平和勝次とダークホース
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平和勝次とダークホース(へいわかつじとダークホース)は、1971年結成のコミックバンド。初舞台は吉本興業大阪のうめだ花月。ムード歌謡コーラスグループに分類される場合もある。
1972年のデビュー曲「宗右衛門町ブルース」(元曲は北原謙二の「さよならさよならさようなら」)が200万枚の大ヒットとなり、一躍その名が知られることとなった。翌年には「女の舟歌」もヒットしたが、この年で解散した。なおオリジナルメンバーは平和勝次、坂東春彦、藤川猛、源五郎、中川ヒロシの5人だったが、3枚目のレコードリリース時から3名になっている。
1993年、モダンチョキチョキズのアルバム「ボンゲンガンバンガラビンゲンの伝説」に収録されている「博多の女」という曲のレコーディングに参加するため、再結成した後、2005年にも再結成する。
2011年3月31日、名曲ベストヒット歌謡に出演する。
[編集] メンバー
- 平和勝次(へいわ かつじ) 1945年2月7日 -
- 広島県竹原市出身。父は宮川左近ショウに結成直後の1年のみアコーディオン担当で在籍経験のある高島和夫、弟に笹山サンバがいる。
- 竹原中学校卒業後、大阪に出て浪曲師冨士月子に弟子入り。1967年二代目若葉わたるとして「若葉トリオ」に参加。
- その後漫才師になり、現三代目平和ラッパと「平和勝一・勝次」というコンビで松竹芸能に所属し、お笑い歌謡ショーを演じた。
- 1972年「平和勝次とダークホース」を結成。約2年で解散しソロ歌手となった。
- 「平和勝次とサラブレッド」、「平和勝次とモンローズ」としても活動した。
- 阪神淡路大震災後に伊丹市のラウンジを畳み、猪名川町に移住。現在は福祉団体の後援で全国無料公演を続けている。
- 板東春彦(ばんどう はるひこ) 1944年 -
- 徳島県出身。徳島工業高校中退。1966年「あひる艦隊」の一員としてデビュー。
- 現在は作曲家としても活動。実の子は弟子でもある板東慎之介(日本クラウン所属歌手)。
- ダークホース(このバンド名は吉本興業の作家、壇上茂が命名)のリーダー。
- 中川ヒロシ(なかがわ ヒロシ) 1951年 -
- 大阪府大阪市出身。元はテイチクレコードに所属していたグループサウンズ「バイオレッツ」。
- その後「西川ヒノデショウ」「スカタンボーイズ」のコミックバンドメンバーに。
- 現在は桐野丈二郎(ジョニー桐野)のペンネームで作曲家としても活動。
- 桃山学院高校軽音楽部では堀内孝雄が部長時代(3年生)の後輩(1年生)だった。
- 2009年7月にコミックバンド・パンチャーズのリーダーとなり復活させる。
- 元メンバー
- 藤川猛(ふじかわ たけし) ギター 1944年 -
- 元「スカタンボーイズ」後にシャール藤川でマジシャン。
- 源五郎(みなもと ごろう)ドラム 1951年 -
- 元「スカタンボーイズ」、「バイオレッツ」
- 山口あきら(やまぐち あきら) キーボード
- 藤川猛と交代で加入。サラブレッド時代も一時在籍。
- 鹿島源一(かしま げんいち) ドラム
- 山中ひろし(やまなか ひろし)
- 吉村健児(よしむら けんじ)
- ヘンリー大石(ヘンリー おおいし) - ヘンリー大石が脱退後の一時期、中川ヒロシが加入
- モンロー時代
- みえ薬丸
- レイアンナ
[編集] 外部リンク
- 「平和勝次とダークホース掲示板」
- 「追想小説 宗右衛門町ブルース」
- 日刊ゲンダイ - あの人は今こうしている 「平和勝次とダークホース」のリーダーだった平和勝次さん
- 日刊スポーツ - 「宗右衛門町」平和勝次が最後のシングル