松井守男

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

松井守男(まつい もりお、1942年 - )は、愛知県豊橋市出身でフランスコルシカ島在住の洋画家

目次

[編集] 経歴

愛知県豊橋市出身。生家は旅館武蔵野美術大学油絵学科を首席で卒業し、パリ行き航空券を獲得した。フランス国費留学生として、アカデミー・ジュリアン、パリ国立美術学校(ボザール)で学ぶ。ピカソに遇い、作品を褒めてもらったことがある。

その後、画商を通さない独自の活動が原因で、フランスの画商から嫌がらせを受ける。その後自殺を考え、遺作として「遺言」という作品を製作したところ、大物の画商に目が留まり一躍有名になった。松井は「遺言」を描いている最中、いつのまにか無数の「人」という字を描いていたことに気がついた。渡仏後20年目のことであった。

抽象画を中心に描き、今日までフランスで活動する。生の躍動を細密な筆致で大画布に織り込むように描く独特の画風を持ち、また、それとは対照的に余白を広く残した構図の作品も多い。 2000年芸術文化勲章シュヴァリエを受章。 2003年7月にフランス最高勲章レジオンドヌール勲章を受章。2005年愛知万博にフランスの代表画家に選出される。

2008年より長崎県五島列島久賀島に滞在し制作する。旧田ノ浦小学校の校舎を借りてアトリエにしている。

和服で生活するその独特の風貌からフランスでは「サムライ画家」と呼ばれ、広く知られている。

[編集] 主な入選・勲章

[編集] 主な作品

  • 白黒の景色
  • コルシカの青
  • 遺言

[編集] 外部リンク