128,159 655,860 329,571 - [49]
1989年(平成元年) 262,316 131,033 - - [50]
1990年(平成02年) 261,655 130,710 653,613 331,422 11月06日 512,898 256,498 [51]
1991年(平成03年) 277,425 138,985 - - [52]
1992年(平成04年) 265,317 133,055 613,788 304,227 - [53]
1993年(平成05年) 250,756 125,587 - - [54]
1994年(平成06年) 240,943 120,673 - - [55]
1995年(平成07年) 236,490 118,725 604,142 308,416 [56] 2月15日 468,610 232,982 [57]
1996年(平成08年) 230,915 115,692 641,898 329,037 - [58]
1997年(平成09年) 216,339 108,391 652,194 330,208 - [59]
1998年(平成10年) 210,392 105,413 609,170 308,340 11月10日 450,190 226,674 [60]
1999年(平成11年) 203,144 101,793 - - [61]
2000年(平成12年) 193,943 97,214 586,965 294,580 - [62]
2001年(平成13年) 191,597 96,181 592,232 297,621 326,428 - [63]
2002年(平成14年) 185,768 93,236 584,359 293,445 318,886 - [64]
2003年(平成15年) 183,485 91,917 554,707 277,218 315,219 - [65]
2004年(平成16年) 179,516 89,998 567,646 284,384 309,203 - [66]
2005年(平成17年) 180,694 90,546 563,779 282,029 314,872 - [67]
2006年(平成18年) 181,716 91,241 553,101 278,148 304,213 - [68]
2007年(平成19年) 178,555 89,632 555,659 280,613 294,778 11月13日 460,859 230,750 [69]
2008年(平成20年) 180,210 90,537 543,168 273,334 290,981 11月11日 450,628 224,413 [70]
2009年(平成21年) 182,875 91,945 516,280 259,962 294,144 11月10日 423,422 208,547 [71]
2010年(平成22年) 165,344 83,611 507,202 255,149 282,063 11月09日 415,015 206,112 [72]
2011年(平成23年) 166,427 84,151 514,005 258,957 280,276 11月08日 415,769 206,588 [73]
2012年(平成24年) 165,032 83,630 516,359 259,928 285,416 11月13日 424,026 208,668 [74]
2013年(平成25年) 11月19日 430,526 213,379

阪急電鉄の年次別一日平均乗降・乗車人員(平日限定)[編集]

阪急電鉄の平日1日平均乗降・乗車人員は以下のとおり。

1日平均乗降・乗車人員推移
年次 平日限定
乗降人員
平日限定
乗車人員
2007年(平成19年) 559,654 281,347
2008年(平成20年) 556,971 280,148
2009年(平成21年) 535,366 269,552
2010年(平成22年) 523,744 263,677
2011年(平成23年) 522,790 263,437
2012年(平成24年) 524,578 264,347
2013年(平成25年) 535,905 270,082

各社の梅田駅の扱い[編集]

1970年ごろの宝塚本線電車。「豊中⇔大阪」と表示されている

阪神や阪急では大阪側のターミナル駅であることを強調するため、「大阪」と並列して呼称することがある。阪神の車内アナウンスは「次は、大阪、大阪梅田、(終点・阪神百貨店前)です」となっており、阪急では行き先表示板を使用していた1980年代までは電車の行き先案内は「大阪⇔京都」のように記載され、かつては「大阪梅田駅」と呼んでいたこともあった。これは他社のターミナル駅である天満橋駅などでも見られ、中には大阪阿部野橋駅大阪上本町駅のように正式駅名に「大阪」を含んだ例も存在する。これらは、戦前の各私鉄の路線敷設期に当時の大阪市内中心部である北浜や本町付近にターミナル駅を設けられなかったことに起因する。当時、大阪市は市電を始め地下鉄網の路線拡充、建設を図っていたために、私鉄線の市内中心部への乗り入れには大反対で、当時の鉄道省に路線免許を認めさせないように強硬に働きかけていた(市営モンロー主義)。この為に当時の市内周辺部にしかターミナル駅を設けられなかったことから、現在の私鉄線各ターミナル駅名の頭に「大阪」が付くようになったのである。その後、現在に至って大阪市交通局の地下鉄がその各ターミナル間を結ぶことになっているのは一種の皮肉とも言える。

