新極真会
新極真会(しんきょくしんかい)は、フルコンタクト系の空手団体。正式名称は、NPO法人 全世界空手道連盟 新極真会(エヌピーオーほうじん ぜんせかいからてどうれんめい しんきょくしんかい)である。大山倍達十段を創始者とし、第5回全世界空手道選手権大会王者の緑健児が代表理事を務める。NPO法人。
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[編集] 組織概要
2003年7月に国際空手道連盟極真会館(通称緑派)が名称を変更して誕生した。新宿区飯田橋に本部を置く。 「心極める」を理念に掲げ、「青少年育成」「社会貢献」「国際交流」を活動の柱と定める。 試合ルールは極真会館時代のルールを受け継ぐ。主要大会は骨髄バンクチャリティとして開催され大会会長は衆議院議員の野田聖子が務める。 2011年末現在80カ国が加盟する。
新極真会はテレビ朝日やテレビ東京が大会の中継を行ない、J sports ESPNでもレギュラー番組が放送されている。会歌「新極真会の歌」は歌手の長渕剛、屋号「指定書体」は、2007年NHK大河ドラマ「風林火山」題字を担当する柿沼康二、緑代表と親交のある2人が「空手と音楽と書道」の日本文化のコラボレーションを度々開催している。
[編集] 役員
[編集] 歴史
[編集] 大山倍達の死去から名称変更まで
1994年(平成6年)4月26日に極真会館創始者の大山倍達が死去し、松井章圭を館長とする新体制が発足したが、高木薫ら5人の支部長が遺族と共に大山の遺言に疑義を示して離脱したのをきっかけに(遺族派)、翌1995年(平成7年)4月5日に国内支部長全48名のうち、35名の支部長が松井の解任に賛成した。35名は三瓶啓二を中心とした支部長協議会派を結成。同年には遺族派と合併し、大山智弥子を館長に擁立し、一時的に最大会派となった。実際の組織運営の長である代表理事には西田幸夫が就任したが、マスコミからは館長の名を取って大山派と呼称された。しかし同年に川畑幸一ら9人の支部長が松井派に戻った。また、運営で高木がかつて福島支部創立で確執があった三瓶と再び対立し離れた。
1996年、1月26日に分裂後初の大会となる第6回全世界空手道選手権大会を横浜アリーナで開催した。平行して第1回女子世界空手道選手権大会もおこなわれた。同年には全日本女子空手道選手権大会も開催された。3月6日にのちの総本部となる国際武道センターを飯田橋にオープンした。
1997年、6月23日にIKO総会が開かれ、国際空手道連盟会長に西田幸夫が、副会長に三瓶啓二が就任した。
この年に開催された第14回ウエイト制大会から、軽中量級と軽重量級を増設し5階級となったが、第17回大会から3階級に戻った。また6月22日に体重別の世界大会である第1回カラテワールドカップを開催。当初から女子の部が設けられたが、第1回大会は軽量級、重量級のみであった。
1998年、智弥子が館長を辞め、代表理事に三瓶が、副代表に緑健児が就任した。国際理事であるIKO会長は西田が続投した。これ以降、緑の代表就任までの期間は「三瓶派」と呼称された。
1999年、第7回世界大会の終了後、三瓶は記者会見を開き「極真の唯一の世界王者は岡本徹である。異論があるならば松井派との対抗戦も辞さない」と宣言したが、松井は「選手に代理戦争をさせるのか」と一蹴し実現しなかった。
2000年、2月18日の総会選挙で緑健児が代表理事に就任。同日、西田、増田章から提出された退会届を受理した。4月26日七戸康博がIKO会長に就任した。緑の就任以降、新極真会への改称までの期間は「緑派」と呼ばれた。
5月26日、鈴木国博がコロシアム2000に出場し、ルシアーノ・バジレと対戦した。また、同大会では緑が演武をおこなった。
2001年、1月12日に東京ステーションホテルにおいて当時国際空手道連盟会長だった七戸康博、理事の田畑繁、長谷川巨気、大石代悟らが「極真連合会」発足の記者会見を開く。 当初、NTTタウンページへの広告掲載に対する松井派の妨害へ派閥を超えて独自の裁判で対抗する有志のグループとしていたが、のちに上記の支部長の離脱により組織化した。第2回カラテワールドカップの開催直前だったこともあり、離脱支部長が抱える日本代表選手の出場資格は剥奪されなかった。七戸の離脱により国際空手道連盟会長に緑が就任した。 6月23日にハンガリーのブタペストで海外での初の国際大会となる第2回カラテワールドカップを開催、これ以降、同大会は第3回以外は海外で開催される。
分裂以降、「我こそが極真会館」と主張していたが、商標権裁判に敗れ、名称変更を余儀なくされた。現在は松井派や全日本極真連合会等が名称を使用(→極真会館#分裂騒動)。
[編集] 新極真会以降
2003年7月11日に全世界空手道連盟新極真会と組織名を改めた。「我こそが真の極真」という姿勢は変わらず、名称を変更したあとも創始者大山倍達とし公式大会の大会名称、開催回数、入賞者も極真会館の記録を引き継いでいる。分裂以降は独自の入賞者になっているが、あくまで以前の大会の流れを引き継いでいるという姿勢である。名称ではなく組織活動での正統性を強調するためか他派がプロ格闘技に参戦したり極真ルール以外の競技を始める中、極真ルールでの最強を目指すことを謳う。 新極真会として初の大会となった第8回全世界空手道選手権大会では代表の緑が演武をおこない、長渕剛が自作の会歌を歌った。来場者全員に会歌のCDが配られた。
