光悦寺
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| 光悦寺 | |
|---|---|
光悦垣 |
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| 所在地 | 京都府京都市北区鷹峯光悦町29 |
| 位置 | 北緯35度3分12.19秒 東経135度43分49.26秒 |
| 山号 | 大虚山 |
| 宗派 | 日蓮宗 |
| 創建年 | 明暦2年(1656年) |
光悦寺(こうえつじ)は京都市北区鷹峯にある日蓮宗の寺院。山号は大虚山。親師法縁。
目次 |
概要 [編集]
鷹峰三山(鷹ヶ峰、鷲ヶ峰、天ヶ峰)を望む景勝地である。
江戸時代の芸術家である本阿弥光悦に元和元年(1615年)に徳川家康がこの地を与えた。『本阿弥行状記』によれば、当時は「辻斬り追い剥ぎ」の出没する物騒な土地であったという。この地に光悦の一族や様々な工芸の職人らが移り住み芸術の集落となった。光悦の死後に屋敷は寺となり、境内には光悦の墓碑がある。
境内 [編集]
境内には大虚庵、三巴亭、了寂軒、徳友庵、本阿弥庵、騎牛庵、自得庵の7つの茶室が散在し、庫裏に接して妙秀庵がある。これらはいずれも大正時代以降の建物である。
- 大虚庵 - 境内に建つ茶室。「大虚庵」は、光悦が鷹ヶ峰に営んだ居室の名称であるが、現在ある大虚庵は大正4年(1915年)に新たに建てられたもので、道具商・土橋嘉兵衛の寄付、速水宗汲の設計である。ただし、建設後に光悦会によって改造されており、正面入口の貴人口(障子3枚立て)がにじり口に変更されたほか、間取りも当初の三畳台目から四畳+二台目に変わっている。大虚庵前の竹の垣根は光悦垣またはその姿から臥牛(ねうし)垣と呼ばれ徐々に高さの変る独特のものである。
- 三巴亭 - 大正10年(1921年)に建てられた数奇屋建築で、八畳2室、水屋等からなる。北西の八畳は光悦堂と称し、仏壇には光悦の木像を安置する。
アクセス [編集]
参考文献 [編集]
- 岡田孝男『京の茶室 西山・北山編』学芸出版社、1989
- 中村昌生『京都茶室細見』平凡社、1984