折り返し雑音

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正しく標本化されたレンガの壁の画像
空間折り返し歪み(モアレ)が生じている例

折り返し雑音: Folding noise)またはエイリアシング: Aliasing)とは、統計学信号処理コンピュータグラフィックスなどの分野において、異なる連続信号が標本化によって区別できなくなることをいう。エイリアス(aliases)は、この文脈では「偽信号」と訳される。信号が標本化され再生されたとき、元の信号のエイリアスとなって生じる歪みのこともエイリアシングまたは折り返し雑音折り返し歪みという。

デジタル写真を見たとき、ディスプレイやプリンタ機器、あるいは我々の眼や脳で再生(補間)が行われている。再生された画像が本来の画像と違っている場合、そこには折り返し歪みが生じている。空間折り返し歪み(spatial aliasing)の例として、レンガの壁をピクセル数の少ない画像にしたときに生じるモアレがある。このようなピクセル化に際しての問題を防ぐ技法をアンチエイリアスと呼ぶ。

ストロボ効果(時間折り返し雑音)は、ビデオ音響信号の標本化での重大な問題である。例えば、音楽には高周波成分が含まれていることがあるが、人間の耳には聞こえない。それを低すぎるサンプリング周波数で標本化し、デジタル-アナログ変換回路を通して音楽を再生した場合、高周波がアンダーサンプリングされて低周波の折り返し雑音になったものが聞こえることがある。従って、標本化の前にフィルタ回路を使って高周波成分を取り除くのが一般的である。

(必要に応じて)低周波成分を排除したときにも似たような状況が発生し、高周波成分が意図的にアンダーサンプリングされて低周波として再生される。デジタルチャネライザ[1]には、計算を効率化するためにこのような折り返し雑音を利用するものもある。低周波成分を全く含まない信号は、バンドパスあるいは非ベースバンドと呼ばれる。

ビデオや映画撮影では、フレームレートが有限であるためにストロボ効果が生じ、例えば車輪のスポークがゆっくり回転しているように見えたり、逆回転しているように見える。すなわち、折り返し雑音が回転の周波数を変えているのである。逆回転は負の周波数で説明できる。

ビデオカメラも含めて、標本化は一般に周期的に行われ、サンプリング周波数と呼ばれる性質が(時間的または空間的に)存在する。デジタルカメラでは、画面の単位長当たりの標本(ピクセル)数が存在する。音響信号はアナログ-デジタル変換回路デジタイズされ、毎秒一定数の標本を生成する。特に標本化対象となっている信号自体に周期性があるとき、折り返し雑音の影響が強く生じることが多い。

標本化正弦曲線関数[編集]

正弦曲線は重要な周期関数の一種であり、信号は異なる周波数と振幅の正弦曲線の総和でモデル化することができる。個々の正弦曲線での折り返し雑音を理解することで、その総和での折り返し雑音が理解しやすくなる。

2つの正弦曲線が標本化によって全く同じ標本列を生成する

右図では標本化の間隔が 1.0 で、異なる2つの正弦曲線が同じ標本を生成する様子を描いている。この場合のサンプリング周波数を f_s\, = 1.0 であるとする。例えば、その間隔が 1 秒なら、毎秒 1 回の標本を採ることになる。灰色の正弦曲線の 19 サイクルが、赤の正弦曲線の 1 サイクルに相当し、その間のインターバルは 20 である。それぞれの正弦曲線の周波数は f_\mathrm{grey}\, = 0.95 と f_\mathrm{red}\, = 0.05 となる。

一般に周波数 f\, の正弦曲線を周波数 f_s\, で標本化したとき、その標本は周波数が f_\mathrm{image}(N) = |f - Nf_s|\, となる他の正弦曲線の標本と区別できない(N\, は任意の整数であり、f_\mathrm{image}(0) = f\, は実際の信号周波数)。多くの再生技法ではこれらのうち最小の周波数を生成するので、f_\mathrm{image}(0)\, が唯一の最小であることがしばしば重要となる。そのための十分条件は f_s/2 > f\, であり、f_s/2\, を一般にナイキスト周波数と呼ぶ。

ここでの例では、元の信号が赤の正弦曲線ならナイキストの条件を満たしている(f = f_\mathrm{red}\,)。しかし f = f_\mathrm{grey}\, なら、最小イメージ周波数は次のようになる。

f_\mathrm{image}(1) = |0.95 - 1.0| = 0.05 = f_\mathrm{red}\,
  • 考えられる最小の周波数を標本群から構築する再生技法では、灰色の正弦曲線ではなく赤の正弦曲線が生成される。
  • イメージ周波数として -0.05\, もありうるが、-f\, の周波数の正弦曲線と f\, の周波数の正弦曲線を区別する方法はない。従って、全ての偽信号は単に正の周波数を使って表される。

