上見城

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上見城
富山県
通称 上見城
城郭構造 山城
築城主 渡辺照
築城年 南北朝時代
主な城主 渡辺照、篠村太左エ門
廃城年 天正年間(1573年-1591年)以降
遺構 曲輪土塁堀切、空、虎口、井戸
指定文化財 南砺市指定史跡
  

上見城(うわみじょう)は、富山県南砺市上見(旧・城端町)に在った。市史跡


目次

[編集] 規模

舌状台地に築かれた山城。比高差は20m。二つの郭を持ち、尾根には大きな堀切を設けてこれを断絶している。主郭は台地の先端部に位置し東西に土塁、周囲に空を配置している。堀切に面したもう一方の郭は四方を土塁、空堀でがっちりと囲っており、県内では珍しい構造である。主郭には井戸も残されており、中からは薬研や鉄製の斧が見つかっている。麓に在る集落を内包した惣構えを有していたとも云われており、城域は広範に及ぶと考えられている。

[編集] 歴史

天正年間(1573年-1591年)に篠村太左エ門が拠ったと伝わるが、築城年代や廃城年代は不明。篠村氏は飛騨国帰雲城城主内ヶ島氏の家老で飛騨国荻町城城主だった山下氏と血縁関係が有ったと云われており、この事から太左エ門は飛騨国人や(内ヶ島氏と関係が深い)一向一揆と繋がりを持った人物であったと考えられる。また源融渡辺綱の後裔で南北朝期南朝方で活躍した渡辺照興国2年(1341年)に後村上天皇から越中国上津見保を賜ったとされているが、上津見保をこの地に比定して上見城はその居館として築城、使用されたのではないかとする意見もある。

[編集] 現在

保存状態は良好であり、土塁や虎口もはっきりと確認出来る。登山口付近に駐車スペースが在り、比高差もさほど無い為、見学には最適と言えよう。碑、案内板が建てられている。

[編集] 関連項目