2005年、次世代選手の育成を目的としたユースジャパンプロジェクトを発表し、第1回合宿がおこなわれた。
2008年、大学生以下を対象にした全日本ジュニア空手道選手権大会と少年部を対象にした全日本マスターズ空手道選手権大会を統合したカラテドリームカップを開催。以降、毎年夏に開催される。
2010年、オリンピック参加を目指して、日本格闘競技連盟に加盟し、年末におこなわれた合宿に参加した。
2011年、5月28・29日に開催された第28回全日本ウエイト制空手道選手権大会ではユース出身者が男女全階級で優勝した。10月22・23日に開催された第10回全世界空手道選手権大会では長渕剛とドルフ・ラングレンのコラボレーション演武がおこなわれた。同大会では塚本徳臣が分裂後初となる(記録上二人目の)世界大会2回制覇を果たした。
[編集] オリンピック参加を目指す
緑が雑誌のインタビューや大会挨拶で極真ルールのオリンピック参加を目指す旨を発言。緑が財団法人日本オリンピック委員会(JOC)副会長の福田富昭と知り合ったことをきっかけに、2009年に福田が会長を務める日本格闘競技連盟に加盟した。福田は2011年10月に開催された第10回全世界空手道選手権大会で大会挨拶をおこない、ノンコンタクト(WKFルール)とフルコンタクト(極真ルール)の2つのルールを合わせて空手競技として申請することを提案した。同大会で優勝した塚本徳臣は2011年の日本格闘競技連盟の最高選手賞を受賞し、年末の天皇杯全日本レスリング選手権大会で表彰された。
[編集] 開催大会
全世界空手道選手権大会、全日本空手道選手権大会、全日本ウエイト制空手道選手権大会は上記の通り、分裂前の記録を引き継ぎ、大会名、開催回数も分裂前の流れをそのまま使用している。
[編集] 全世界空手道選手権大会
4年に1度東京体育館で開催する無差別級の国際大会である。第9回大会から女子の部を同時に開催している。
[編集] カラテワールドカップ
分裂後に創設された体重別の世界大会である。第1回から男女の部があり、それぞれ軽量、中量、重量の3階級で争われる。1回と3回以外は海外で開催されている。
[編集] 全日本空手道選手権大会
毎年秋に東京体育館で開催する無差別級の全国大会である。38回大会から女子の部を同時に開催する。
| 回 | 年 | 優勝 | 準優勝 | 3位 | 4位 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 28 | 1996年 | 塚本徳臣(初) | 鈴木国博 | 岡本徹 | 新保智 | ||
| 29 | 1997年 | 塚本徳臣(2) | 鈴木国博 | 谷川光 | ルシアーノ・バジレ | ||
| 30 | 1998年 | 岡本徹 | 石原延 | 鈴木国博 | 谷川光 | ||
| 1999年 | 第7回全世界選手権と兼ねる | ||||||
| 32 | 2000年 | 鈴木国博(初) | 阪本晋治 | 佐藤隆孝 | 逢坂祐一郎 | ||
| 33 | 2001年 | 鈴木国博(2) | 新保智 | 塚越孝行 | 小泉英明 | ||
| 34 | 2002年 | 鈴木国博(3) | 塚本徳臣 | 新保智 | 石原延 | ||
| 2003年 | 第8回全世界選手権と兼ねる | ||||||
| 36 | 2004年 | 塚越孝行 | 野本尚裕 | 山田一仁 | 新保智 | ||
| 37 | 2005年 | 鈴木国博(4) | 前川憲司 | ローマン・ネステレンコ | 久野浄英 | ||
| 38 | 2006年 | 塚本徳臣(3) | 塚越孝行 | 鈴木国博 | 野本尚裕 | ||
| 2007年 | 第9回全世界選手権と兼ねる | ||||||
| 40 | 2008年 | 山田一仁 | 逢坂祐一郎 | 鈴木国博 | 谷川光 | ||
| 41 | 2009年 | 塚本徳臣(4) | 青栁茂瑠 | 島本一二三 | 山田一仁 | ||
| 42 | 2010年 | 塚本徳臣(5) | 村山努 | 森健太 | 塚越孝行 | ||
| 2011年 | 第10回全世界選手権と兼ねる | ||||||
[編集] 全日本ウエイト制空手道選手権大会
毎年春に大阪府立体育会館で開催する体重別の全国大会である。23回大会から女子の部を同時に開催している。
[編集] カラテドリームカップ
2008年に始まった学生以下と壮年の全日本大会。毎年夏に東京体育館で開催される。幼稚園生を対象にした幼年の部から大学生を対象にした学生の部までを学年、体重で分けた若手のトーナメント、35歳以上を年齢、体重で分けた壮年のトーナメントをおこなう。また型のトーナメントもおこなわれる。
[編集] ブロック大会
北海道、東北、関東、中部、関西、中国、四国、九州の各地で開催される上級者を対象にした大会。(地域によっては初心者の部がある場合もある)
[編集] 県大会
全国各県で開催される中級者から上級者を対象にした大会。(地域によっては初心者の部がある場合もある)
[編集] 交流試合
全国各県で開催される初心者から中級者を対象にした大会。
