小林啓子

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小林啓子
生誕 (1946-12-10) 1946年12月10日(77歳)
出身地 日本の旗東京都
学歴 聖心女子学院
活動期間 1968年 - 2023年現在
共同作業者 ヤング101

小林 啓子(こばやし けいこ、1946年12月10日 - )は、日本フォーク歌手、ラジオパーソナリティ、女優。

略歴[編集]

東京都生まれ。作家の小林信彦は従兄弟[1]

聖心女子学院初等科・中等科・高等科を卒業後、聖心女子学院英語専攻科在学中からプロ活動を開始。1968年(昭和43年)、TBSラジオMBSラジオ『雪印 チーズパーティーNo.1』のテーマソング『ふとした時に』(作詞・井上頌一/作曲・吉村英世)を、石岡宏[注釈 1]デュエットで発表。

1969年キングレコードより『こわれた愛のかけら』でデビュー。同年結成されたNHKヤング101[2]に第一期生として加入して、NHK総合テレビジョン音楽番組ステージ101』に1970年1月10日の第一回放送から出演した。番組のオリジナルソングの一つである『恋人中心世界』(作詞・小平なほみ/作曲・中村八大)を歌い人気を博した。在籍中の1970年5月に発表したソロ・シングル『比叡おろし』(作詞/作曲・松岡正剛)がヒット[注釈 2]。70年代の森山良子と並んで「日本のジョーン・バエズ」と称された。ヤング101には1971年4月まで在籍した。

1977年に発表された3作目のソロ・アルバム『ちょっと気分をかえて』は、高橋幸宏の兄で、当時小林の夫だった高橋信之のプロデュースによって制作された。

2002年平成14年)、シャンソン歌手の石井好子永六輔からの呼びかけもあり、約30年ぶりに音楽活動を再開した[注釈 3]。 2004年10月22日には27年ぶりに『明日咲くつぼみに。』(ミニアルバム)を発売した。

2021年『デビュー55周年【おやすみ30年】記念コンサート』開催[3]

作品[編集]

シングル[編集]

  • こわれた愛のかけら(1969年2月)[4]
  • さよならをいうまえに(1969年11月)[5]
  • 比叡おろし c/w 恋人中心世界(1970年5月)[6]
  • ひとりぼっちの午前10時(1970年9月)[7]
  • のびゆく電気通信の歌[8](1970年) - 日本電信電話公社創業100年記念。1970年10月21日に日本電信電話公社本社6階講堂にて楽曲の発表会が行われた[9]
  • こころあたり(1971年5月)[10]
  • からっぽの世界(1972年)[11]
  • レイルウェイ・ララバイ ~一枚の切符から~(1977年4月)[12] - 国鉄による旅行誘致キャンペーン「一枚のキップから」のTV-CMソング。
  • 気分を出してもう一度(1977年9月)[13]
  • ギターのように愛されたい(1983年7月25日) - 佐々木勉とのデュエット。

アルバム[編集]

  • GOLDEN FOLK JAMBOREE(1971年4月1日)[14] - ビリーバンバンとの共作。
  • あげます(1971年12月)[15]
  • かなしみごっこ(1972年12月25日)[16]
  • ちょっと気分をかえて(1977年8月21日)
  • 明日咲くつぼみに(2004年10月22日) - 3曲+カラオケ2曲収録のミニアルバム、収録曲の中の『どうして』は永六輔とのデュエット。
  • 始まりでもなく 終わりでもなく(2006年9月)
  • BROADWAY MARKET ~この先の歌へ~(2013年9月)
  • 生きるものの歌 この先の歌へ(2015年4月)[17]

客演[編集]

  • BUZZの1stアルバム『BUZZ』(1973年4月10日) - 『愛のナタリー』と『ウェディング・ベル・ソング』の2曲に参加。

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

  • 水戸黄門 第17部(1987年、TBSC.A.L)第13話「仇討ち阿波人形・徳島」 おその役

ラジオ番組[編集]

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ 小林信彦『パパは神様じゃない』 (ちくま文庫)
  2. ^ CD『GOLDEN☆BEST / ステージ101 ヤング青春の日々』(Sony Music House MHCL240-1)ライナーノーツ。
  3. ^ https://keke-kobayashi.com/schedule-details/
  4. ^ Discogs”. 2023年1月7日閲覧。
  5. ^ Discogs”. 2023年1月7日閲覧。
  6. ^ Discogs”. 2023年1月7日閲覧。
  7. ^ Discogs”. 2023年1月7日閲覧。
  8. ^ Discogs”. 2023年1月7日閲覧。
  9. ^ 東京電気通信局(編)『東京の電信電話 下』電気通信協会、1972年、608-609頁。NDLJP:12052273/95
  10. ^ Discogs”. 2023年1月7日閲覧。
  11. ^ Discogs”. 2023年1月7日閲覧。
  12. ^ Discogs”. 2023年1月7日閲覧。
  13. ^ Discogs”. 2023年1月7日閲覧。
  14. ^ Discogs”. 2023年1月7日閲覧。
  15. ^ Discogs”. 2023年1月7日閲覧。
  16. ^ Discogs”. 2023年1月7日閲覧。
  17. ^ Discogs”. 2023年1月7日閲覧。

注釈[編集]

  1. ^ のち、小林と同様に、ヤング101の第一期生となった。
  2. ^ 裏面は『恋人中心世界』。
  3. ^ 2002年8月10日に大宮ソニックシティから生中継された『第34回思い出のメロディー』で、ヤング101の元メンバー25名と共に『ステージ101』のオリジナルソング「怪獣のバラード」と「涙をこえて」を披露。「怪獣のバラード」は「怪獣のバラード 2002」としてCD『GOLDEN☆BEST / ステージ101 ヤング青春の日々』(Sony Music House MHCL240-1)に収録された。2003年10月21日夜、22日昼、夜の計3回にわたってBunkamuraシアターコクーンにて開かれたヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に、元メンバー36名と共に出演。ギターを弾きながら「恋人中心世界」を披露したほか、江崎英子のソロにコーラスで参加した。22日夜のコンサートは、後日、BS2で放送された。

参考文献[編集]

  • 風間嵐、『ステージ101について』、2021年、CD『ステージ101 GO! / ヤング101』(CSレコード DQCL 3611-15)
  • 土龍団+大池マリ、2001年、CD『ステージ101ベスト』(Ultra-vibe CDSOL-1043/44)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]