山本光将
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| 基本情報 | |
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| 国籍 | |
| 出身地 | 熊本県八代市 |
| 生年月日 | 1984年8月30日(24歳) |
| 身長 体重 |
184cm 95kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 左翼手 |
| プロ入り | 2002年 ドラフト5巡目 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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山本 光将(やまもと みつのぶ、1984年8月30日 - )は、読売ジャイアンツに所属していた元プロ野球選手(外野手)。
目次 |
[編集] 来歴・人物
熊本県八代市に生まれ、泗水町で育つ。熊本工業高校時代に通算61本塁打を記録し「九州のカブレラ」と呼ばれる。
入団4年間で一軍出場はなく、2007年は支配下登録から外れ、育成選手としての登録となった(フューチャーズチャレンジマッチに出場することが多かった)。
2008年も育成選手として契約、3班制を敷いた2008年春季キャンプではB班に属したが、紅白戦では無安打に終わっている。 同年、戦力外通告を受け退団。その後12球団合同トライアウトに参加。複数球団が興味を示しているとの報道もあったが、実際に戦力として獲得する球団は現れなかった。
2009年4月に開校するジャイアンツアカデミーのフランチャイズスクール「ジャイアンツメソッド宮崎ベースボールスクール」のコーチに就任することとなった。
[編集] プレースタイル・エピソード
- 荒削りながらも豪快なバッティングが売りで、かつては将来の4番候補として期待された選手。1年目(2003年イースタン)には103打数中44三振を喫しながらも6本塁打を記録。イースタン通算でも461打数で16本塁打を記録している。
- 出場機会を増やすべく、一塁手や捕手(配球が不要なワンポイント捕手)での起用もされたこともある。
- 入団時の背番号61は、熊本工業高校時代の通算本塁打が61本であることと、熊本工から61人目のプロ野球選手であることから付けられた。
[編集] 背番号
[編集] 関連項目
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