会社ごと、あるいは位置ごとに分ける意味で「阪神梅田駅」「阪急梅田駅」と呼ぶこともある。同様にして阪神と阪急に同一の駅名がある神戸三宮駅春日野道駅御影駅、も「阪神○○」「阪急○○」と案内されることが多い。これは神戸高速鉄道を介して阪急電鉄、阪神電気鉄道、山陽電気鉄道の3社が相互乗り入れしているためである。高速神戸駅以西を始発としている列車が同一ホームから発車することから、ことさらに強調されてアナウンスされたためである。これに関連して、山陽電気鉄道の5000系車両の行先表示では「梅田」ではなく「阪神梅田」と表示される[75]。また、阪神の直通特急対応車両には「梅田」「阪神梅田」両方の行先表示が入っている[76]。山陽電車の車内アナウンスは「阪神、大阪梅田行…」である(駅構内アナウンスでは「大阪」をつけず単に「阪神梅田」と呼ぶ)。

阪神なんば線から近鉄奈良線に直通する電車の尼崎駅到着時のアナウンスでは、大阪難波駅があるにもかかわらず、「大阪方面へお越しの方は…」と梅田を省略する場合がある。また、武庫川駅以西での快速急行の停車駅の自動放送による案内では、大阪難波駅も大阪上本町駅も大阪を省略する一方で、「野田、大阪梅田終点にお越しの方は…」と梅田には頭に必ず大阪を付けている。

また、新大阪駅の在来線コンコースには「大阪駅(梅田)へは15・16番のりば…」という掲示がある。

駅名の由来[編集]

『梅田』という地名は、かつて鉄道が開通するまで周辺一帯が沼地(湿地帯)であり、開発するにあたり、この田園地帯を埋め立てたことにちなんでいる。元々沼地であったため特に地名はなく、埋め立てた当初は『埋田』(うめた)と呼ばれていたが、地名として馴染まないので、近くの大阪天満宮の梅花殿にあやかって『梅田』(うめだ)となり、現在に至っている。

なお、曾根崎から分立して正式な町名となったのは1900年(明治33年)のことで、梅田町・東梅田町・西梅田町・北梅田町の4町であった。計画中の北梅田駅(仮称)がそのままの名称で開業すれば、この時の4町と同じ名称を持った4駅が揃うことになる。

駅周辺[編集]