サンプリング周波数[編集]

f_s/2 > f\, という条件が元の信号の最高周波数成分に適合しているとき、全ての周波数成分が条件に適合する。これを標本化定理と呼ぶ。この状態は元の信号の高周波成分をフィルタ回路で減衰させることで近似的に達成される。低周波エイリアスは依然として存在するが、振幅が非常に小さいので問題とはならない。このような目的で使われるフィルタを「アンチエイリアシング・フィルタ」と呼ぶ。フィルタを通した信号は、適当な内挿法ホイタッカー・シャノンの補間公式など)を使って、大きな歪みなしで再生できる。

ナイキストの基準では、標本化される信号の周波数成分が上限を持つことを前提としている。その前提には暗に持続期間の上限がないことが示されている。同様にホイタッカー・シャノンの補間公式は、現実には不可能な周波数応答の補間フィルターと瞬時の標本化を前提としている。これらの前提は理想的な近似でしかない数学モデルであり、現実には存在しない。したがって、そのような完璧な再生は数学的なモデルとしては可能だが、実際の信号の標本化にあたっては近似的にしかなしえない。

複素信号表現[編集]

複素信号とは、その標本が複素数で表される信号であり、負の周波数の概念を必要とする。この場合、エイリアスの周波数は f_\mathrm{image}(N) = f - Nf_s\, で与えられる。従って f\,f_s/2\, から f_s\, へと増加するにしたがって、0 に最も近いイメージ周波数は -f_s/2\, から 0 へと近づく。

折り返し[編集]

実数値の正弦曲線は、複素信号の場合と同様に負の周波数のエイリアスを持つ。|f - Nf_s|\, のように絶対値をとることが可能なのは、常に正の周波数にも同じ正弦曲線が存在するためである。従って f\,f_s/2\, から f_s\, に増加するにしたがって、イメージは f_s/2\, から 0 へと移動する。これにより、周波数 f_s/2\, について局所的対称性が形成される。例えば、0.6 f_s\, の周波数成分は 0.4 f_s\, の位置に鏡像イメージを持つ。この現象を一般に折り返し(folding)と呼ぶ。そこで、ナイキスト周波数 f_s/2\,折り返し周波数(folding frequency)とも呼ぶ。

歴史的用法[編集]

歴史的には、「エイリアス」という用語はスーパーヘテロダイン方式という無線技術で使われていた。技術的詳細はスーパーヘテロダイン受信機#影像周波数を参照。スーパーへテロダイン方式では、受信した目的の信号を、局部発振器の信号と混合器で混合し(ヘテロダイン)、そこから、それぞれの差の周波数である中間周波数の信号を得る。このとき中間周波数の信号には、目的としない信号に由来する信号が混じる。「目的の信号」と「局部発信器」と「目的としない信号」の周波数の関係は、標本化における「原信号」と「サンプリング周波数」と「偽信号」の関係と同じである。この「目的としない信号」を、必要な信号の「イメージ; image」または「エイリアス; alias」と呼んだ。

さらなる例[編集]

オンラインでの例[編集]

折り返し雑音が音質に与える影響を以下の音声デモで示す。6種類ののこぎり波が順に再生される。最初の2つは基本周波数が 440 Hz (A4)、次の2つは 880 Hz (A5)、最後の2つは 1760 Hz (A6) である。のこぎり波は帯域が制限されたもの(折り返し雑音が発生しない)と折り返し雑音が発生しているものが順に再生される。サンプリング周波数は 22.05 kHz。帯域制限されたのこぎり波は、のこぎり波をフーリエ級数から合成するとき、ナイキスト周波数以上の成分を加えないようにすることで合成できる。

折り返し雑音による歪みは基本周波数が高いほど明らかであり、帯域制限されたのこぎり波では 1760 Hz でもクリアに聞こえるが、折り返し雑音のあるのこぎり波は基本周波数より低い雑音が強く生じている。なお、この音声ファイルは Ogg Vorbis コーデックで符号化されており、そのために音質も多少劣化している。

順に
440 Hz 帯域制限あり
440 Hz 折り返し雑音あり
880 Hz 帯域制限あり
880 Hz 折り返し雑音あり
1760 Hz 帯域制限あり
1760 Hz 折り返し雑音あり

この音声や映像がうまく視聴できない場合は、Help:音声・動画の再生をご覧ください。

方向探知[編集]

空間折り返し歪みは、アンテナアレイやマイクロフォンアレイを使って(電波や音声の)信号の方向を見積もるときにも発生する。これは例えば地震波による物理探査のようなものである。信号の波長毎に2箇所以上標本が得られないと、その方向は曖昧となる。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Harris, Frederic J. (2006年). Multirate Signal Processing for Communication Systems. Upper Saddle River, NJ: Prentice Hall PTR. ISBN 0-13-146511-2. 

外部リンク[編集]