モハメド・チテ
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| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Mohammed Tchité | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1984年1月31日(29歳) | |||||
| 出身地 | ||||||
| 身長 | 176cm | |||||
| 体重 | 69kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ||||||
| ポジション | FW | |||||
| 背番号 | 7 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 (得点) | ||||
| 2001-2002 2002-2003 2003-2006 2006-2007 2007-2010 2010-2012 2012- |
Prince Louis FC Mukura FC スタンダール アンデルレヒト ラシン スタンダール クラブ・ブルッヘ |
- (-) - (-) 58 (21) 33 (21) 88 (24) 52 (23) 0 (0) |
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| 1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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モハメド・チテ(Mohammed Tchité, 1984年1月31日 - )は、ブルンジ・ブジュンブラ出身のサッカー選手。ポジションはFW(セカンドトップ)。ジュピラーリーグ・クラブ・ブルッヘ所属。5つの国籍を保有する。[要出典]
目次 |
経歴[編集]
渡欧前[編集]
両親はルワンダとコンゴ民主共和国(DRコンゴ)出身であるが、モハメドはブルンジの首都ブジュンブラで生まれ育った。地元のASレンジャーズFC(後のドラゴン・スーパー・レンジャーズFC)でサッカーを始め、2001年にPrince Louis FCに移籍すると、ブルンジ・プレミアリーグで優勝してレベレーション・フットボーラー・ザ・イヤーを受賞し、カガメ・インタークラブ・カップでも決勝に進出した。2002年にはルワンダのMukura Victory Sports FCに移籍し、スタンダール・リエージュのスカウトから注目された。
クラブ[編集]
2003年、ベルギーのスタンダール・リエージュに移籍した。3シーズンの間レギュラーとしてプレーし、58試合に出場して21得点を挙げた。2004年夏のプレシーズンにはユヴェントスFCのアジア遠征に参加し、FC東京戦に出場した後にスタンダールに戻った。2005-06シーズンには16得点を挙げ、ゲルミナル・ベールショットのトシン・ドスンム(18得点)に次ぐ得点ランキング2位となった。2006年夏にはRSCアンデルレヒトに移籍し、2006-07シーズンのジュピラーリーグを制した。自身はベルギー最優秀選手賞を受賞し[1]、ベルギー・エボニー・シュー(ベルギー最優秀アフリカ人選手賞)も受賞した。
2007年8月31日、移籍市場の最終日にスペインのラシン・サンタンデールと契約した[2]。ラシンはバレンシアCFに移籍したニコラ・ジギッチの代役を探していた。移籍金は750万ユーロ(約11億8000万円)であり、アンデルレヒトのクラブ史上最高額となった。11月11日のデポルティーボ・ラ・コルーニャ戦(1-0)で決勝点を挙げ[3]、2008年2月24日のUDアルメリア戦(1-0)でも決勝点を挙げるなど[4]、2007-08シーズンはチームトップの7得点を挙げた。2008年11月1日、エスタディオ・デ・メスタージャで行われたバレンシアCF戦(4-2)でハットトリックを達成し、バレンシアCFに2008-09シーズン初黒星を付けた[5]。リーグ戦の出場機会ははっきりと減少したが、2008-09シーズンは前シーズンと同数の得点を挙げ、UEFAカップではシャルケ04戦(1-1)で得点した。2009-10シーズン序盤はほとんどの試合で先発出場の機会を与えられながら、前半戦4得点(このうち1点はPK)しかできずに苦しんだ。しかし、2010年4月のRCDエスパニョール戦(3-1)とヘレスCD戦(2-2)では2戦連続で2得点(このうち3点はPKによる得点)し[6][7]、5月16日のスポルティング・ヒホン戦(2-0)で2得点し[8]、リーグ戦での得点数を自己最高の11得点まで伸ばした。
2010年夏にはイングランドのウェストブロムウィッチ・アルビオンなどから狙われたが[9]、移籍市場最終日の8月31日、古巣スタンダール・リエージュと契約を結んだ[10]。
2012年夏、クラブ・ブルッヘへ完全移籍。
代表[編集]
両親はともに中部アフリカ出身であり、自身もブルンジで生まれ育ったが、2003年のスタンダールへの移籍後にベルギー代表への招集を熱望していることを明らかにし、2008年7月11日には正式にベルギーの市民権を取得した[11]。ベルギー代表のレネ・ヴァンデレイケン監督は2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選にチテを招集したが、国際サッカー連盟(FIFA)が介入してチテがヨーロッパ予選に出場できないとする裁定を下した。この裁定によると、チテは2000年にブルンジ代表としてCECAFAカップに出場しており、さらにU-20ブルンジ代表の試合にも出場している。ルワンダ代表として試合に出場した経験はないが、2002年のMukura Victory Sports FC移籍後にはルワンダ国籍に鞍替えしており、FIFAの規則によると、ルワンダ代表としてプレーする権利はあるものの、ベルギー代表の試合には出場できないということであった[12]。
タイトル[編集]
クラブ[編集]
- Mukura Victory Sports FC
- ブルンジ・プレミアリーグ : 2002
- RSCアンデルレヒト
- ジュピラーリーグ : 2006-2007
個人[編集]
所属クラブ[編集]
Prince Louis FC 2001-2002
Mukura Victory Sports FC 2002-2003
スタンダール・リエージュ 2003-2006
RSCアンデルレヒト 2006-2007
ラシン・サンタンデール 2007-2010
スタンダール・リエージュ 2010-2012
クラブ・ブルッヘ 2012-
脚注[編集]
- ^ Tchité takes Belgian acclaim UEFA.com、2007年5月21日
- ^ Racing complete spree with Tchité; UEFA.com, 1 September 2007
- ^ Deportivo La Coruña 0-1 Racing Santander ESPN Soccernet、2007年11月11日
- ^ Racing Santander 1-0 Almeria ESPN Soccernet、2008年2月24日
- ^ Valencia 2-4 Racing Santander ESPN Soccernet、2008年11月1日
- ^ Racing Santander 3-1 Espanyol ESPN Soccernet、2010年4月14日
- ^ All-square in Xerez ESPN Soccernet、2010年4月18日
- ^ Tchite brace saves Racing; ESPN Soccernet、2010年5月16日
- ^ West Brom target Racing Santander striker Mohamed Tchite Daily Mail、2010年5月20日
- ^ Standard Liege complete Mohammed Tchite swoop Inside Futbol、2010年9月1日
- ^ Le diable rouge, Mémé Tchité Burundi Transparence、2009年9月2日 (フランス語)
- ^ Meme runs out of options The New Times、2008年9月25日
外部リンク[編集]
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