マリー・シャンタル

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ギリシャ王室
Royal Coat of Arms of Greece.svg

マリー・シャンタルMarie Chantal, 1968年9月17日 - )は、旧ギリシャ王国の王太子パウロスの妻。ギリシャのプリンセスの称号を持つ[1]。絵本作家、イラストレーター、子供服のデザイナーでもある[2]。旧姓名はマリー・シャンタル・クレア・ミラー(Marie Chantal Claire Miller)。

略歴[編集]

アメリカDFSグループの創業者のひとりで共同オーナーの富豪ロバート・W・ミラーの次女。母は、エクアドル人の建設作業員の娘マリア・クララ・ペサンタス。姉のピア(石油王クリストファー・ゲティの先妻)、妹のアレクサンドラ(デザイナーのダイアン・フォン・ファステンバーグの一人息子アレクサンドルの先妻)と合わせて「ミラー三姉妹」として知られる。

ロンドンで生まれ、10歳まで香港で育った。姉妹で5年間スイスル・ロゼで学んでいる。1982年パリのインターナショナルスクール、エコール・アクティプ・ビラング(EaB)に転校、さらにニューヨークの女子校マスターズ・スクールに転校した。ニューヨーク大学で芸術史を学んだ(のちにジョージタウン大学で学ぶパウロスを追いかけるために中退し、ジョージタウン大学近くの美術学校へ転校した)。

1992年に父親の取引先の紹介でパウロスと会い、ひと目惚れした[3]1994年クリスマスの日、スイスの高級スキーリゾート地、グスタードでプロボーズを受ける(当地にはミラー家の別荘がある)。

カトリックからギリシャ正教に改宗するため、正教会の総主教であるヴァルソロメオス1世の祝福を受けにトルコイスタンブールにふたりで行き、ニューヨークのセントポール教会でギリシャ正教会に改宗した。

1995年7月1日、パウロスとロンドンで結婚した。結婚式はマリー・シャンタルの父親で世界中のDFS(デューティフリーショップ)のオーナーであるロバート・ミラーのしきりで、1400人の招待客が見守る中、セント・ソフィア・カテドラル教会で行なわれた。この前日には2日間にわたり、ケント州セブンオークで盛大なプレ・パーティが行なわれ、式後にはハンプトン・コート宮殿でミラー夫妻主催のランチバーティが開かれた。ミラーは式とバーティのために800万ドルをかけ、持参金に2億ポンドを持たせたと言われている[4]

2000年、「Marie Chantal LLC」という子供服のブランドを設立した。アメリカやロンドン、アテネの高級デパートに出店している。

2011年、マリー・シャンタルはアメリカ合衆国の市民権を放棄した[5]

子女[編集]

夫との間に4男1女がある。

脚注[編集]

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  1. ^ Greekroyalfamily.org
  2. ^ Greekroyalfamily.org
  3. ^ http://www.vanityfair.com/style/features/2008/02/marie_chantal200802
  4. ^ http://www.vanityfair.com/style/features/2008/02/marie_chantal200802
  5. ^ Ann Gaudelli, Internal Revenue Service (2011-08-03). “Quarterly Publication of Individuals, Who Have Chosen To Expatriate, as Required by Section 6039G”. Federal Register 76 (149): 46898–46905. http://www.gpo.gov/fdsys/pkg/FR-2011-08-03/html/2011-19677.htm 2012年7月27日閲覧。.