バス[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『東海道ライン 全線・全駅・全配線 第7巻 大阪エリア-神戸駅』 川島令三 編著、講談社〈図説 日本の鉄道〉、2009年ISBN 978-4-06-270017-716-17頁
  2. ^ 阪急電鉄では、ホームを◯番線ではなく、◯号線と称する。
  3. ^ 次点はミナミのターミナルである南海電鉄難波駅の9面8線。なお、駅の面積としては阪急梅田駅よりもJR大阪駅の方が大きい。
  4. ^ 『大阪・京都・神戸 私鉄駅物語』 高山禮蔵 編著、JTBパブリッシング2005年、84頁。ISBN 4-533-06099-4
  5. ^ 他の駅は、園田駅池田駅富田駅吹田駅山田駅
  6. ^ 関西私鉄最大手・阪急電鉄発車チャイムの怖恐(フキョー)! - エプスタインズ
  7. ^ 続・関西私鉄最大手・阪急電鉄発車チャイムの怖恐(フキョー) - エプスタインズ
  8. ^ 京都本線特急/宝塚本線特急・急行→快速急行→急行(時期により異なる)/神戸本線特急。
  9. ^ 当時の『京阪神からの旅行に便利な交通公社の時刻表』(日本交通公社関西支社編、1987年頃に廃刊)に掲載された梅田駅時刻表による。
  10. ^ http://www.hankyu-hanshin.co.jp/kenkyusho/news_flash/201107/
  11. ^ ビッグマン前広場でのイベント使用例:梅田ビッグマン前にて裁判員制度広報イベントを開催しました! - 裁判所、エコアイディアワールドin大阪 - パナソニック
  12. ^ 酒井 得二 「特集:大阪市交通局 輸送と運転 近年の動向」『鉄道ピクトリアル』2004年3月臨時増刊 27頁
  13. ^ 【報道発表資料】地下鉄御堂筋線梅田駅の火災について - 大阪市
  14. ^ 大阪市交通局|梅田3駅(梅田・東梅田・西梅田駅)の乗り継ぎについて
  15. ^ キタ〜関空直結「うめきた」新駅、平成27年度にも着工 35年ごろ完成 - 産経新聞2012年12月31日付
  16. ^ 阪急電鉄 鉄道情報ホームページ 駅別乗降人員(上位50位)
  17. ^ 『阪急ワールド全集4 阪急ステーション』 阪急電鉄株式会社コミュニケーション事業部、2001年、P.19
  18. ^ 路線別駅別乗降人員 2013年11月19日
  19. ^ 「首都圏・京阪神大都市圏駅別乗降者数総覧'06年版」(エンタテイメントビジネス総研)
  20. ^ 大阪府統計年鑑(昭和36年) (PDF)
  21. ^ 大阪府統計年鑑(昭和37年) (PDF)
  22. ^ 大阪府統計年鑑(昭和38年) (PDF)
  23. ^ 大阪府統計年鑑(昭和39年) (PDF)
  24. ^ 大阪府統計年鑑(昭和40年) (PDF)
  25. ^ 大阪府統計年鑑(昭和41年) (PDF)
  26. ^ 大阪府統計年鑑(昭和42年) (PDF)
  27. ^ 大阪府統計年鑑(昭和43年) (PDF)
  28. ^ 大阪府統計年鑑(昭和44年) (PDF)
  29. ^ 1970年に行われた調査であるが、会計年度上は1969年度となる。
  30. ^ 大阪府統計年鑑(昭和45年) (PDF)
  31. ^ 大阪府統計年鑑(昭和46年) (PDF)
  32. ^ 大阪府統計年鑑(昭和47年) (PDF)
  33. ^ 大阪府統計年鑑(昭和48年) (PDF)
  34. ^ 大阪府統計年鑑(昭和49年) (PDF)
  35. ^ 大阪府統計年鑑(昭和50年) (PDF)
  36. ^ 大阪府統計年鑑(昭和51年) (PDF)
  37. ^ 大阪府統計年鑑(昭和52年) (PDF)
  38. ^ 大阪府統計年鑑(昭和53年) (PDF)
  39. ^ 大阪府統計年鑑(昭和54年) (PDF)
  40. ^ 大阪府統計年鑑(昭和55年) (PDF)
  41. ^ 大阪府統計年鑑(昭和56年) (PDF)
  42. ^ 大阪府統計年鑑(昭和57年) (PDF)
  43. ^ 大阪府統計年鑑(昭和58年) (PDF)
  44. ^ 大阪府統計年鑑(昭和59年) (PDF)
  45. ^ 大阪府統計年鑑(昭和60年) (PDF)
  46. ^ 大阪府統計年鑑(昭和61年) (PDF)
  47. ^ 大阪府統計年鑑(昭和62年) (PDF)
  48. ^ 大阪府統計年鑑(昭和63年) (PDF)
  49. ^ 大阪府統計年鑑(平成元年) (PDF)
  50. ^ 大阪府統計年鑑(平成2年) (PDF)
  51. ^ 大阪府統計年鑑(平成3年) (PDF)
  52. ^ 大阪府統計年鑑(平成4年) (PDF)
  53. ^ 大阪府統計年鑑(平成5年) (PDF)
  54. ^ 大阪府統計年鑑(平成6年) (PDF)
  55. ^ 大阪府統計年鑑(平成7年) (PDF)
  56. ^ 1996年に行われた調査であるが、会計年度上は1995年度となる。
  57. ^ 大阪府統計年鑑(平成8年) (PDF)
  58. ^ 大阪府統計年鑑(平成9年) (PDF)
  59. ^ 大阪府統計年鑑(平成10年) (PDF)
  60. ^ 大阪府統計年鑑(平成11年) (PDF)
  61. ^ 大阪府統計年鑑(平成12年) (PDF)
  62. ^ 大阪府統計年鑑(平成13年) (PDF)
  63. ^ 大阪府統計年鑑(平成14年) (PDF)
  64. ^ 大阪府統計年鑑(平成15年) (PDF)
  65. ^ 大阪府統計年鑑(平成16年) (PDF)
  66. ^ 大阪府統計年鑑(平成17年) (PDF)
  67. ^ 大阪府統計年鑑(平成18年) (PDF)
  68. ^ 大阪府統計年鑑(平成19年) (PDF)
  69. ^ 大阪府統計年鑑(平成20年) (PDF)
  70. ^ 大阪府統計年鑑(平成21年) (PDF)
  71. ^ 大阪府統計年鑑(平成22年) (PDF)
  72. ^ 大阪府統計年鑑(平成23年) (PDF)
  73. ^ 大阪府統計年鑑(平成24年) (PDF)
  74. ^ 大阪府統計年鑑(平成25年) (PDF)
  75. ^ 山陽5000系には「阪神梅田」の表示コマしかないため、夜間に見られる山陽5000系の阪神特急でも行先表示は「阪神梅田」である。
  76. ^ ローマ字表記は、山陽5000系が「HANSHIN-UMEDA」なのに対して、阪神車は「阪神梅田」でも「UMEDA」のみ。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]